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宮本章光/宮本陽の視点「開闢」And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

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意図せずとも

美しく輝く存在へ photo 宮本章光

外側に見える風景を力で変えようとしない。

変化を受け取り、受け入れる。
これまでのようには感情が波立たず、深く静かな感覚に移行してゆくことが増えているはずです。
表面的なモノ・コトに対して、激しく心を揺り動かされることが減っているはずです。

それは自らの心が新しいステージへ移行した証。
魂の選択がこの結果をもたらしています。


小さくなった靴。そんな例え。
小学生時代、成長するに従って足が痛くなりました。
それは、もう靴のサイズが合わなくなった印。
だから、その時々の成長に合わせて新しい靴を新調しました。


いま、魂の成長がこれまでの枠組みに押し込まれることを望まなくなったのでしょう。
新しい思考、波動は、静かで穏やかな「枠組み」でしか存在できなくなっています。
よって、その新たな波動を新たな枠組みで包み込みます。

整える。
そのままで居ること。
それが「在り方(ありかた)」。

外側の変化を追いかけるのではなく、意識して穏やかに過ごす。
それが「意図せず」心地よく望ましい現実が生み出されてゆく仕組み。

美しい存在に美しいと伝える。
その心、その自分の感覚に静かに耳を傾けることによってのみ、望ましい結果が顕現化してゆきます。




詰めすぎない・入れすぎない

詰めすぎず入れすぎず photo 宮本章光

1月5日。
通常運転に戻る日、と仰る方々が多かったはずです。

でも、元に戻ってしまってよいのでしょうか。
正月だから、新年だから...と、大きすぎる目標を立て、結果として「現時点では達成できていない:実現できそうにもない」欠乏と不足の周波数を生み出し続け、さらに通常業務に戻ったから仕方ない、と、「これまで未達成で実現しなかった」過去と同じ周波数を維持し続ける。

これでこの年も、過去と同じ波動をキープしたままになる可能性が高まるように思われます。
まさに、崩壊するタイムラインに自分から乗っかって、沈みゆく泥舟とともに生きることを肯定してしまう。


聞き飽きたはずの自分軸、という言葉。
これは周波数を語っていたことに氣がつきます。

外部に溢れかえる波動に影響を受け、負のエネルギーに同調・同期してしまってはいないでしょうか。
目の前に広がる現実という波動は、過去の集合意識が生み出した「負の結果物」。
それを見て、それに身を浸して、しゃーないやろ、現実やからな。
と、わざわざそこにシンクロしてゆくことの残念さを知りましょう。
そして、
そうではない「ホンモノの意志表示」をしたいと感じるわけです。

これこそが、新たに迎えた年に実践したいことではないかなと。


目標を掲げることに意味がない、などと言う意図は決してありません。
でも、やっていることは正反対かもしれない。
そのように、ちょっとだけ踏みとどまってみる。

そのためには静かに生きる。
そのためにノイズから離れる。

なんやてぇ、結局これまでと一緒やないかい!
と、感じるかもしれません。

ええ、それは究極の道だからでしょう。
叶えられないほどの大言壮語を吐くことに価値があるわけではないのです。
口先だけで綺麗事を言うのと同じ過ちを繰り返さない。

少しだけ歩みを止めて物ごとの本質を見極める。
少しだけクロック数を落として俯瞰してみる。
これが、この先一年間の結果を左右することに氣づきたいものです。


詰めすぎない。
入れすぎない。
思考も、食事と同じく「腹八分目」。空白を残しておかなければ疲弊し、望ましい道から遠ざかるばかりかもしれません。




前提が置き換わったことを知る

壁面を覆う photo 宮本章光

新しい、だとか、これからの...という前置詞を、何だか解らないけれども受け入れたくない感覚を持つことがあります。

変化を嫌うのでしょう。コンフォートゾーンに残り続けるのは居心地が良いから異なる環境に移行するのを嫌がる。
しかし自分の居心地云々以前に、世の中の価値観が完全に置き換わりつつあります。


誰かが決めたこと、それが世の中の基準。それに従っていれば安泰。という感覚。
そう決まっているんだから、その通りに従っていればそれが正解。という感覚。
これらが根本から書きかわっていることを知りましょう。ということです。

もう耳タコ、語り尽くされた感があります。
けれど、どうやら本当に理解されているのかどうか怪しい。


余白。という言葉・言靈。
文字の通り「白い部分」だとしか理解できていない。
ええ、これまではそれでよかったのです。主たる存在(被写体)と、それが無い空白(=白と文字では示してきました)の部分を指していました。

しかし、いま伝えられる余白とは、
無いのではなく、主題とは異なる部分を示しているように感じます。


写真画像は、こうした学びを得る場合に本当に適切な感触を伝えてくれます。
主題とは別に、大きく空白がある。
それはこれまでの世では、実際に構図内に何も置かれていないスペースとしての空白がある状態を語ってきました。
しかしながら、
これからは、まさにこの絵のように空白ではない部分を指し示している場合もあるのだと。

