天地がひっくり返るその本意

幹は完全に別。
しかし、根は土中で共存・共有しているはずです。
常に反対をしてばかりの地球人。
みんなひとつ...だから、みんないっしょだから。
みんなひとつ・みんな一等賞。だからみんな同じ価値観でなければならない。
ですが、幹は・枝は「完全に別」です。
人は、一人ひとりそれぞれの尊厳があり個性があり、別々であること。
みんな一緒ではありません。
他方、「根源」は共存・共有すべきであるところ、
奪い合い・争い、取り込み囲い込みばかりを繰り返し、数をより多く得たものが偉いという価値観しか持たなかった過去。
その昔、成人式という場において祝辞を述べたお偉い方。
人生の成功とは、いかに貨幣資産を築き上げ、いかに社会的地位を高めたかである。
などと語ったこと。
それはそれで、その時代の価値観であったのですから、今となってはもう過去のことはいらないわけです。
この部分、人間の芯の部分にこびりついた強烈な汚れでしょう。
浄化してもしても、いつまでも落ちない汚物。
染みついてもう絶対に落ちないのなら捨てるだけ。
学びとは、そういうことではないでしょうか。
魂の旅は永遠に学びです。それを否定していません。
けれど、小学校を卒業したのならもう小学校の教科書はいりません。
それなのに、
学びは永遠なんだから...、と、毎日毎日、掛け算・九九を暗誦して、あいうえおのひらがなばかりを百字練習帳に書き続ける。
それ、もういりません。
中学校に入ったのなら、中学校の教科書を学ぶのです。
学びは永遠。それは正しい。
けれど、学ぶ教材の「選択」を間違っているのでは?ということです。
ですから、小学校の教科書はもういい。もういらない。
それなのに、
その発想がダメだ、とか、その意識が波動を下げる。だとか。何をしても何を語っても、常に否定から入り、いつまでも欠乏と不足の周波数を生み続ける。
ここ、人間の芯にこびりついた古い価値観、まさに汚物のような「昔の教科書」だと認識ができていない可能性があること。俯瞰できていない可能性があります。
この根幹には、
「わたしは、まだまだ」「いえいえ、わたしにはまだ早い」などといった、一聴すると「たしなみ」や「遠慮」のような周波数を美徳として重んじてきたこの国独特の文化の影響もあるでしょう。
それは間違いではありませんでした。
けれど、ひとつの時代が変わる・動く時。というのは、価値観そのものが大転換するわけです。
成人式の祝辞は、その昔の時代には正しかったでしょう。けれど現在その発言をすれば大炎上するリスクさえ感じます。
大転換時期には、意識の総入れ替えが必須なのだと。
総入れ替えとは、
まさに、天地を入れ替えること。
そして、
いまの潮流・いまの主流である精神性を語る論説さえも、過去の延長線上に展開している限り「正しくない」可能性があることを。
共有すべきは根源の「根」であり、
個々を尊重し分離した認識で尊重すべきは「幹や枝」であること。
この時代は、天地ひっくり返るのです。
先人は、この部分を語っていたことに氣づく必要があります。
2026/02/16(Mon) 17:18:58 | photo blog



