雨降りもまたゆかしい

傘をクルクルと回転させながら、水たまりを「わざと選んで」歩く。
小学校低学年時代の姿を、ふと思い出しています。
令和の現代ならば、
傘を回転させるな!水たまりに入るな!
と、指導され、叱られるばかりでしょう。
そして、それに従順に従うだけのよい子ちゃん。
そもそも道路が全面アスファルトになり、僅かな窪みにしか水が溜まりません。
未舗装道路の土の窪みなど、どれだけ探してみても都会で見かけることは皆無になりました。
土の匂いも消え去りました。
ええ、よい子ちゃんで正しいと思います。
はい、よい子ちゃんとして生きる道で正しいと思います。
単に昔を懐かしむだけの記事があっても構わないかなと。
ただ、よい子ちゃんではない体験をしてみることで、そこにしかない匂いや感触を得られるのは事実でしょう。
この部分が語り伝えられていることを理解したいのです。
「よくないこと」をしなさい。わざとワルをしなさい。ではなく、従順に歩む「以外」の「味」は、自分で体験しないことには絶対にわかりません。
だから体まで失うレベルの体験を積む人さえも出てきます。
自分で体験しないことには学べないから。
雨降りもまたゆかしく。
思い描くもの・抱く周波数に同期したエネルギーが生み出されてゆきます。
2025/06/23(Mon) 15:17:47 | photo blog



