整え・再起動を待つ

OSでもアプリケーションソフトでも、再起動を繰り返しアップデートしてゆきます。
いま、暦は、まさに再起動がかかった状況だと感じます。
画面には何の表示も出ず、本当に進行しているのかどうかさえ不安になる状態でしょう。
でも、そこで焦ってリセットボタンや電源ボタンを押してしまうと、最悪の場合には再起不能の取り返しのつかない結果となるかもしれません。
当然、ソフトウエアの場合は、仮にそうしたリスクが発生してさえも、それを回避するような控えのルートが二重三重に走っているであろうことは予想でき、だからこそ致命的な結果となる事例は僅少・皆無なのだと思われます。
実次元、世の中は「暦」に基づいて動いていること。
それは和暦という狭い範囲の暦ではなく、すべての流れの元・源となる仕組みが稼働するための区切りを示したもの。
幸いなことにこの国の暦では、過去から蓄積された叡智がそこに数多く散りばめられており、それを踏まえて生きてゆくことで、災いから離れ、心身ともに望ましい結果を手に入れることが叶うのだと、肌感覚で感じているはずです。
冬至が示す区切りの意味、冬土用が教える準備と整えの極意。
まさにいま、再起動がかかり、画面には何も表示されていないように見えます。
アップデート最終段階で、何も見えないから...と電源ボタンを長押しするような行動を取る人は限りなく皆無に近いはずです。
同じように、
静かに整え、穏やかに準備を進めている人たちが、この先に芽を出し花開くことになるでしょう。
過去、わたしが病に伏した時期。ものの見事に新年から冬土用にかけてのタイミングだったことがわかります。
一秒を惜しんで走り回る。鳴り止まないケイタイ、読みきれず永遠に新規受信し続ける携帯メール...。
一日のうちに二度も三度もバッテリーが無くなり通信不能になる瞬間が嬉しくも胸が締め付けられる感覚。
ええ、仕方なかった。仕事だからどうにもならなかった。その瞬間には、完全に盲目状態でした。
あれから21年が経ち、ようやくそれを俯瞰し語れるようになりました。
ええ、それは大きな失敗でした。自らそのタイムラインを離脱することができないために強制リセットされたのでした。
でも、
暦とともに生きる意味。準備と整えのための時期の重要性。そういった観点からの理解のために具現化した経験であったこと。
派手さはなくとも。
鮮やかさは見えなくても。
しかし、
穏やかに・静かに。そして途切れることなく。
その波動を維持する時期、その周波数をキープすればこそ、その先には望ましい世を創り出す準備が整います。
再起動を待つ。画面は真っ黒。
慌てず・焦らず。
睦月(むづき)を無事に見送るために整えて待ちます。
それは、何もしていないのではなく。
2026/01/31(Sat) 11:56:42 | photo blog



