「奇を衒う」必要のない世へ

「奇を衒う」
わざと普通と違う行動をして、他人の注意を引こうとすること。
こうした奇を衒う行動・行為に対しては、違和感が特に激しくなってきました。
違和感に対する感度が極端に高まった感覚でしょうか。
これまでにも違和感を感じる場面は数多くありました。けれども、その感覚に対する感じ方はあまり激しくなかったように思われます。
これは良いことなのかそうでないのか。
ひとつだけはっきりしているのは、
大きすぎる違和感に接点を持ち続けると、そのエネルギーが巨大化し手に負えなくなること。
自分でなんとかしよう、だとか、それを乗り越えよう。などとやってしまうと泥沼に落ち込んで抜け出せなくなります。
答えは、離れるのみでしょう。
それは、過去の世では敵前逃亡だとか。そういった感覚だったかもしれません。
しかし、
そもそも敵を生み出して戦う必要がなかったこと。
それは、その体験をしたかったからそこに身を置いていただけだったこと。
必要なくなったものから離れます。
「奇を衒う」必要のない世へ。そのままあるがまま。
これが意志表示。
これが選択。
これが顕現化の元の元。
思考は現実化してゆきます。
2025/08/26(Tue) 10:37:37 | photo blog



