「信じる」と量子論のパラドックス

そういうクセがついてしまっているのでしょう。
「信じる」
その言葉を聞くと、途端に宗教だとか怪しい霊感商法に違いない、だとか思うように思考回路が固着していませんか。
けれども、このように発想すること自体が「誤った洗脳」「間違った刷り込み」だったと氣づき態度を改める人たちが激しく増えています。
目に見えないもの、という括りでも同じでしょう。
信じる。
その言葉に、言靈が持つ力とは「異なった・かけ離れた」明らかに正反対となる力を与えてしまうのです。
信じるとは、単純に「信頼し受け入れる」ことだと正しく認識できる感覚こそ、この先に必要だと思われます。
甚大な災害は、もうこの国では起きません。と何度も綴り続けてきました。
この国に上陸し大きな災禍をもたらす台風も何年もお目にかかっていません。海外の様子はどうですか。それと比してこの国は大変恵まれています。
それは、
この国の人々、この国の一人ひとりが「心から生み出す力」が、これまでは負の方向の巨大な集合体になり、結果として自分たちがその現実を作り上げていたことを知るに及んだからでしょう。
天気・天候さえ故意に負のエネルギーを生み出し、負の結果を導くように操作されていたことを。
知ったからには、もう「その手」には乗らない。あるいは、そんなことは眼中にないポヨン感覚の人たち(これはこれで問題ですが)が膨大に存在するから具現化しなくなったのだと。
何度も繰り返し記してきました。
ガスコンロに火花を飛ばす。それが支配者層が仕組む「きっかけ」。
でも、そこに膨大な量のガスを注ぎ込み激しく燃やすのは「わたしたち一般人の恐怖による心の集合体」エネルギー。
その負の巨大な力がなければ、何度火花を飛ばしてみても、いつまでも火がつかないライターのように...。
その恐怖心を必要以上に煽るオールドメディア。そしてオールドインフルエンサーさえ、カネに魅入られ魂を売り飛ばした、仕組まれたひとたちでした。
次に注目したいワードは間違いなく「信じる」だと思っています。
最初に文字に落とし込みましたように、これまでは真逆に刷り込まれていたのですから、それをストレートに言靈のとおりに受け止めてみます。
必ず思うように顕現化する。
間違いなく意識した通りに現実となる。
そう信じます。心底から。何の疑いもなく。
ここで宗教だとか怪しい商売だとか、微塵にも思わないことです。
それは誤った隷属化の仕組まれた過ちだったのですから。
そう思う瞬間にその方向のエネルギーを自分で生み出すのですから、結果は絶対に現実化しません。
巧妙な仕組みでした。
ここに最先端の量子力学が力強くバックアップしてきます。
量子もつれ、や、重ね合わせ。など、その深遠な構造の触りだけしか知識がない者にとってみても、容易に肌感覚として納得できるはずです。
ひとことで頷きます。激しく納得します。
「信じる」その信頼し受け止め受け入れる感覚なくして顕現化しないことを。
それが自分の選択であることを。
それこそが、観測者たる自分自身の立ち位置であることを。
本当に支配者層は巧妙に仕組んできていたことがわかります。
「信じる」その「タネ/seed」そのものが無きモノとされている以上、決してこの世には具現化しない仕組み。
信じる、そのワードそのものを「信じていない」のですから、絶対に現実化しません。
量子の世界で重ね合わせ、同時にすべての選択肢が存在しているにもかかわらず、
「信じない」を選択し続ける限り、絶対に具現化しない。見事に法則に則った具現化「しない」実験をさせられていたのです。
信じる。
そのワードに、奇妙な旧い洗脳を被せることなく、ストレートに受け止め受け入れ信用・信頼すること。
この先に求められる姿勢かと思われます。
その瞬間に、観測者たる自分自身が、この世に顕現化させてゆきます。
ここにパラドックスは生み出されません。
信じる。
宗教でも何でもなく、そのように誤って刷り込まれ間違って理解してしまった洗脳から心を解き放ちます。
その瞬間に、観測者たる自分自身が、この地に望ましい現実を顕現化させてゆきます。
2025/07/24(Thu) 10:24:16 | photo blog



