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宮本章光/宮本陽の視点「開闢」And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

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大きな流れに委ねる


2025年12月21日から27日までの8投稿につきましては、
投稿記事データ破損のためテキスト記事部分を消失しました。

12/21:大きな流れに委ねる
12/22:「在り方」を整える
12/23:物質世界から精神世界への幕開け
12/24:理論よりも理屈よりも
12/25:地に足を着けた生き方とは
12/26:凛として・そのままの在り方
12/26:次に迎えるもの
12/27:日々の選択の結果


写真画像については控えのデータより以下に記載いたします。


大きな流れに委ねる

在り方を整える

物質世界から精神世界への幕開け

理論よりも理屈よりも

地に足を着けた生き方とは

凛として・そのままの在り方

次に迎えるもの

凛として・そのままの在り方

2025年12月21日から27日までの8投稿につきましては、
投稿記事データ破損のためテキスト記事部分を消失しました。

12/21:大きな流れに委ねる
12/22:「在り方」を整える
12/23:物質世界から精神世界への幕開け
12/24:理論よりも理屈よりも
12/25:地に足を着けた生き方とは
12/26:凛として・そのままの在り方
12/26:次に迎えるもの
12/27:日々の選択の結果




整え・アーカイブし・見送る

2025年を見送る photo 宮本章光

整え、見送る。
2025年大晦日。

過去は捨てるのではなく「整えアーカイブする」ことによって必要な役目が果たせるのだ、と考えます。
この先に必要ないものを手放す。
それは、必要な周波数を見失わず純度を維持する秘訣だと語られてます。

しかしながら、
毎回毎回、古くなったものを捨てるだけでは、まさにこの地の転生と同様に、白紙からやり直しするばかりで「過去に得た糧・学んだ智慧」が一切生かされることなく消え去ります。
そして、
同じ教科書を何度も何度も学び直すといった無限ループから脱出することが叶いません。


浄化の時間を過ごしてきました。
不要なものを手放すことに意味がない、というのではありません。
この先に必要なものをしっかりと見極めるために、不要なノイズから離れてきました。
けれども、
それら不要とされるものを捨て去り一切を忘れてしまうのなら、再び目の前に現れた時点で「同じ落とし穴」だと氣づくことなく、何度も何度もそこに落ちてしまうリスクがある、と知ることが必要ではないでしょうか。


不要とは、必要がないこと。

これは禅問答や哲学的論議をするという意味ではなく、笑いをとるためのポエムでもなくて、選択の極意を語っていることに氣がつきます。
必要なものだけを「選択」する。
必要ないものであっても「認識し受け止める」ことは必須だということです。

そして、その結果として、「どちらを選ぶか」「どれを選択するか」といった選択の判断を自ら行い、自らの道を自ら生み出す。これを実践してゆき学んでいるのだと。


誰かに敷いてもらった社会的存在という名のレールの上をトレースする時代を終えようとしています。
それを敷いてくれたのは、親だったかもしれません。学校の先生だったでしょうか。
そして、
いつまでも「大多数」だとか「メディアの声」あるいは「インフルエンサーと言われる人」といったような、いわゆるこれまでの世のマジョリティ層に迎合してゆくことで、「自らの存在を無いものとする」生き方は終了しました。

次の新たな世では、
選択とは、何かを・どれかを選ぶことだと知り、その行為が更にもっともっっと重要になるはずです。
しかし、
選択「しなかった」側のエネルギーも、体験しこの先の糧となる貴重な学びであったことを忘れ去ることなく、一つの年輪として刻み続けることが大切だと感じます。


多くの人々、多くのチャネルで語られるように、この2025年は極めて重要なターニングポイントであったことは否定できません。
何を成し、何を得てきましたでしょうか。

どれだけ学びを得たか、それは数でも量でもなかったことを知り、それをこの先に活かしてゆくこと。
そのために、学びを終えた資料や教材をしっかりと整理・整え、アーカイブすることが重要だと感じます。

