ものごとは捉え方でどちらにも転ぶ

目の前にかかった霞のようなもの
心に覆い被さったモヤのようなもの
どれもこれも、邪魔者扱いされてしまうに違いありません。
けれど、
それがフィルターとして大切な目や心を守っているのかもしれません。
どちらの役目を果たしているのか。
それは、直感に訊くことで明確になります。
ええ、明確とはいえ「はっきりと言葉で」返ることはありません。ただ、確かな感覚として感じることはできるでしょう。
こうした感覚を大切にすること。
何でもすべてにおいて物質至上の世で長く生きてきたために、手に触れるモノがあり感触があること。それこそが信頼すべき答えだと思い込んできたのでした。
心の感覚。
それは、
よくない言靈にしてみると「掴みどころがない」感覚でしょうか。
けれど、掴めないから間違いという思考回路・認識プロセスそのものを卒業するタイミングだと理解できます。
舞い散る小雪。
フィルターがあればレンズを直撃しません。
メガネがあれば網膜を直撃されるリスクは減少するでしょう。
このように、捉え方次第でものごとはどちらにも転ぶことを知るタイミングを迎えています。
これが「在り方」の本質。
これこそが「思考が現実を創る」本質だと。
2026/01/29(Thu) 16:09:46 | photo blog



