陽は西に・そして新たな日へ

陽は沈み。
陽はまた昇る。
明けない夜はなく、
明けない闇もなく。
救世主が空の彼方からやってくる。
恒星間彗星と掲げられた物体が福音を運んでくる。
と、浮き足立つことのありませんよう。
それは現実になるかもしれませんし、何も起きないかもしれません。
ただ一つはっきりしていること。
それは、
「そう願えば、そのように現実が創られる。」こと。
「どうせ何も無いに決まってるやろ。」と思えば、そのように現実として顕現化するということ。
同様に、
恵比寿放送が流され世が変わる。わくわくして待ちましょう。
とやっている限りは、
「待ち続ける限り、それが実現しない状態を延々と顕現化し続ける。」ということ。
待つ・待ちつづける・待ち侘びる=具現化・現実化しない。
その現実を「わたしたちの集合意識」が現実として形作ること、どうして判りませんか。
責任重大です。極めて重要・重大なのです。
ここに迎えているこの地の大転換時期を、新時代へと建て替えることができるかどうか。
全宇宙で、こうした超重大局面を「成功させた存在は約4割」といいます。
逆に言えば、約6割は失敗していることになります。
このアルシオーネ銀河では3生命存在がその最終試験の真っ只中と伝えられています。そしてその中でも最も難問課題をやっている地球とそこに生きる生命存在。
この地球でも、過去5回だとか6回の失敗を繰り返し、そのたびに文明は崩壊・大海原に沈み消滅、一から白紙状態からのやり直しをしてきたのです。
それなのに、まだやりますか。まだ判りませんか。
どこまでアタマ悪いねん。いい加減にしとけや!!ということです。
(この言靈も低波動そのものであり慎むべき文言でしょう。こういった自虐的かつお笑いネタ的なものこそ、愚民化のひとつとして刷り込まれてきたことがよくわかります。)
然るに、
他者の助けが入る・高次元他星系存在が救ってくれる。
などと待っている限り、それは6度目・7度目の失敗と崩壊を「希望します」と意志表示するに等しいわけです。
webの情報という名のノイズを追っていても、どこにも成長できる要素はありません。どこにも望ましい近未来を創り出す波動はありません。
いま行うこと。いま望ましい行動とは。
それは、
わんちゃんやニャンちゃんと一緒に心地よく過ごすことかもしれません。
あるいは、数百年を超える命を紡いできた、この国では当たり前のように身近にある御神木に礼を奉り語ることかもしれません。
誰も見向きもしない、道端の草花に意識を合わせてみることかもしれません。
どれも難しいのなら、
静かに、穏やかに、騒音から離れてみることならできますか?
ひとりで静かに時間を過ごすことならできますか?
できないのは、やろうとしないからでしょう。
忙しすぎてダメ...だとかSNSに投稿して悦に入るからでしょう。
よい子ちゃんで居ようとし、自己顕示欲や自己顕示欲を脱ぎ捨てないからでしょう。
低波動へ堕落させる仕組みであるwebの落とし穴に自分から落ちて喜んでいるからでしょう。
できないならば、自分は新しい世を創造するメンバーから外してくださいと意志表示し、崩壊する旧いレイヤーに居残りする選択を行ったということ。
静かに過ごす。とは、
この地球を新たな世に導くための地球人82億人のひとりとして、責任を果たすためです。
1億2,300万人のひとりとして、この国で今を生きる人にしかできない「和する心」によって望ましい現実を創り出すためです。
心の波動によって次の世を創り出す重要ミッションを担うのは、わたしたち一人ひとりの役目です。
しかも自ら手を挙げてここにやってきている限りは、約束を果たせるよう行動するのが筋でしょう。
いま、ここにあるがままに生きる。
いま。ここで静かに穏やかに過ごす。
陽は巡り。
日は巡る。
どのような日を生み出すかは、一人ひとりの心にかかっています。
2025/11/19(Wed) 12:03:15 | photo blog