整え、アーカイブしたあと、それらを見送ります。
2025年12月31日。



暮れゆく・去り行く

2025冬 photo 宮本章光

過ぎゆく。
去り行く。
暮れゆく。

小さな選択の積み重ね

小さな選択の積み重ね photo 宮本章光

新しいもの・コトを拒否する。
それは、新しいものは恐怖を与えるからでしょう。

新しいもの・コトを受け入れる。
それは、勇気が必要かもしれません。


小さな判断・小さな選択の積み重ね。
それが大きな結果を生み出すこと。物質次元に生きればこそ、その結果を容易に理解できるはず。

ここで、誤解をしてしまいます。
努力しなければ結果は出ない。
結局は努力という積み重ねをするのだからこれまでと同じではないか。と。


もうお氣づきでしょう。
努力なしには「結果が出せない」という、旧来の「欠乏の波動」を生み維持し続けています。
そして、それを乗り越えるために、エセわくわくの道に迷い込んでしまいます。

ポイントは選択。
結果を出す。その言葉・言靈そのものを見誤っているのかもしれません。


数多く語られていますように、すべての選択肢は、すでにいまここにある。という論理。
結果は「もうここにある」と述べられている通りです。
量子力学が証明する、観測した(意識を合わせた)時点でその結果は顕現化する。という核心部分です。

選択とは、
すでにあるもの・望むものを選ぶということ。
それを継続し続ける。
それを「積み重ね」というのだと。

実現していない=結果が出ていないから「努力を積み重ねる」のではないわけです。
実現している=結果が出ている周波数を、選択する。その選択を「ずっと積み重ねる」のです。
但し、
権限化・物質化には時差がありますから、モノは目の前にはありません。
そこで、心の中からの印象化・心から顕現化させる能力を使いこなしましょう、ということかと。


千里の道も一歩から。
この名句は、一歩一歩を積み重ねることでしか目的地には辿り着けない。
と、「欠乏のスタート地点から積み重ねる」方向での教えばかりを強調します。
けれども、
「目的地に到着した喜びという、ゴール地点から逆再生する」方向での周波数を描くわけです。

苦難もあったでしょう。大きな障害もあったのかもしれません。
だから、結果:ゴールに到達することは大きな喜びになるのだと。そのこと自体は正しく間違っていません。

こうした負の波動を味わうためにこの地に降り立ったのですから、それは目的そのもので大正解ではあります。
しかしながら、その負の周波数を選択し続けているから、負の欠乏波動をいつまでも維持したままであるという、エネルギーと周波数の仕組みを「つかいこなす」タイミングを迎えていることを知ることが必要ではないでしょうか。


ゴールに到達し、結果を手に入れた瞬間に生み出される高揚感や達成感が持つ「周波数」を選択する。
それを、スタート地点から維持し続ける。それが「積み重ね」だと。

そろそろ、この地を卒業します。と宣言した限りは、もう次の学校のレベルに手を伸ばしてゆきたいもの。
特に、冬至から暦の切り替わりまでの、この極めて重要な期間、その先に生み出されるべき周波数を確実に意識しておきたく感じています。



準備を整える

輝き photo 宮本章光

偶然はなく、すべてが必然。
この世、あの世、すべてにおいて。


それは、自らが生み出した波長に応じて権限化します。
それが法則だから。

準備を整えれば、その通りに結果を生み出します。
それは、自らが行った行動とともに、心に抱き生み出した波長に応じ具現化します。
それが仕組みだから。

準備とは、
救世主を待つことではなく、自らが望む周波数を生み出し維持し続けること。
負の感情にフタをして見ないふりをすることではなく、俯瞰した視点でそのエネルギーを認識し100パーセント受け入れること。
そして、
辛酸、喜怒哀楽さまざまな感情を体験できたことへの感謝とともに、この先に不要な周波数を手放す。

