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宮本章光/宮本陽の視点「開闢」And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

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自分で創りあげる・究極の理解

珊瑚樹の実がなる photo 宮本章光

自分で創り上げる。
言葉面は綺麗です。もちろん間違いなどどこにもありません。


---行動せよ。
もう終わりました。体を酷使することにしか意識が拡大できていない証です。

望むモノ・コトへフォーカスすれば「自動的に行動できる」ものです。
周波数が大きく異なっているもの・ことへ、無理矢理に望みもしないことをやる。
それが行動だと間違って思い込んでいる姿。大変滑稽です。

---意識せよ。
これも終わりました。心から生み出すところまでを「知り得た」のは立派です。それ以前の状態も数多いゆえ。
でも「本質を理解」していない可能性が高いように見えます。こちらは痛々しく且つ同じく滑稽でもあります。


自分で創り上げる。
それは、望み願う目的地点への道を作ることだと解釈していますが、それさえ必要なかったことを知ります。

わくわくして過ごしましょう。とのその本質はここが伝えられています。
無理矢理に、楽しくもない目の前の現実から「目を逸らして」現実逃避するために、エセわくわくすることがいかに恥ずかしいことでしょうか。
本心から望むものに周波数が合致している限りは、自動的に顕現化「してしまう」ものです。
まさに、無理して道を築き上げるプロセスさえ超越してゆきます。


わたし自身も、道をコツコツと創り上げて行かなければならない、と思っています。
物理次元に物理実体をお借りしている以上は。
でも、
そのプロセスが苦にならない感覚として維持できれば、その時間は楽しめる行程になるはずです。
これを「苦行を積んで」目的地へやっと辿り着く、という感覚が「なくなる」と同意だと解釈しています。
実際、楽しくて楽しくて、と感じる取り組みをしている時には、時間の感覚も希薄ですし、何よりも苦痛とは無縁である経験を振り返っても容易に理解できます。


苦しんで辛い修行を積み重ねる。
それがこの地では必要なプロセスだったことを否定しませんが、中学校を卒業し高校へ進学しようか...という段階に至ったのなら、苦行を楽しみに変えてしまう中級編の「心の使いこなし」を体得してくださいよ。ということではないでしょうか。

いつもいつも間違って勘違いするのは、
学びや修行の工程が「要らなくなる」んだよ、高次元に行けば。わくわくして待ちましょう...。それまではもっともっと苦しむこと・学ぶことを否定してはダメなんですよ。今の段階では。
などと、やってしまうのです。その界隈のビジネス然り。
学びは永遠です。無くなりません。
けれど、その学び方や教材が、成長度合いによって大きく変わりますよ。と、ここを理解せねばなりません。


自分のキープする周波数が上がれば、その瞬間に目の前の風景は一変するはずです。
周波数はデジタル的に変移するからです。
ピアノの鍵盤A音をA#に変えるのは瞬間です。一瞬で音は変わります。
では、弦楽器でポルタメント・グリッサンドのようにグィ〜ンと徐々に変化させるのはどう説明しましょうか。

これもミクロ的に見れば、微小な段階を跳躍して上がり・下がりしています。
演奏者・鑑賞者の「定規」が仮にミクロな尺度に置き換わったのなら、これとて一瞬に音が変移・移動している様子が観察できます。
間は無いのだと。


量子重ね合わせ状態で「すべての選択肢が同時に存在している」ことを知ったのなら、
結局のところ究極の解釈は、「どれを選ぶのか」それだけだったのだと氣がつきます。
意識を合わせ(観測)選択をした瞬間に、その周波数に合致するものが顕現化します。誰も否定できない大いなる仕組みです。

生きているネコと死んでいるネコと。どちらも同時に重ね合わせで存在しているとされます。
その間となるまだ息を引き取っていない状態もあるかもしれません。
しかしそれは、中間地点があるのではなく、中間地点という状態も一つの選択肢として存在していること。
それにフォーカスした瞬間に「自分がその現実を創り上げる」とされます。まさに大いなる仕組み。


自分で創り上げる。とは、
苦行を重ねることではなく、どの周波数を選択するかによって一瞬で望むものが具現化することを。
これに加え、物質化・結晶化のための「時差がアキレス腱」として存在していることにも理解が至ります。
周波数は一瞬で変化します。でも結晶化には時差があります。
しかしそれとて、「時差があるという選択」を自ら行なった結果であると理解できます。
そして万人がすべて一人残らず、そのように解釈しているために、この世では顕現化には時差がある、という現実が顕現化します。


自分で創り上げる。とは、
究極の理解は、選択であったことを知り得ます。
だから、
この先に必要ない情報という名のノイズから離れます。
断捨離するのは、単にモノを捨てるだけではなく、心に染み付いた「思考のクセ」を一切合切捨て去ることが伝えられていたことを知ります。
そうしなければ、思考が現実になるからです。
そうでなければ、自分自身の思考が自分自身の現実を創り上げるからです。




2025/07/25(Fri) 11:08:33 | photo blog

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