初午(はつうま)2026年2月1日

初午(はつうま)。
丙午(ひのえうま)の初午。
2026年は、本日2月1日。
暦という区切りには意味があり、その意図に心の波動が合致すれば、同じ振動数としてその意図が顕現化します。
この国の先人は、こうした物理法則・量子力学が証明してみせるよりも遥か以前から、その本質を理解していたことを知ります。
初午祭において奉る祝詞には、深い言靈(ことだま)と奏上する音靈(おとだま)が響き合い、同様に合致した振動数としてその深遠な世界と繋がります。
後に生まれた宗教という名の洗脳と支配・隷属化のための仕組みにも、同じように「それに似せた」文言を並べてはいるものの、その中には言靈と音靈という有史以前から培われ蓄積されてきたこの国の精神世界を通して無限のエネルギーに繋がる波動、一千年を超えて語り継がれてきた深い波動が皆無であることは明白かと思われます。
いま、極めて重要な宇宙規模での大転換期。
そして、その地球の進化を牽引する非常に重要な役目を果たすとされるこの国、日本。
物質至上・物理次元オンリーの世が崩壊する中、精神性を磨き・高めようと行動をはじめた人々。
もう大丈夫だとは感じますが、のちの者が支配と隷属化・洗脳のためにつくり出した宗教と、この国の先人が築き上げた森羅万象・八百万の神への畏敬の念とを、ごちゃ混ぜにして「なんとなく宗教っぽい」と、一括りにして語ることのありませんように。
わずか5,6年前ほどでさえ、その時点で精神世界を語る者に対し、狂った宗教だスピった狂った輩だ。ツボを買わされるなよ!◯カな奴。と蔑んでいた人たちが大多数であったこと。
ええ、幸いなことに今となれば大きく進化・成長し、もはやその時点とは比較できないほどに成熟を果たした(はず)のこの国の人々。
ところが、いわゆる心のブロックとされる「奇跡なんて起きるわけがない」「そんなものあるはずがない」と、これまた否定し続ける姿勢が、激しく重要なこの期における「もうすぐ目の前まで」やってきている幸運を、わたしたちの集合意識に毒として混ぜ込み、顕現化・具現化を「阻止」してしまうことになる、と氣のつかない痛すぎる人たちの存在も。
救世主を待ち続けるのではなくて、わたしたち自身一人ひとりの心から望ましい波動を生み出すのだ、と理解できた人が実践し日々行動している中、いつまでも待ち続ける不足と欠乏の周波数を産み続ける人たちの存在と同じように。
何もかも、紙一重(かみひとえ)なのです。
ものごとには両面があり、それぞれセットであること。そこまで理解したのなら、自分の立ち位置と異なるものを否定するのではなく、ともに認めともに受け入れる。
ただし、
隷属化と支配のために、これまでの世を覆い尽くしてきた膜のようなエネルギーに対しては明確に線引きをし、選択しないことが求められます。
そのためには、これまでの学習と成長のために存在してくれた役回りへの感謝を捧げ、そして手放すのだと語られている通りです。
なんとなく似ている。なんとなく同じように見える。
それだけで、正反対・真逆に存在するエネルギーをごちゃ混ぜにして否定してしまうことのありませんよう。
選択とは、
その選択の前に、両極ともに体験したからこそ学びを深められたという事実への感謝を忘れず、この先に望む波動を選ぶこと。
初午。
暦という区切り、節ごとの重要性について学び直す機会を与えられていることを知り、森羅万象すべての存在への畏敬の念と感謝の心を忘れないよう、ここに巡ってきたものと感じています。
穏やかに。静かに。心やすく。
2026/02/01(Sun) 15:27:41 | photo blog



