昔の夕焼けが戻ってきました

子供の頃、毎日のようにこうした風景を眺めていたことを思い出します。
美しい、なだらかな色のカーテンを。
いつの頃からか、受験のための学習塾へ通うようになり、夕焼け空を見る時間も惜しむようになりました。
そして数十年後、寝食を惜しみ激しく走り続ける年代にあっては、完全にそういった感覚を失ってしまったのでした。
このような色合いに包まれる時間まで、日々自宅のすぐ裏手にあった公園で遊び、母親が食事の時間を告げる呼び声で帰宅した幼稚園児から小学校低学年時代。
美しいという言葉さえも満足に理解できていなかった頃。
でも、その壮大で芸術的でさえある大空の時間の変化に、言葉にならない感動を感じたものです。
3I/ATLASが彗星なのか他星系生命の移動体なのか。
論議そのものが不毛である時期を迎えたように感じます。
そう思えばこそ、そのようにあなたの現実をあなた自身が創り上げるのです。
100人が100人ともに総評論家。
科学的検証も、世界中の学者の論説も、専門家の判断ももう必要ありません。
情報という名の「ノイズ」を追いかける姿。
また同じことを繰り返しますか。
いつまでも同じことを続けるばかり。
いつになれば学習できるのでしょうか。
自分で自分の現実を創り上げる。
現実というVRゴーグルのエンタメを楽しむのは自由には違いありません。でも、低い周波数の波動を放ち続ける限り、この地・この地球の波動を、一向に精神的向上を果たせないレベルにとどめてしまっているのかもしれません。
わたしたちは、自分だけではなく、この地球全体の周波数調整の役目を担っていることに、一人ひとりが氣づき役目を果たす時間を迎えています。
心に描くモノ・コトに最大限の注意を払い責任を持つことに。
きっと、彼らは「そうやって一喜一憂する地球人」の精神性の成熟度合いを観察しているに違いありません。
夕焼けを眺める時間、少々肌寒い夕空と幼少期の思い出と。
そして、まだ完全に「思い出せていない」遠い星の起源の記憶とともに。
2025/10/28(Tue) 21:38:30 | photo blog



