望みは高く大きく

色も周波数です。
可視光線帯域で、人間には視覚としてその波長の違いを認識できる領域に存在するエネルギー。
特定波長を維持しているという観点では、色そのものがエネルギー存在であるとも考えられ、色という生命であると表現することも無理がないのだと。そんな時代に突入しています。
そのエネルギー存在と植物との共同作業。
ともに、いまこの時を謳歌している姿だと受け取るのも美しい表現に違いありません。
崩壊が決定している、この先に必要ない・消滅するだけのレイヤーに居続けるのは終わりにしてはどうでしょうか。
もちろん、
その位置にあっても、良いことよくないこと、共にあるでしょう。
そこで「良いモノ・コト」を選択するのは正しい選択でしょう。
ですが、そもそもそのレイヤーに居続けることをやめてみては?というレベルで考えてみるのです。
そこまで極端に飛躍した思考から、望ましい風景を生み出してゆきます。
思考が元の元なのですから、より大きくさらに心地よい周波数を生み出してみてはどうでしょう。
さまざまな要因によって、欲求水準から落として落ちまくって、望んだものに遥かに届かぬ形でしか具現化しないかもしれないわけですから。
望みは高く、大きく。
過去、大きすぎてはならぬ、という教えもありましたが、それは欲望にまみれ本筋を見誤ることを戒めたわけであり、高く・大きく描くことで、より望ましい世を創り上げてゆきたいものです。
陰と陽・陰陽の感触の違い

陰と陽。
この街は東西方向に長いため、幼少期から「方角と太陽の位置関係」そして「陰と陽」の関係を無意識に感じ取る経験を積んできました。
南側は太陽が照り、北側は影になる。
南側は明るく暖かく、北側は暗く冷たく。
その昔は、鉄道路線を走る車両の内装でさえも、南側の車内壁は色濃く(直射日光がほぼ当たらない)、北側は色褪せて(直射日光に晒される)いたものです。
そして、
この地に息づく樹々も、南側と北側で見せる姿には微妙な違いを感じることが少なくありません。
方角と太陽の向きと同様に。
どちらが良いかよくないか。ではなく、
それぞれの側で、エネルギー波動が異なることを肌で感じられます。
また、
その瞬間瞬間に自分自身が維持する周波数に、より近くよりシンクロしやすい「側」で同期した感覚のほうが心地よく感じます。
磁石のように考えるのなら、それは対極にある波動がニュートラルになるよう打ち消しあった印、とも考えられますし、あるいはストレートに同じ波動域にあるから共振・共鳴している状態、だとも解釈できます。
いずれにしましても、太陽の当たる側で感じる波動と、影になる側で感じる波動と。
その時々によって、どちらが心地よいのか。その差は歴然としています。
この時には、北側の波動が心地よく、また安心感を感じられる感触を得た瞬間でした。
違い、というものは存在して当然だと理解できます。
御神木の見せる「顔」以外に、その生命存在の本質である「周波数」が南北で異なることを体感します。
ここでも「陰と陽」の両極がセットで存在する意味をしっかりと感じとります。
そして、その違いを・その感覚を受ける時間を体験し感性として蓄積してゆきます。
これら体験も、精神性を磨くための貴重なひとつの手段であることを知ります。
水の「きめ細かさ」に変化あり

川の流れを眺め。
定点観測で氣がつくこと。
それは、
音に「きめ細かさ」を感じるようになり、細やかで繊細な響きに変化していること。
見た目にも、泡が細やかになり穏やかな印象になっていること。
水は生きていることを感じます。
エネルギーとして特定周波数を持っている時点で、そこに生命があると理解できる時代に入りました。
生命。それは、有機物の合成・ペプチド結合やタンパク質結合ではなくとも。
波動そのものがエネルギーを保持している時点で、エネルギー存在=生きていることだと認識する観点があってもよいはずです。
新しい時代は、みるみる先に進んで行きます。
旧いレイヤー上に残された、過去の遺物・過去の想念が作った「この先に不要な結晶物」にフォーカスし続ける間に。
置いてきぼりを食らうのも、自分自身の選択と意志表示。
自らの手(心)で、新しい地に相応しい周波数を生み出してゆきます。
それ以外に目の前の風景を造り替える方法がないからです。
自分の心が生み出す波動以外に信ずるものがないからです。
立派なincubation cellを目の前に

ここから巣立った生命がひとつ。
ここに芽吹く世代交代の姿がひとつ。
この地で何を経験し、何を理解し、何を得たでしょう。
いつまでも自分からワナにハマり騙され続けることにも意味があるのかもしれません。
少なくともその当人にとっては。
すべてのモノ・コトには意味があり存在理由がある。
その言葉の本質を理解します。
立派なincubation cellを目の前にして。
生命は、学び体得し成長することで進化する。
その本質を垣間見た氣がします。
望ましい道を切り拓く仲間とともに。