そこにあるさまざまな対比

明暗が存在するのがダメなのではなくて。
表裏があるのがよくないのではなくて。
対比とコントラストを味わうために。
この地で体験するために。
直線と斜線。
分割と統合。
色彩の対比。
質感の対比。
この地・この世で体験すること・できることは、写真表現の世界そのままだったこと。
望ましい対比を堪能するために、望む階調へと整え、視覚的記憶色に近づけるために色彩感を戻してゆきます。
それはよくない行為だ。と叫んだ過去もありました。
そういった「制限」や「規制」をわざとかけて、その枠組みの中で楽しむ。
それも一つの体験でした。
そこにある様々な「対比」に感覚を合わせる。
そこにある無限ともいえる「対比」を味わい尽くす。
そこにあるさまざまな対比。
画面に向かって画像処理を行う。
ここに、具現化の世と同じフラクタル構造が存在していました。
はい、
この先に対比を無くすのではありません。間違いのありませんよう。
対比を「自分の心」で「自分の感じるままに」その手綱を握っておくこと。
その結果、
生み出された波動が「望むままに」顕現化すること。
土用の入りを控え、
ここまで進化・成長できたことを喜ぶ日を迎えました。
2025/10/19(Sun) 11:09:14 | photo blog



