模様の波長が示すコミュニケーション

今年は金木犀がひときわ香るように感じます。
香りを感じるだけでなく、近づいてよく観察してみますと、葉(葉脈)が印象的な模様であることに氣がつきます。
過去、こういった感覚を持ったことは一度もありませんでした。
ゆっくり、穏やかに生きることを心がけるようにしてから、目の前の風景が変化してゆきます。
その通り、そのままの実験が進行しています。
いい香りやね。
いい色やね。
それだけで終わらせることなく。
意識を合わせた「周波数」に合致するものが顕現化してゆきます。
その大法則は、こうした部分にも表出することを感じます。
それは挨拶を蔑ろにする、という意味ではなく。
挨拶なんだから、いい天氣やね・いい香りやね。と言うのが当たり前やろ。昔から決まってるんや!
そいうことではなくて。
言靈の持つエネルギーを「口先だけ発する」「心に響くことさえなく口にする」のではなく、本当に本心から、彼ら金木犀の存在に波長を合わせてみますと、こんな感覚も見えてくるのです。
これまでの世では、いかに形骸化し表面上だけの生き方をしてきたか。
これまでの世では、いかにうわべだけの仮面で偽った生き方をしてきたのか。
ここに氣づくことにより、次の世に必要なエネルギー波動という「感覚・感触」に触れてゆきます。
たかだか、葉の模様ひとつからも、これほどまでに大きな学びを得ることができます。
それもこれも、その周波数に合致すればこそ。
何に合わせるのか。
何を思い描くのか。
時代は激しく変化しています。
新たな道を自ら生み出しそのルートに乗っかってゆくのか、滅亡の泥舟とともに沈みゆくのか。
それが「選択」。
それが「意志表示」。



