どうしてこんな目に遭うんだ?

どうしてこんな目に遭うんだ?
それは「自分」が原因を生み出したからです。
今世・今生で成長を望まず負のエネルギーをいつまでもいつまでも焚き続ける。
成長を拒み、眠り続ける。
その選択を、自らの判断により選んだ人たちは、最悪の場合石ころからやり直し。と伝えられています。
お借りした大切な体をお返しした瞬間に。
寒い日も暑い日も。
1年が流れて行きました。2年、3年、10年と。
来る日も来る日も、雨の日もカンカン照りの日も。
どうしてここに居るのか。なぜここに落ちているのか。
50年、100年と、同じことを繰り返します。
この石ころは、なぜここに存在しているのか。
200年、500年、1,000年を超えると周囲の風景が様変わりしました。
文明という名の人間の世界も大きく変化があるらしい。
2,000年、3,000年、5,000年。
なぜここに石が落ちているのか。
天変地異を繰り返し、氣がつけば海の底に転がっている石ころ。
なぜここに存在しているのか。いつまでも判りません。
1万年、2万年、この惑星のサイクルが一巡りしたようです。
喜びのエネルギーに満ちていた物理次元は、知らぬ間に争いと恐怖の波動で溢れかえります。
破壊と破滅の道。
いつか来た道。
それでも、またなぜここに存在しているのか。その石ころ。
10万年、50万年、他星系からこの地を征服しようとする存在が入り込みます。
ネイティブの人間は奴隷として使われる道を選択したようです。
でも、なぜここに石ころは落ちているのか。
100万年、500万年、繰り返すポールシフト、海の底も火山の麓も、もう見飽きた風景。
でも、どうしてここに居るのか。ここに転がる石ころ。
1,000万年、2,000万年、繰り返し訪れる他星系生命存在。
隷属化の世は、常に破壊と争いによって滅亡に至ります。その都度同じことが繰り返され...。
まだ海の底で転がり続ける石ころ。
なぜこんな目に遭うのか。
1億年、2億年。転がり続ける石は随分と角が取れて丸くなったようです。
今度は山の中腹に落ちている石ころ。
10億年が流れ20億年が過ぎ去り、30億年40億年と。
49億9,999万9,999年目。
とある山で転がる石ころ。
この地で生きる野生動物の吠える声が聞こえたような氣がします。石ころはその動物に踏まれたのです。
そして目が覚めました。
あぁ、自分は石ころだったんだ。猪さん踏んでくれてありがとう、と氣がつきます。
自分も美しい植物や動物・昆虫のように動ける存在としてこの地を「美しく彩ってみたい」。
多くの共に生きる生命に役に立つことで成長してゆきたい。
そう感じるところまで一氣に成長した様子が伺えます。
まずは微生物から経験しなさい。
そして魚として海で生きなさい。海藻も価値がありますから。
植物として空氣の構成要素を満たす役目も極めて重要です。と、次々と「お役に立てる」ことを喜びとして知り成長してゆきます。
再び数万年が流れました。
人間としてこの地で役目を果たす意志はありますか?と、天からの声が聞こえました。
さまざまな地域、さまざまな時代で、色々な経験を人間として生き積みあげてゆきます。
数百回、数千回と、人間としての生き方を経験してゆきます。
100万人に一人しか合格しない狭き門ですが、「宇宙レベルの大変貴重な区切りの時期」に「日本人として生きてみる」意志はありますか?
との導きに、強く決意を固め転生した「一人の日本人」として、今、生きています。
「如何に時間を短かく、如何に利益を上げるか!それが課題なんだよ。」
「どれだけ貨幣資産を築き上げどれだけステイタスを高めたか、それが成功者の証なんだよ。」
「時間がないんだよ。ジャンクフードを喰って何が悪いんだ?」
「心だ?精神世界だ?アタマ狂ってんじゃねえの?」
ある一人の日本人。
自分の意識が自分の目の前の世を作り出していることを「知ろうとせず」お借りした体をとことん痛め付けます。
「体なんてどこか壊れてこそ勲章や!」
「鉄の胃袋と鋼の大腸こそ成功者たる資質やろ!」
超貴重な宇宙の区切りであるこの時期。
いくらでも、何度でもやり直し考え直す機会があったにも関わらず、心を蔑ろにし体を痛め付け、それをカネのためには仕方ない、と言い訳して。
どうしてこんな目に遭うんだ!どうして苦しまなければならないんだ!とその人生を終えたのです。
そしてお借りした体をお返しした瞬間。
寒い日も暑い日も。
1年が流れて行きました。2年、3年、10年と。
来る日も来る日も、雨の日もカンカン照りの日も。
どうしてここに居るのか。なぜここに落ちているのか。
50年、100年と、同じことを繰り返します。
なぜここに存在しているのか。
彼は再び「石ころ」として50億年間のサイクルをやり直す意志表示をしたようです。
どうしてこんな目に遭うんだ?
聞いてなかった...のではなく、聞こうとしなかったのは自分自身。
知らなかった...のではなく、知ろうとしなかったのも自分自身。
それは自分がその道を選択したから。
それは自分がその選択をし意志表示したから。
2025/08/04(Mon) 12:17:35 | photo blog



