進化と成長は一方通行

成長は常に一方向。
仮に、開いた花が萎んで茎や枝が縮小、種に戻ってしまうのならば、それは成長とは言わないでしょう。
少なくともこの地この世では、時間は一方向にしか流れないと設定されており、その刹那の体験をするための場所として経験を積みます。
よって、拡大成長することにのみ意識を集中すればよいはずです。
webの情報を集めて自分の言葉として発信する人たち。
そろそろ店じまいの時期を迎えたように見えます。すでにこの地を去った方々もあるようで。
検索のスキルが高い人だったのは確かでしょうし、また文章力や論説、トークの能力も秀でたものをお持ちだったでしょう。
しかしこの地の精神性が高まるにつれ、もうお役目は終わったことを悟られたのかもしれません。
彼らは、幽界での新たな任務(幽霊を靈界へと導く)に就いたのでは?と勝手に思っています。
現界で「頑なに宗教から脱せずのまま」に体をお返しした人たちは、その洗脳から解けないまま肉体を失いエネルギー体として彷徨い続けるとされます。
通常は、現界から幽界を経て靈界へと昇華するのが正しい道と語られていますが、精神性・靈性が極めて低いまま幽界から上がれずに、自分は正しい・間違いない...と固着した洗脳によって、幽界で迷宮入りしてしまう魂となるようです。
幽界で彷徨うから幽霊だ、と呼ばれるのでしょう。
3.11の直後、タクシーに乗車した乗客が目的地に到着した途端に消滅していた。などという都市伝説的な話題もwebで見つけることができます。
漁師さんだったのでしょうか。瞬時に命を落としてしまい自分が亡くなったことを認識していない魂なのだろうと想像できます。
当時、そんな馬鹿な。ボケてたんだろ。そんなこと信じる君の頭が狂ってる。だとか否定100パーセントの人ばかりでした。
けれどいま2025年7月、あながちあり得ない話でもないだろう、と感じる人が相当数になっているはずです。
それは、精神性・靈性が高まり続けることによって、それら目に見えない世界を「なんとなく認識できる」人たちが増えたからでしょう。
もうこれは、
信じるとか信じないとかのレベルを超越して、「感じる」という世界になっています。
わたし自身、2002年か2003年頃、バス(田舎の路線バス)で自分を含め乗客二人の状況で、ある瞬間に自分一人だけになった体験をしています。後ろに居た乗客は消滅。
それまで見えていたことのほうが幻だったのだろうと思われます。
当時、家族でさえまともに話を聞いてくれる状況にはありませんでした。
いまこの地で進行している精神性の拡大成長を止めることなく、このまま一氣に大きく周波数を高めたいと思うのです。
そのためには、
ノイズとして故意に撒き散らされる「情報」という名の負のエネルギーに触れず、きっぱりと離れることが必須だと感じます。
人間はいつも自分を正当化するために「免罪符」を握りしめて否定から入ります。
選挙に行かねば世の中よくならない。などと語ります。
そんなもの不正の塊で、行こうが行こうまいが世の中変わらんよ。と頭ではわかっていても。
ここで、その免罪符が差し出されます。水戸黄門の印籠のように。
だって、まだこの世で生きてんでしょ。この先もこの生活をする以上は、ここにある仕組みに従わないと...と。
こうして自分に言い聞かせ、他人さえも説得し自分を正当化します。
もういいでしょう。
これをやっている限り、その世界線から脱することは絶対にできません。その理由はもう記す必要さえありません。
過去からこの場でお付き合いいただいている方々には釈迦に説法かと。
この先も生活してゆく以上は...という免罪符を捨てるしかないわけでして。
そもそもその周波数に合致している段階で、同じレベルで幽界を彷徨う幽霊と同類です。体があるか無いかだけの違い。
思考は現実となる。
ナポレオンヒルの宣伝ではありません。これは不変の法則だったことが証明されていますでしょう。
量子力学の世界でも、すでに何十年も前から論議され数々の証明がなされてきました。
直近では、思考とはエネルギー波動そのものであり、その波動が現界に顕現化する仕組みが隠し通されてきたことが明るみに出ています。
崩壊する世界線のレイヤー上で、免罪符を片手に旧いエネルギーにシンクロしている限り、その人の魂レベルはそこから上がることができません。
体をお返ししたあとに幽霊にならないよう願うばかりです。
同じく、清き一票・自分の意思表示だ。などとやっているのも「同じ周波数」に自分から合わせに行っている以上、その周波数以上に上がることはできません。
宗教か選挙か。対象が異なっているだけで本質は同レベルの精神性と。
Aの音にシンクロしているのに、BやCの音には絶対になりません。当たり前かと。
ノイズから離れる。
その意味。いつもいつも書き記していますが、本質的な部分でまったく理解できていないことが露呈してしまいます。
まさにこの5年であからさまになったように、それはリトマス試験紙であり踏み絵だとわかります。
成長とはこの地においては常に「一歩通行」。
拡大し上昇し続けるには、くだらない免罪符をいつまでも握りしめないことではないかと感じます。
2025/07/13(Sun) 11:51:05 | photo blog



