騙されて然るべき魂

学びとは、
体験することでしか得られないのでしょう。
この大原則そのものを学ぶために、この地・この世に存在しているのだと。
騙される人は、自ら魂レベルでの成長を望まない限り永遠に騙され続けます。
それを味わうために生きています。
それを望んでここに生きています。
他人は、その「学びと成長のプロセス」を邪魔してはならないことを「他人として学び」ました。
貴重な借り物の物理実体(=体)を失ってさえ、それも当人の学びであると。
そして、
物理実体を失うことですべてが終了するのではなく、それを区切りとして更なる成長を果たす必要があることまでも。
今生・今世で何もかもが終わる。
体を失うことはすべての終わりである。
それは苦しく恐ろしいことである。
と、恐怖のエネルギーを抱くように仕組んだのは、一度しかない人生だ、と、馬車馬のごとく走らせ続け隷属化するためのものでした。
まして、
宗教というツールに紛れ込ませ、言葉巧みに「三罪を永遠に背負い続ける」と深層心理に刻み込むなど、見事な洗脳でありました。
この段階まで覚醒を進めなければ、永遠に負のエネルギーの次元を繰り返すだけです。
善意を装って近づくなど、真っ黒だと直感が指し示してくれるはず。
成長とは、こうした感覚まで含めて善悪の判断が明確にできること。
騙され続けるのは、騙されるだけのレベルでしかないと自覚をし、更なる魂磨きを続けるのみです。
それはダメなことでも恥ずべきことでもなく、
そのプロセスを通して成長・進化を達成できるという貴重な体験。
この意識がない限りは、永遠に騙されて然るべき魂レベルのままです。
2025/09/19(Fri) 11:16:56 | photo blog



