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宮本章光/陽の視点 -- And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

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冬あるから春が待ち遠しい

隅田川向こうにスーパードライホールを臨む photo 宮本章光
2019年、今年の年明けは幾分か寒さが和らいだ感覚。
5日、そろそろ通常ペースに戻った頃だろうか。

移りゆく自然の姿に趣を感じることができるのは、四季があるからこそ。
日差しは暖かくも、つぼみはまだ硬く。
冬があるから春が待ち遠しい。

2018 Dog View

2018年ゆく年 photo 宮本章光
Dog's View というのだろうか、ごく低い位置に視点を置いてみる。
立ち位置からでは、あまり意識しなかったものが見えてくる。

落ち葉にも、長い時間が経過したもの、まだ落葉したばかりのものが入り混じる。
植物の種類は数多く、色もさまざま...。
引力に逆らわず地に伏し輪廻の中に組み込まれる。

戌年の締めはDog Viewで、いつもと異なった立ち位置で眺めてみる。

***でなくてはならない...。

日比谷公園鶴の噴水 photo 宮本章光
「○○○でなくてはならない。」
「xxxでなくてはならない。」

寒い日、雨の日には、その雰囲気を伝えられれば、それでいいのではないのか。
変に触ると、バランスは崩れ、他の部分に影響が出る。

雨の日でも晴天のようでなくてはならない...。
果たしてそうだろうか。

晴れのイメージが必要だから。
晴れのイメージでなくてはならないから...。

それならば、晴れた日に撮れば?
急ぐなら素材ライブラリーから購入すれば?

「***でなくてはならない。」
の呪縛に縛られた人々が増えたように感じる。

"How to"思考?

photo AKIRA MIYAMOTO
ハウツー(How to)思考とでも言うのだろうか。
○○の撮り方は?
XXの撮り方は?
といったような「事前に誰かが用意した型」を選んできてハメ込む思考が増えているように感じる。

[〇〇の撮り方??(2017.3.5記事):Link]
こちらにも同じ内容を記載している。

時代の流れなのだろう。
スマホにもプリセットフィルターがあってそれを適用するのが当たり前になってしまった。

お決まりのお約束。
それが良いか悪いか、を論じるものではない点、まずお断りを。

90分や120分の講演の後、ご質問としてお聞きする内容が「○○の撮り方は?」といった言葉に近い内容が増えている。FMラジオでのお話しの後にも、似たようなメッセージをいただくケースがある。

今にも雨が降りそうな状況で、秋晴れの花壇の雰囲気のように撮りたい。
という希望は、多くの場合、叶えられない。まず、影が出ないのだから。
そのように見せる画像処理があるんでしょ?
と、返されると言葉が出ない。

過去にも「雨の中の桜」を「晴天の空に咲き誇るように」撮りたい。というお話しがあったような。
青空だけを曇天・雨天から青空に加工すればいいんでしょ?その方法は?
という感じだったか。

「事前に誰かが用意した型」
自分の知らない「型」。それは、フィルターなのかもしれないし、新たなアプリかもしれないし...。
それを知りたい。という世の中になってしまった。

曇天の花壇なら、その今にも雨が降りそうな雰囲気の中で、しっかり咲き誇っている姿を残してあげればよいと思うし、厳しい冬を越して花開いた桜なのに雨に濡れているなら、その冷たい姿を印象的に語る。
こうした方法もあるように思う。

魚なのに食感は牛肉のように料理する方法?
パンなのに白米のご飯のような食感?
もう、これは一部現実のものになっていないか。

「フィルター遊びにはじまった意表をつく。」という手法は世の中を破壊し尽くすのだろうか。
自然に向き合う姿勢を忘れ、そして自らのアタマで考えるアクションをやめてしまった人間はどこに向かうのだろうか。

黄昏の趣

photo AKIRA MIYAMOTO
夕暮れ時の空には不思議な力がある。
雄々しさと物悲しさと、そして不思議な安堵に満ちた氣がそこにあるように感じることが多い。
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