それが準備をするということ。
それがいまを生きるということにつながってゆきます。



色の波動に触れ共鳴する

鮮烈な色の波動 photo 宮本章光

色そのものが特定周波数。

色の波動に触れ、その振幅を感じ取ります。
その固有のエネルギーを。

柔らかく穏やかに流れる川の水、その響きとともに。



心を合わせる周波数

心をあわせる周波数 photo 宮本章光

負の周波数を見てはならない、という感覚自体が誤りでした。

それは見て見ぬふりをして浄化ができていない証。
こうして溜め込まれたエネルギーは、いつか大爆発を起こします。


どちらのエネルギー、どちらの周波数も等しく認め等しく受け入れます。
そして、どちらを望むのか。
ここに恐怖が残っているのでしょう。

両方ともに等しく認識すれば、その瞬間に「ニュートラル」に落ち着くことが多いはずです。
それなのに、片方だけに蓋をするからシーソーは激しく片側に傾きます。急激に落下し衝撃を受けます。
それが怖いから、無理やりにわくわく、とやってしまう。
これが過ちの元のように見えます。


心を合わせる周波数は、
その瞬間に自分がキープしている音・音階。
それが、古典的な楽典に則っているか、近現代の手法で表現されているのか。
それは関係がないこと。

どちらも生み出されたからには、生み出した自分自身が責任を持ってニュートラルに戻す。
それだけ。


心を合わせる周波数は、
実は、自分が生み出した思考が顕現化する法則、そのものを具現化実験していたに過ぎなかったのだと。

これまでの世とは、完全に逆方向。
意識が顕現化してゆきます。
だから思考に責任を持つ。

次の時代の生き方であり、必要なスキルだと感じます。



日本の風景と響き合う

日本の風景を photo 宮本章光

この国の風景を。
この国の感触を。

ここに残し、伝え、拡大してゆきます。

静けさと平穏を確保できたなら、
その次には、
響き合う感覚、溢れ出す感覚を起爆剤として突き抜けること。
それが、崩壊し消滅が確定したレイヤーから脱する秘訣だと。

日本の波動を心に抱き。
日本の風景と響き合い。



誰一人として失われていませんでした

ノケイトウが光り輝く photo 宮本章光

混乱にフォーカスすれば混乱を、
困難に合致させれば困難が顕現化します。


道の端にあるただの排水溝に、ひっそりとひとつの生命。

これまでは、こうした微細なレベルに意識が合っていなかった証明。
意識がそこに行けば、彼らの姿が見えてきます。

混乱と混沌と。
悪と欺瞞から。
雑念から離れた瞬間に見えはじめます。


微細で繊細な感性・感覚は失われていませんでした。
フォーカスする先を間違っていただけだったのではないでしょうか。

これを選択というのではありませんか。
盛大に溢れかえる「この先の世に不要」なノイズから離れた瞬間に見えるもの。
ええ、わたしたちは、誰一人として、すべての生命存在とともに生きともに歩む、その美しい生き方を忘れてはいませんでした。
そして、
それを感じる感性も失われていませんでした。




