抗わず流れに委ねる

冬土用入り。
そして、1.17。
忘れてはならない。と。
それを否定するのではありません。
けれども、その意識にフォーカスする限り、その波動を何度でも生み出し繰り返し焚き続けること。
エネルギーの法則を知ったのなら、その経験に感謝し離れる。
その体験が必要だったから出現したことに礼を奉り離れる。
それだけ。それが最も重要なことだと。
絶対にやってはならないのは、
裏側にこんな企みがあって故意に仕組まれたんだぞ、知れよ真実を。
と、いつまでも叫び続けること。
その負の波動をいつまでもいつまでも生み続け燃料を焚べ続ける。
それは単に自己顕示欲にしかならない。と知る必要があるでしょう。
災禍さえも必要だったからこそ自分に降りかかったことを。
人の命さえも必要なタイミングで必要な形で消滅してゆくことを。
すべては必然であり、すべてはこの地を体験するために描かれていることを。
抗わずに流れに委ねる。
感謝とは、
こうしてすべての出来事を体験させていただけることに捧げるエネルギー。
楽しいこと、わくわくすることを無理やりに書き出して、心にもない意識のまま口先だけ語ることではないのだと。
愛とは、
甘美な感覚を語ることではなく、極限の苦しみ痛み災禍さえも自らを成長させるために目の前に現れている仕組みそのものだと。
ものごとのうわべだけを口走る薄っぺらさを知ることが求められます。
お焚き上げを終え歳神様を見送ったあと、その空白には準備と調整のエネルギーが裏側で働いていることを知ります。
それが土用。
それなのに、一秒を惜しんで走り回り、貴重な借り物であるこの体を痛めつけた過去。
その結果、病床に伏した過去。
それさえも学びと成長のための過程だったことを知ります。
仕事だから仕方なかった...のではなく、大いなる巡りと季節・時期が持つ本質、緩・急、動と静の本意を知ろうとしなかった自らの過去があります。
この地この世、そしてこの稀有な言靈と大地の波動、永きにわたり生き抜く生命と波長を合わせてゆきます。
そこには、流れに委ねる姿勢が求められます。


