アンド・エム宮本陽/宮本章光ブログヘッダーイメージ

宮本章光/宮本陽の視点「開闢」And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

Content

整え・アーカイブし・見送る

2025年を見送る photo 宮本章光

整え、見送る。
2025年大晦日。

過去は捨てるのではなく「整えアーカイブする」ことによって必要な役目が果たせるのだ、と考えます。
この先に必要ないものを手放す。
それは、必要な周波数を見失わず純度を維持する秘訣だと語られてます。

しかしながら、
毎回毎回、古くなったものを捨てるだけでは、まさにこの地の転生と同様に、白紙からやり直しするばかりで「過去に得た糧・学んだ智慧」が一切生かされることなく消え去ります。
そして、
同じ教科書を何度も何度も学び直すといった無限ループから脱出することが叶いません。


浄化の時間を過ごしてきました。
不要なものを手放すことに意味がない、というのではありません。
この先に必要なものをしっかりと見極めるために、不要なノイズから離れてきました。
けれども、
それら不要とされるものを捨て去り一切を忘れてしまうのなら、再び目の前に現れた時点で「同じ落とし穴」だと氣づくことなく、何度も何度もそこに落ちてしまうリスクがある、と知ることが必要ではないでしょうか。


不要とは、必要がないこと。

これは禅問答や哲学的論議をするという意味ではなく、笑いをとるためのポエムでもなくて、選択の極意を語っていることに氣がつきます。
必要なものだけを「選択」する。
必要ないものであっても「認識し受け止める」ことは必須だということです。

そして、その結果として、「どちらを選ぶか」「どれを選択するか」といった選択の判断を自ら行い、自らの道を自ら生み出す。これを実践してゆき学んでいるのだと。


誰かに敷いてもらった社会的存在という名のレールの上をトレースする時代を終えようとしています。
それを敷いてくれたのは、親だったかもしれません。学校の先生だったでしょうか。
そして、
いつまでも「大多数」だとか「メディアの声」あるいは「インフルエンサーと言われる人」といったような、いわゆるこれまでの世のマジョリティ層に迎合してゆくことで、「自らの存在を無いものとする」生き方は終了しました。

次の新たな世では、
選択とは、何かを・どれかを選ぶことだと知り、その行為が更にもっともっっと重要になるはずです。
しかし、
選択「しなかった」側のエネルギーも、体験しこの先の糧となる貴重な学びであったことを忘れ去ることなく、一つの年輪として刻み続けることが大切だと感じます。


多くの人々、多くのチャネルで語られるように、この2025年は極めて重要なターニングポイントであったことは否定できません。
何を成し、何を得てきましたでしょうか。

どれだけ学びを得たか、それは数でも量でもなかったことを知り、それをこの先に活かしてゆくこと。
そのために、学びを終えた資料や教材をしっかりと整理・整え、アーカイブすることが重要だと感じます。

整え、アーカイブしたあと、それらを見送ります。
2025年12月31日。



2025/12/31(Wed) 12:19:21 | photo blog

New Entries

Archives / Serch

2nd.popular category

人気カテゴリーNo.2

【New Age】

>New Age

 

Categories