フィボナッチ数列と感性・天からの贈り物

フィボナッチ数列と感性と photo 宮本章光

フィボナッチ数列が示す美しさ。
その絶妙なバランスを受け取ります。

そして、
それを一枚の限られた面積の内に「心地よさ」の感覚を伝える絵として配置してゆきます。
ここには、無意識領域から示される(降りてくる)導きがあります。

天からの贈り物。
それは、生命存在の生きる姿としての美学とともに、記録を超えた「感動を伝えるための感覚・感性」として送られ・贈られていることを感じます。

美しい波動、美しい展開。
感動と感謝の世界へ。
思考は現実へと、意識が顕現化してゆきます。
ありがとうございます。



いまを生きる

いまを生きる photo 宮本章光

定点・定例。
この年もひとつの世代を終えて。

いまを生きる。
いまを感じる。

その深い意味と、絶妙なタイミングの素晴らしさ。
その深い本質と、唯一無二の仕組みと。




深まる秋を追い冬至へと

深まる秋を追い photo 宮本章光

進みゆく新しい時代を抱き描き、
深まる秋に。
迎える冬至へ向けて。




理由のない安心感・安堵感

理由のない安心感と安堵感

各所から「分岐確定」「選択決定」等の文言が続出しています。

信じるか信じないか。
そのようなレベルから、ようやく脱出できたこと・やっと超越したことを感じます。
もう囚われることもありません。


そう思うからこそ「自分がその周波数を顕現化」させる。
その仕組みを体現できるようになったことを喜ぶ瞬間を迎えたように感じます。

まさに、
理由のない安心感。
理由のない安堵感。

理由のない確信。
理由のない明確さ。

その「理由なき」底しれぬ安定感が、合致しシンクロする周波数をさらにさらに強固に具現化してゆきます。
結局は、自分の現実は、自分が維持する周波数によって自分自身で顕現化するのだと。

その大法則。
その大原則。
ともに歩む方々と美しく描き出してゆきたく思います。



そのままでよい

美しく輝く photo 宮本章光

美しく光り輝き。

そのまま。
そのままでよい。


心というイメージセンサーを置き換えたら

晩秋に臨む photo 宮本章光

かつて、フィルムカメラ時代には「どの銘柄のフィルム」を使用するのか。
それが最終仕上がりのイメージを決定づける重要な要素の一つでした。

Fujifilmにはフジの独特の色、Kodakにはコダック特有の諧調や再現性、といった特徴があり、希望する色調や諧調を再現するための重要なプロセスでした。
さらにもっと昔、
モノクロ現像を暗室で行なっていた時代。その現像液の匂いは独特の中毒性がある、とさえ語られた「濃すぎる趣味」の時代でもありました。
(中学生時代には、何時間も暗室に篭り、確かに中毒症状になった体験があります。)
ここでは、プリントする印画紙の性質によっても、諧調やコントラストに大きく見栄えのイメージが変化しました。

いま、
そのフィルムに該当する部分はイメージセンサーにとって代わりました。一つのボディで自分でセンサーを取り替えることはできませんので、どのメーカーの何のモデルを選ぶか。
この段階でイメージが決まる時代になってきました。
スマホなど最たるものでしょう。iPhoneで撮ったものは、ほぼ間違いなく見分けがつく。そんな例えです。


昔話を懐かしむ目的はありませんのでここで一旦終えます。
同じ図式が「心というセンサー」にも当てはまること、意識なさっている方々も増えているはずです。

自分の心というセンサーが、iPhoneなのかXperiaなのかPixelなのか。
これによって写し撮る写真の印象がガラリと変化するように、「自分の目の前の風景」が変わってゆくこと。

心の場合には、
例えばiPhoneからXperiaへ持ち替えるかのごとく、意識の周波数を変えてしまうことで、顕現化する現実が時差を経て変化してゆきます。
だからこそ、
過去の負のエネルギーが生み出した結果である現在の混乱にフォーカスしている限り、永遠のネガティブスパイラルから抜け出せないわけです。


心のイメージセンサーを置き換えてみる。
その深い意味と重要性が理解できたのなら、それを実践・実行するだけなのです。

新しい、そして望む通りの道を生み出し切り拓くために、心のセンサーを必要な周波数ごとに置き換えてゆきます。
これが現実創造と語られる、最大かつ唯一の方法だと。
まさしく、思考が現実化する仕組みそのものです。

心地よい未来、助け合い支え合い共に美しく成長・拡大してゆく近未来。
同じ周波数を、その波長に合ったセンサーで描き出してゆきましょう。
そして、ともに響き合える方々、目一杯羽ばたいてまいりましょう。