フォーカスが合っていない距離の遠い側(向こう側)にあるボケ感のある部分。
これ「余白」です。
と、これからの世で言う余白とは、こういうことが語られ伝えられています。
例えです。


前提が変わる。とはこういうことなのだと。

昨今、感謝の波動は最高に貴重で高いエネルギー状態である。と伝えられることが増えました。
間違いはありません。正しい。誰にも否定できません。

けれど、
・これまでの世
=ありがとう。と言うだけでいい。形から入る。そう決まっているんだからそれでいい。それが挨拶だ。と。
・これからの世
=言葉を発することに意味がないとは言わない。でも、心がその波動になっていない状態では本質の部分では感謝をしていることにはならずエネルギー的にはむしろ「偽物」の波動を含んでいる。そこに本当の感謝のエネルギーは存在せず、真逆の波動のみしかないことを。


この違和感、この大きな変化を理解できているでしょうか。
心が描き抱くものが顕現化する。
この法則が、さらにもっと重要になってきます。

その本質。大丈夫ですか。
テレパシーのように言葉を通してでなくても伝わるようになる。わくわく...って騒いでいますが、本当に大丈夫ですか。
それ、本当はわくわくなんてしてないけれど、そうすることで幸せになるからと言われてるからやるんでしょ...。
それ、本当は感謝なんてしないけれど、学校でそう言うのが正しいと教えられたからでしょ...。

ここまで、この裏側まですべてが伝わることになるわけです。
大丈夫ですか。
もう、ミエミエですよ。恥ずかしさの極みではありませんか。


ええ、形から入ることでその波動により合致しやすくする効果があることは否定しません・できません。
100万円かけてフラッグシップ機材を揃える。まずそこから入る。
そうすれば、機材が助けてくれる。結果が出る。これは事実です。
でも、
ちょっと凝った結果を得ようとした時に、ベースとなる部分が皆無だから結局そこで停止する。
カルチャーのクラスで、そうした人たちを何人も見てきました。
わずか2ヶ月や3ヶ月の授業期間で、もう「飽きて」しまってそこでストップ。最終回までお見えになりません。さよなら、です。


同じなのです。
繰り返します。形から入ることに意味がないということではありません。
けれど、
ありがとう。ありがとう。と、心にも無いのに口先だけで発している姿があからさまに伝わります。
その惨めさに極めて大きな違和感が伝わってきます。

カネを手にいれるんだ、と裏側に澱んだ心のまま、わくわく。とやっている姿がものの見事に伝わります。
その恥ずかしさを直視できない大きな違和感があります。


世の中の前提が変わったのです。
心の中・心の裏側まで全部伝わるようになったのです。
個人データがダダ漏れ。それアカンやろ。と叫びながら、自分の心の中・自分の波動はさらに激しくダダ漏れ。


地球人に、いま最も必要とされている感覚。精神性の成長・成熟。
うわべだけ過去の規範に従っていれば、ウソをついてもバレへんやろ。
見てくれだけ飾り立て、どう?わたし凄いでしょ!的な感覚を抱いていると、一発で伝わります。


本当に心の底から感謝すればこそ、その熱い波動は周囲に拡散します。伝わります。それは目に見えない波動として。
世の中の前提が変わっていることを知りましょう。
前提が置き換わったことを知る時間を迎えています。

本心からの感謝、本心からの高揚感。
それをともに共有し、ともに成長拡大してゆきましょう。
それが本当の意味での精神的成長だと。
それが、図らずも他星系からの訪問者に突きつけられた課題であることを、もう一度よく受け止め、磨き上げてゆきたいものです。





静かに深く

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静かに。
深く。
しかし確実に。


無駄な見栄を手放し。
無駄な消耗を避ける。

○○しなければならない。
○○でなければならない。
これまでの世の正しさを証明することよりも、本来の感覚、しっくり袖丈が合う感覚。
こちらの感覚を選べるように。

理由を探さなくても。
自分の感覚を押し殺し無理をして生きなくても。
むしろ、
無理をしないことが一番しっくりくることを。


確かに感じ取れるはずです。
何が正しいか正しくないか、よりも、どうすればしっくりくるか、ということを。

頑張ること。耐えること。人目を氣にして生きること。
何かを成し遂げることを目的とせず、人と比べず人の期待に応えることを正義とせず。


一氣に舞台が変わるのではなく。
しかし、深く確実に。静かに穏やかに。

長大な期間を生き抜き、荘厳な波動を宿す生命存在は、それを体現していることを知ります。
その周波数に合致した瞬間に、そのエネルギー波動と共鳴してゆきます。

深く。
静かに。




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