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宮本章光/宮本陽の視点「開闢」And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

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比べるのをやめる

芽吹く早春2026 photo 宮本章光

人と比べるのをやめる。
世間一般と言われる認識と比べるのをやめる。
平均と呼ばれる値と比べるのをやめる。

すると何が起きるでしょうか。


比べ差異を認識した時点で、正/負、両極のいずれ側にもブレてしまいます。
自分の意識や考え方・シチュエーション、進捗状況などなど。

上回っている、進んでいる、優れている...。
この場合には、安心感という名の優越感を感じるでしょう。

下回っている、遅れている、劣っている...。
その場合には、焦りと失望、劣等感という名の負の波動を瞬時に生み出しているでしょう。


でも、どちらであっても、それを「昇華させ前に向ける波動へと変換」すること。
これが「整える」という言靈が示す本質ではないかなと感じます。
その方法さえ心得ていれば、恐れるに足りないと知り得ます。

まずは受け止める。そして受け入れる。これは避けて通れません。
次に、
そのエネルギーの「絶対値」を認識することが必要でしょう。
あぁ、優越感を感じたよね。
あぁ、劣等感を生み出したな。といったように。

あぁプラス1万ポイント分、ありがとう。なのか。
あぁマイナス1万ポイント分、氣づかせてくれてありがとう。なのか。

ともに認識すればそれでいい。
この絶対値を認識すればそれで完了。
15分も経てば綺麗さっぱり消滅しています。
消えないのは、それを自分自身がいつまでも温め続けているから。維持し続けているから。


比べるのをやめる。
とは、
優越感や劣等感に蓋をして見て見ぬふりをするのではなく。
見て見ぬふりをするのがジャッジしないということなのではなく。

自分で「絶対値を認識」できた時点で、ともに感謝の周波数に整え、手放してしまえばよいことに氣がつきます。
これが「整える」の極意ではないでしょうか。
これこそが「感謝」の本質ではないでしょうか。

力でねじ伏せ、心を偽り、無理やりにポジティブ・わくわくなんてやることではないと目が覚めます。
ここに不足と欠乏の周波数・負の波長から離れる秘訣が隠されていたことを知ります。




焦らず慌てず整えて

丹生の大神大楠 photo 宮本章光

乱れた氣を元に戻す。
荒れた氣を本来の形に整える。


「祈り」とは、自らの決意を宣言し伝えること。
願望を依願することではないと知り得た人が増えているはずです。便利屋ではありませんから。

間違って教えられてきたその心理の根底には、
不足と欠乏の周波数があり、現状が不足であることを自ら認め、且つその不足を埋めて欲しいと依存する心。
こうして、何か目に見えないものに縋る(すがる)波動を永遠に維持するよう、間違って仕向けられてきたのでした。
あるいは、
それら見えないものを狂った思想だと否定し、物質至上・科学的思考という呼び名の「もう一方の側の宗教洗脳」によって他者より優位に立つことをよしとする世が続いてきたのでした。


この国に生まれこの国で育ち、この国の言葉を話す人たちは、過去の誤った意識からの脱却も早いはずです。
自らの決意と行動を、弥盛地(イヤシロチ)にて神聖なる存在の御前で奉ります。

そこには八百万(やおよろず)の神という例えで示されるような、万物存在への畏敬の念とともに、決して外部・他者に依存しない柱を自らの心に立たせ続ける。その意志表示をすること。


こうした昔から伝わる意識の持ち方。これを現代風の言葉に置き換えてみますと、

---外部に依存せす自分軸をしっかり確立すること。
---感謝の心を忘れないこと。
---自らを・自らの借り物の体を大切にすること。

まさしく、これら注目ワードそのものだったと氣がつきます。
この国で生き、この国の言葉を話していること自体が、すでに敬虔な生き方だと目が覚めます。
それなのに、
ああでもない、こうでもない...と捏ねくり回し、いつまでも「不足と欠乏の周波数」を生み続けるから、すべてにおいてゼロ回答しか生じないのではないでしょうか。

そして、すでに過去になった「引き寄せ」だとか耳障りの良いふわふわの世界に足を掬われてしまいます。
周波数が同じであれば、自動的に引き寄せられるもの。自動的にシンクロするもの。
それが仕組みであり、それが法則だからです。
無理やりに、心にも無い状態で感謝感謝とやっていることは、もはや逆効果しかないことまで理解が及びます。


---暖かい日差しを目一杯感じられること。
---この地の空氣を全身で感じられること。

当たり前が当たり前でないことに意識が及んだ瞬間に、その至高の周波数に手が届きます。そしてその瞬間に感謝の波動が生み出されます。

こういった仕組みを知ること。
この仕組みを使いこなすこと。

そのためには、
乱れた波動を、まず整える。
そのために、
土用という緩衝期間とでもいうべき調整時期が存在していたのです。


ここを「知ろうとせず」鳴り続けるケイタイ・止まらないメール着信に追われ続け、体を失う寸前にまで及んだのでした。
折しもその入院日は2005年1月17日か18日だったかと。21年が流れました。
いまだに、時短は美徳。最短で最大の利益確保だ。
と、スマホ片手にファーストフードを口に掻き込み息巻いている諸氏は、それはそれでご自身のシナリオなのですから大いに楽しみ味わっていただければ結構です。