もう元に戻ることはない

色づき枯れ生まれ変わる photo 宮本章光

今世での最後の舞台を。
色づき・落葉し、大地に還るように。

もう元に戻ることは決してありません。



街中にある静寂と平穏

街中にも静寂はある photo 宮本章光

市街地の真ん中にも静寂はある。
街中にも平穏な空間がある。

それを感じる人の「心」により、その現実が創り上げられます。
それを感じる人の「周波数」状態により、その現実と響き合います。


こうして、
外部に結晶化した、他者・他存在が生み出したエネルギーやその結果ではなく、「自らの感じ方・波動のあり方」によって目の前の風景は変化してゆきます。

これが「意識が顕現化する」大法則。
これが「思考が現実となる」大いなる仕組み。

まさしく、
幸せとは、どこかにあるものではなく、掴み取るものでもない。
幸せとは、そのように感じる「心のあり方」である。
と語られる真実そのものだと。


街中にある静寂。
街中にある平穏。



空氣感という周波数

秋の夕日を photo 宮本章光

感じられる人たちが増えているはずです。
空氣感。その感覚を。

感じる、とは、
そのエネルギーが持つ周波数と同期すること。
同期する、とは、
同じ波長で共振し共鳴すること。


ここに同じ波動を共有する体験が生まれ、
それがこの地・この世に顕現化してゆきます。

これからの世は、周波数という固有の振幅波動の世界。
波長が合うか合わないか。
それを「能動的に」感じてゆく世界。

目の前に出現する現実そのものが、周波数の違いによってものの見事に異なる世界。
空氣感という周波数。
空氣感という言靈そのものがエネルギー存在だと再認識することでもあります。


わたしが、この場この時に合致した周波数と同じものを共有してゆきます。
合致した波動を受け取れる方とは「共鳴」します。
それが、心で「響き合う」感覚であること。

美しい世は、美しい周波数によってもたらされます。
美しい世は、美しく響き合う感覚によってのみ創り上げられます。




能動的に選択する

進化成長を続ける photo 宮本章光

自分の道を創り出す。
そのためには、
能動的に・積極的に選択をする必要があります。


黙っていても勝手にノイズに溢れ塗れてしまいます。
それがこの地・この世の中。
そして知らぬ間に、その周波数に毒されます。

だから、まずノイズから離れる。
だから、能動的に行う必要がありました。
けれど、もはやこのレベルは、とっくにクリアできたことでしょう。


この次は、望む周波数を積極的に選んでゆきます。
ここが難しいのでしょう。この次のステップに行けない(行こうとしない)ケース多々。

待ち続けるばかり。
予言(預言も含め)だとか追いかけてみても...。

はい、騙されたまま眠り続けるよりは遥かに素晴らしいと思います。
しかし、待っているだけでは何も変わりません。
長大な時間が経てば、結果として「勝手に変わった」ように変化するに違いありません。
でも、ものごとにはタイミングがあり、いまその瞬間であることを忘れませんように。
旬の作物・食べ物、2万6千年も放置すれば腐敗し早々に大地に戻るだけです。
一周回って「勝手に世の中変わった!」と叫びますか。それまで生き続けることは不可能です。
旬を逃してはなりません。


二極化だとか、その言葉がもはや旧いことを理解できているでしょうか。
善と悪だ、光と影だ。とフォーカスしていること自体が、もはや化石レベルだと氣づいているでしょうか。
わずかこの4,5年の知識さえ、すでに数十年間レベルでの変容だと意識できているでしょうか。
それだけ変化は急激で、過去に体験したことがない状態だと。


一人ひとりの独自の周波数に応じた道が創り上げられてゆきます。
思考が現実化し、意識の波動がこの世に顕現化させるのです。
然るに、
望むものを能動的に選択する。
願うものを積極的に選択する。

