こういう時代の訪れを嬉しく感じ

もう騒ぐ人たちは一氣に減少した感覚です。
一部の方々はもう視界から消えてゆきました。
太陽から光が降り注ぎます。
そこにある歴史の語り手、尊厳ある生命存在。
このコラボレーションは、強力かつ鮮烈に。
溢れ出す氣の力が画面に同期してゆきます。
こういったシチュエーションであれば、こうした現象が出ることをよく知った者(=わたし)が撮影をしています。
けれど、
それを意図的に狙わなくても、またその結果を意識していなくても、ここにある氣を受けとろうとすればこそ、その状況が表出します。
○○が写った!などと騒ぐ必要は一切ありません。
ええ、冒頭のように、すでにそのレベルで騒ぐ人たちは消滅しつつあります。
画像に記録されたかどうか。
そこに観点があるのではなく、意識せずともその場の氣に合わせようとすれば顕現化する、その関連性こそが重要なのであって、もはやその精神性を語るフェーズへと入っています。
こういう時代が訪れたことを感じます。
こうした時代に足を踏み入れたことを喜んでいます。
この場は、足元には台座が整えられている場所ですが、足下にある根と土と大地、大いなる仕組みそのものたる神への礼儀を忘れず。
2025/07/19(Sat) 16:28:35 | photo blog



