もっともっと感覚的に

本日二投稿目となります。
急激に流れ込み、溢れ出すためここに記し残します。
これまでの世では、感覚的なものは否定されることが多かったように思います。
感覚よりも技術。
感覚よりも理論。
感覚よりも体現・実践。と。
如何に、物理実体を使い動かすか、と片側に偏っていたかが判ります。
そうした時代に染まりきっていたのですから無理もありません。
エビはあるんか!ソースはどこや!、と否定する人はようやく減少したように見えますが、まだまだ心底では唯物主義的な感覚から脱しきれません。
わたし自身が講師としてご縁をいただいていましたカルチャーの各クラスでも、相当偏った技法的なお話しをお伝えしていたことを思い出します。
ですが、
これからの世は、感覚的なウエイトを大きくそして急速に高めてゆく必要ががあります。
片側に偏りすぎたエネルギーは、揺り戻してバランスを取ろうとするからです。
そしてここが最重要ポイントかと感じる部分です。
感覚的なもの、直感に響く感触が、この先の世を牽引してゆくこと。
これまでのごちゃ混ぜの世では実現しなかった「エネルギーのシンクロ」が起きやすくなること。
もっともっと感覚的に振って行けば大きな変化が起き、より望ましい結果が導かれること。
すでに多くの場面で体感しているはずです。
御神木に頭(こうべ)を垂れ感謝を奉る。
すると意識せず(現地ではまったく見えていなかった)とも美しい光が記録されてゆきます。
単に目が悪いため見えていなかったとも言えます。それが事実でしょう。
太陽の向きとレンズの位置関係で発生する事象であることは、自分自身が一番よく理解しています。それにこの結果をもって騒ぎ立てる意図も皆無です。
ただ、この瞬間の心に合致した周波数が、この結果を生み出すという視点も大切にしたいと感じるわけです。
もっともっと感覚的に振ってゆく。
この先の世の歩き方として大切な観点ではないかと思われます。
2025/07/09(Wed) 16:42:55 | photo blog