選択しない限り、選択するという意志表示をしない限り、自分の道は決して「勝手に」創られることはありません。
だから、積極的に・能動的に選択し続けるのです。

そして、旧い「この先に役に立たない」周波数から離れる。
その繰り返しによって、結果として進化と成長が生み出されてゆきます。

紅葉し葉を落とし、翌春に芽吹くように。
同じことの繰り返しに見えていながら、決してそれは同じ葉でも同じ芽でもないように。




道はもうここにある

道は繋がる photo 宮本章光

創り出そうと意識したのなら、
道は、すでにそこにあるでしょう。

生み出そうと描いたのなら、
道は、もうここに見えているでしょう。

あとは歩き進めるのみです。
もう留まり続ける必要はありません。

これまでに創り上げ築き上げた心から生み出した周波数は、立派に道として顕現化し目の前に生まれているはずです。
そして、
もう一人ではないことを強く感じるはずです。


一人ではない、とは、
一人ぼっちではないという意味と、すべてが仲間であるという意識と。

欠乏に苛まれ溜め込む周波数から去ったのなら、
恐怖に怯え未来を生み出せずに居た過去から脱出したのなら、
これからの道は、
巡り・循環させる世へと繋がってゆきます。


自分の道は、自分以外には決して生み出すことができません。
創り出したのは自分自身。
完全オーダーメイドな道を、一歩づつ踏みしめ歩むのみ。
道は、もうここにあります。
創り出したのは自分自身。

ようやく具現化した喜びのフェーズへ突入したことを感じます。




循環・巡り続ける

銀杏御神木 photo 宮本章光

巡り廻る。

エネルギーは巡ることにより進化を続けます。
エネルギーは循環することで新たな側面を迎え入れます。

受け取ったものを循環させる。
受け取ったものを必要なところへ巡らせる。

それが進化の基本原則。
受け取るには、遠慮や謙遜など無縁です。
感謝とともにすべてを受け取ります。

だからこそ、
そのすべてを、次に必要なところへ巡らせる。
それが法則。
だからこそ、
そのすべての波動を受け取り糧とすることができます。


色づき、落葉し、土に還ります。
巡り、循環し、輪廻を繰り返すことにより、さまざまに進化と成長を促進します。

溜め込まない。
待ち続けない。
静かに、穏やかに、心やすく。

すべては巡り廻り続けます。


調和する世へ

調和の時代へ photo 宮本章光

競争がない世、
とは、
競争を「する必要がない」世のこと。

争いが不要な世、
とは、
争いが「発生する原因が存在しない」世であること。

待っていれば誰かがそれを生み出してくれるのでしょうか。
待っていれば救世主がそれを運んできてくれるのでしょうか。


生み出すのは、わたしたち自身の心からです。
生み出すのは、望ましい世を想い描く心からです。

調和するのは、調和して当然の周波数だけを選択するから。
それは、
待っていても「いずれ長大な年月が経過すれば」実現するに違いありません。
けれども、
その遥か先・氣の遠くなる未来までこの体は持ちません。それに、もうこの地球もこの宇宙も「旬」を終えてしまいます。
それは恐らく、最短でも25,800年程度は先になりましょうか。

仮に、ではその機会・その時が、すぐ一週間後だったとして。
準備のできていないエネルギーは合致することなく消滅するのみだ、と理解できているでしょうか。
旧い周波数のまま、言葉づらだけ分かった氣になっていても、頭の中だけで理解している氣になっていても、波長の異なるエネルギーは「決して響き合わない」ので、それを維持しているあなたは「ついてゆくことはできず」消滅します。
わたしたち自身が「その世に相応しい魂レベル」に成長していることが大前提であることを忘れてはなりません。

どれだけ資産を築いたか。
どれだけ有名になったか。
そんなもの、宇宙には関係がありません。
いまだに数を追い、人のエネルギーで消耗し時間を消費している限り、それに相応しい魂レベルではない、ということ。


ものごとにはタイミングがあります。
その言靈が示すように、旬の機会にその流れに乗ることです。
流れに乗る。とは、
webやSNSで話題になっている情報という名のノイズを追いかけることではありません。
この大転換機は、心のレベルが新たな世に相応しいかどうかを見極めるための準備期間として存在しているとも解釈できるはずです。


静かに、穏やかに。
心地よく・争わず。

それを調和と言うのではありませんか。
調和の言靈を失わず。
調和の本質を忘れることなく。
そして、
欠乏に苛まれ溜め込むことなく、エネルギーを巡らせ循環させてゆくことで成長と拡大が実現してゆきます。
それがこの宇宙の大法則だからです。