ただ、一つだけはっきりしていること。
それは、
その延長線上に未来は存在していません。それはもう決定事項。


土用という期間が教える深い意味。
土用という期間がこの先に与える深い醸成。
そして、
八百万の神という意識に根ざした、この国の者だからこそ理解できる深い教え。


大明日(だいみょうにち)を迎え。
焦らず慌てず整えて。

頭(こうべ)を垂れ、心から奉ります。
畏み畏み(恐み恐み)物申す。




抗わず流れに委ねる

春日の大楠に頭を垂れる photo 宮本章光

冬土用入り。
そして、1.17。

忘れてはならない。と。
それを否定するのではありません。
けれども、その意識にフォーカスする限り、その波動を何度でも生み出し繰り返し焚き続けること。

エネルギーの法則を知ったのなら、その経験に感謝し離れる。
その体験が必要だったから出現したことに礼を奉り離れる。
それだけ。それが最も重要なことだと。

絶対にやってはならないのは、
裏側にこんな企みがあって故意に仕組まれたんだぞ、知れよ真実を。
と、いつまでも叫び続けること。

その負の波動をいつまでもいつまでも生み続け燃料を焚べ続ける。
それは単に自己顕示欲にしかならない。と知る必要があるでしょう。

災禍さえも必要だったからこそ自分に降りかかったことを。
人の命さえも必要なタイミングで必要な形で消滅してゆくことを。

すべては必然であり、すべてはこの地を体験するために描かれていることを。
抗わずに流れに委ねる。


感謝とは、
こうしてすべての出来事を体験させていただけることに捧げるエネルギー。
楽しいこと、わくわくすることを無理やりに書き出して、心にもない意識のまま口先だけ語ることではないのだと。

愛とは、
甘美な感覚を語ることではなく、極限の苦しみ痛み災禍さえも自らを成長させるために目の前に現れている仕組みそのものだと。
ものごとのうわべだけを口走る薄っぺらさを知ることが求められます。


お焚き上げを終え歳神様を見送ったあと、その空白には準備と調整のエネルギーが裏側で働いていることを知ります。
それが土用。
それなのに、一秒を惜しんで走り回り、貴重な借り物であるこの体を痛めつけた過去。
その結果、病床に伏した過去。

それさえも学びと成長のための過程だったことを知ります。
仕事だから仕方なかった...のではなく、大いなる巡りと季節・時期が持つ本質、緩・急、動と静の本意を知ろうとしなかった自らの過去があります。


この地この世、そしてこの稀有な言靈と大地の波動、永きにわたり生き抜く生命と波長を合わせてゆきます。
そこには、流れに委ねる姿勢が求められます。




そもそも説明は要らなかった

2026年 白梅が芽吹く photo 宮本章光

なぜ芽吹くのか。
どうして花開くのか。

季節が巡るから?
時期が来たから?


このようにして説明をしなければならない時代は過去になりました。
説明は不要です。
なぜなら、説明しなくてはならないレベルを卒業したから。

必要な時に、
必要なものが、
必要なだけ顕現化する。
それが、そもそもの仕組み。

なのに、理由を探し求め、ファクトチェックだエビデンスだ。と、外部に依存し続ける。
ましてwebに答えは存在しないにも関わらず、今度はAIに尋ねる。

いい加減にしなさい!
と、もしわたしの祖母が生きていたのなら、間違いなく叱られることでしょう。
答えなんてどこにもありませんよ!と諭されるのがオチです。


情報とは、
情報という言葉に対する多くの人たちの理解とは異なり、臣民を支配し「意識と感情をコントロール」するために存在してきたこと。氣づいていますか。もう学び終えましたか。

人と比較しアタマがおかしい。だとか、ファクトチェックはどうなっているか。などとAIに依存しその答えを求める。
あぁ、ビギナーすぎるよな、この人は。と瞬時にバレます。
比較そのものが不要。
答えは自分の心の中にしかありません。


違和感がある。
それなら、その波動と「自分は合致していない」という、単なる状況を示しているに過ぎないこと。
大いに頷く。
それならば、その波動と「自分は共振している」という状況を単に示しているだけだということ。

よって、人ひとり一人ごとに「その答え」は異なります。
この感覚を研ぎ澄ますことによって、この先に広がる道を創り上げるのです。


繰り返します。
「情報」とは、多くの人たちが理解している情報ではなく、意図的に仕組まれた「感情を低波動に落とし込める」ためのエサだということ。

自分は大丈夫。
自分は自分でコントロールできるから、ある程度はSNSにも接点を持っているんだ。ですか。
ええ、大いに結構ですし自由です。
ただ、
波動や周波数の法則は、その周波数を「意識した瞬間に合致し同じ波動を拡大している」ことを忘れませんように。


白い梅ですよ。
と意識した瞬間に「白い色」や「梅という存在」に合致し、そのエネルギーを生み出し拡大している。
この仕組みを学びました。

学んだ限りは、ノイズにしかならない波動に触れ、不用意にそれを世に垂れ流ししないこと。
大人の行動。とはそういうことではないでしょうか。


望ましい世とは、救世主を待ち続けることではなく、自らの心から願う周波数を選択し生み出し、それを顕現化させることでしか実現できません。

そもそも、説明そのものが不要だった。
ようやく理解できる人たちが増えている様子が見えはじめています。
ともにその波動を束ねて拡大してゆきたく思います。




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