眺めているだけでいい

足速に通り過ぎる人たち。
何か珍しいものでもあるのか?
不思議そうに眺めて通り過ぎます。
わたしがここで動かずに佇んでいるからそのように思われるのでしょう。
珍しいから見るのではなくて。
珍しいかどうかは何ら関係なくて。
そこに美しい響きがあるから聴き入るのです。
そこに心地よい波動があるから感じているのです。
眺めているだけでいい。
その感覚・その感触こそ、いまここで生きるという意味だと。
ようやく理解できるようになりました。
やっとここまで辿り着きました。
「数を追い数を誇り・力でねじ伏せる」時代は終わりました。
どれだけ短時間で走破するか。
どれだけ多くのルートをアーカイブできたか。
それを突き詰める人たちと出会うことも多いように感じますが、それは彼らの選択と意志表示なので、わたしとはまったく関係がありません。
ここで接点を作ることで「この空間」を破らないでほしい。
同じです。
自己顕示欲と自己承認欲求のまま、いつまでも喧しい声でアピールするのはもういい。煩いだけ。
ひたすら眺めているだけでいい。
この感覚。大切にしたいと思っています。
そして、
その感覚が、自分の現実として時差をもって顕現化してゆく様子をさらに感じています。
2025/09/12(Fri) 11:16:09 | photo blog