競争から共創・協奏へと

2025秋 そのままで美しい photo 宮本章光

欠乏と恐怖のエネルギー、もうすぐ終焉を迎えそうです。
多くの人たちが肌感覚で認識しているはず。


最後の足掻きによる負の周波数が伝播するも、その波長に合致し増幅することに合意しなければよい。
今世・今生だけしか認識できないにも関わらず、それでも長過ぎました。
もうすぐです。
世の中を変える大転換のトリガーとなる閾値を超えるまで、あと少し。
そう感じます。60年以上わたしを生かし導き続けていただいた勘・直感が指し示しています。


新しい周波数を。
望む波長を。
その選択が、自らの近未来を創り上げ切り拓きます。

争い、奪い合い、欠乏と恐怖に満ちた波動は、
ともに讃え、ともに成長し、ともに拡大する世へと。
競争から共創・協奏へと。


そのまま、その存在のままで。
2025年秋・初冬。
そのままで美しい。


ゴールが見えるからプロセスが判る

大都会に息づく生命 photo 宮本章光

先行きに不安がありますか。
何も見えないから恐れを感じますか。

確かに。
でも、それは、これまでの世の「定規」で見ているからでしょう。

決して自ら動かすことができない「現実」という外側の大きな力。
それは、不可避で自分ではどうすることもできない。
その現実という名の目の前の風景が不安定だから恐怖に襲われる。

これらの感覚が、もはや過去の遺物になったことを理解したのであれば、この先に望む・望ましい風景を描くのみです。


ゴール地点が見えないから不安になる。
ならば、
ゴール地点を明確に描き、そのプロセスを自動運転できるようナビに登録すればいい。

ゴール地点を描くとは、
自ら望むブループリントを、自分の心によって抱きその波動から顕現化させるのです。

右肩上がりの経済という旧来の成長神話は、もうとっくに破綻し崩壊しているのですから、その定規で目の前を見ないことです。
別に経済成長がマイナスであろうと、恐れるに足りません。
すでに、この失われた平成の30年間を、苦しみもがきながらも立派に乗り越えてきたのです。結果を出してきたでしょう。
昭和の高度成長期、バブル、そしてそこに続くどん底にまで叩き落とされた時期を見事にクリアしたのです。


もう怖いものなど何も存在しません。
そして、
心が生み出すエネルギーこそが現実を具現化させる原動力であることも学び終えました。まさに鬼に金棒。

続き、この大建て壊しのあとには大建て直しが始まります。
それを、わくわくして待つのも自由ではあります。
けれど、
待ち続ける限り待ち続ける現実を自分で創り出すだけだ、いつまでも延々と待つだけだ。と知ったのであれば、
待つのではなく、自ら描き・生み出してください。
ここが抜け落ちている人、多数。もういい加減にクリアしてください。


望ましいゴールを創り上げることができるのですから、それを徹底的に追求するのみです。
追求するとは、
心穏やかに、平静に平穏に、望ましい周波数を生み出し維持すること。
大それたことをやる必要などありません。ノイズから離れ穏やかに過ごす、静かに生きる。それを徹底するだけ。


ゴールが見えるからこそプロセスが生み出されます。
この枠の中に完成された一枚の絵。
このゴール地点としての完成画像が心の中に描き出せているからこそ、その場所その瞬間に「この一枚」が写し撮れること。

なにもかもが、同じ図式の大法則。
何もかも、同じ図式のフラクタル構造。
素晴らしい仕組みに感謝が湧き上がる瞬間でもあります。




意識の焦点を変えよ

御神木から復旧プログラムを受け取る photo 宮本章光

構図を決める。
焦点の場所を決める。
焦点を合わせる。

写真を撮るなら、こうしたプロセスがあるでしょう。
「現実創造」も同じだと言えば、疑問を持つ人たちが多い(多かった=過去形)かもしれません。
しかし、ようやくこのレベルはクリアできた人々が増えているはずです。


現実創造とは、

望む風景を明確に決める。
実現させたい絵の場所を決める。
その現実が持つ周波数に焦点を合わせる。

このプロセスは写真と酷似していることに氣がつきます。
そもそも、
無数にあるとされる並行現実の中で、何を・どれを選択するのか。
これは、その大半が潜在意識レベルで行っていると語られるように、顕在意識では認識できていないため意識が及びません。

量子力学はオカルトでも何でもなく、「科学という名の宗教」の熱狂的な信者さえ頷かざるを得ないところにまで証明が進んできました。
すべての選択肢がすでに存在し、その中で自分の「意識」がどれを選ぶのかだけの違いです。

然るに、
苦しい現実に意識をフォーカスすれば、その通りの人生・現実という写真が写ります。
また、
救世主がやってくるはずなのだが、いつまでも来ない。いつになれば実現するのか...。だからわくわくして待ち続けましょう。
と、フォーカスしていれば、いつまでも実現しない人生・現実という写真を永遠に撮り続けてしまいます。
このレベル、さっさとクリアしたいのですが、どうやら自称覚醒者と名乗る人ほど、二度寝するばかりのように見えます。


詰まるところ、
どこに・何にフォーカスするのかによって記録される写真が変化するのと同じように、意識する先を慎重に選ばねば望む現実は顕現化してこないわけです。
もう釈迦に説法だと思われるのですが、しかしながらそれは「アタマ:顕在意識」で知識を得ただけに過ぎず、「心:潜在意識」では、理解どころか、疑念と不安の周波数で溢れてしまっているのかもしれません。
だから、いつまでもいつまでも具現化しないのでしょう。

この5,6年の間に、隠された真実が暴かれ表出するにつれ、「ほれ、俺の言うた通りやろ!陰謀論やなかったやろガー!」と、鬼の首を取ったように叫ぶ人は、ご自身の手柄でも何でもなく、宇宙のカレンダーが然るべきタイミングになったことに加え、目立たず控えめに、けれど確実に「望ましい光」を灯し続け拡大し続けてきた、無名の人たちの心から生み出されたエネルギーの賜物であったことなど、まったく氣がつきません。
もはや恥ずかしさを通り越して、直視できない哀れな自分自身の姿さえも。
ええ、それもその方ご自身の学びと成長のプロセスではあります。


二千年前に記された内容が正しいかどうか?その論議をしている限り、それ以上に進化は望めません。
その通りになって欲しいのであれば、
「その通りになる」周波数を維持し続け、その通りになった現実というエネルギーを創造しなければなりません。
そしてそれを選択し続けることです。

ここで必要になるのが「行動」なのです。
もう、これも耳タコだと思います。
行動とは、
望ましい心、平穏な心、平静な心。美しいと感じる心。ありがたいと感じる心。
それらを維持し続けることです。
(決してデモに参加することではありません。隠されてきた世の裏側の悪事を暴き延々とwebやSNSに書き連ねて、自己承認欲求を満たすことでもありません。もうこれ以上は書きません。)


現実を変えるのは、
変えたいと願う周波数を、無限に存在する並行現実の中から能動的に選択すること。
その周波数を見極めること。
そのためには、
穏やかに過ごし、静かに生き、美しいもの・存在へ美しいと伝え、偉大な生命存在へ感謝と畏敬の念を奉ること。
これを、この国の先人は、八百万の神に対する感謝の祈りとして行ってきたのです。


あまりにもシンプルすぎる大法則です。
意識の焦点を変え、望む周波数に定めるだけ。
待ち続けるのがダメなら、何をどう行動せよと言うのか?などと反論する前にご自身で取り組むべき課題です。

意識するもの・コトが現実となる。
意識の合致したエネルギー周波数が顕現化する。

長大な時間を生き続けてきた生命存在・御神木はそう伝えてきます。




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