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宮本章光/宮本陽の視点「開闢」And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

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行動で示せ!

秋の訪れ photo 宮本章光

霜月半ばを迎え季節の深まりを感じます。

混乱を目にすれば、さらなる混乱を「自分が」生み出します。
平穏を心がければ、その通りの平穏な現実が自分の前に顕現化します。


心で想う?
何ができる?
そんな疑問さえも不要の境地に到達したと感じているでしょう。
多くの人たちが、疑いなくその一つひとつのエレメントとして。

行動せよ。と叫ぶ人が減少傾向にあることが肌で感じられるようになっています。
行動する、とは、デモに参加し狂った世をおかしいやろ!目を覚ませよ!悪を許すな!
と、負の波動を焚き続けることだと、大きな誤りをしている状態。
過去に行われた、もうすでに終わった世の裏側の悪事をいつまでも、どやどやこんなに狂っていたんだぞ。とwebに綴り続ける。大いなる勘違い、そして誤り。

それをやっている限り、その周波数を自分が強固に具現化させているだけ。
もう減りつつあるように感じるのは、大変よろこばしいことに違いありません。間違いありません。
でも、
代わって「待ち続ける」人たちが一向に減りません。

待ち続ける。
それは、救世主がやってくる。恵比寿放送が世の中を変えてくれる。と。


ええ、地球全人類がそのように待ち続けると、いずれはその集合意識が顕現化させるでしょう。
けれどもそれは、あまりにも遠い未来になってしまうかもしれません。
それに、そこまで持ち堪えるのが無理な人たちも指数関数的に急増することを忘れていませんか。
お借りしている肉体には、この世この地においては「期限」があるのです。

この国の極めて貴重な精神と言靈を知り、それを媒体として使いこなせる世代・伝えることができる世代。
それは、わたし自身も烏滸がましいながらその世代かと思われます。
そうした世代の人間は、もうこれまでの尺度では、残りはカウントダウン状態になっていることを理解してください。
これらの層がこの地を去る速度が、待ち続ける顕現化のエネルギーを上回った時点で、このタイムラインは崩壊・滅亡することを忘れないでください。

待つのではありません。
自分が望むエネルギーを、自分自身で描くのです。
行動する、とはそういうことではないのでしょうか。


もういいでしょう。
ここに在る。いまを生きる。
その本質は、
望む周波数を維持すること。望む波動を体現すること。
これが、光で在ること、光を維持すること。光の道を歩むと宣言することではないのですか。

負の感情を抱くな!ということではありません。
そう感じることも数多く繰り返し目の前に出現してきます。
でも、
それに蓋をして見ないふりすることではないのです。

まだやっていますか。わくわくして。
その波動そのものは間違っていません。でも、受け止め・受け入れ、そのあとにもうこれからは必要ありません。ありがとう。
と、変換して巡らせることなのです。


勘違いと誤りの連続です。わたし自身がその見本でもあります。この場のアーカイブ恥ずかしくもすべてが勘違いと試行錯誤の蓄積そのものです。
でも、
それを知ったら軌道修正し、望む道とゴールをナビに設定し直す。この作業の連続なのです。

目的地は、自分が望む穏やかで心地よく、ともに協力し合ってともに成長する世界です。
その周波数を抱くこと描くこと維持すること。
これ一択です。


"行動で示せ”
とは、こういうことだと理解したのなら、実践あるのみです。
「心を使った行動」で示してください。期限切れで消滅する前に。
この国の人にしかその役目は果たせません。




「学ぶ」から「手放す」へ

鉄橋下から臨む photo 宮本章光

わたし自身がこの道を突き進んでいました。
学び・成長を目指して。
それが魂の道・精神性拡大の道だと。


ここにある目に見えていなかった落とし穴。

学び続ける、それが永遠の道だ。という視点では間違いはないはずです。
けれども、
学び「得た」ものが多いほど成長を果たせたのだ、といった勘違い。
どれだけ多く学びを得たのか。
どれほど多くの体験をしたのか。
それが成長の証だ、と。

ここには「モノの多さ」「モノの大きさ」という物質的観点が強烈に固着していたことを知り得ます。

学んだのなら、それを蓄えるのではなく、手放し・回してゆくのだと。
よく語られる貨幣資産と同じなのだと。

蓄えるから循環しない。回すから巡ってくる。というあの感覚。

知識は物質次元特有の「思考のクセ」であること。
知識は、得たのならそれを活用し手放し回してゆく。
知識は得るのではなく、体験するという触媒に過ぎなかったことまで。

この感覚、この感触。
朧げながらもなんとなく理解できるところに届いたようです。

そこには「無理」がまったく存在していないことにも氣がつきます。
蓄えない。
貯め込まない。
どれだけ学んだか。どれほど多く知識を得たのか。

そこで語られる「数や量」といった尺度は、何ら意味も価値もなかったこと。
物質次元の思考のクセとは、ここまで強烈にこびりついていたことを知ります。


いまを生きる。
とは、
まさしくこの感覚が伝えられていたことに氣がつきます。



模様の波長が示すコミュニケーション

金木犀の葉脈を観る photo 宮本章光

今年は金木犀がひときわ香るように感じます。

香りを感じるだけでなく、近づいてよく観察してみますと、葉(葉脈)が印象的な模様であることに氣がつきます。
過去、こういった感覚を持ったことは一度もありませんでした。

ゆっくり、穏やかに生きることを心がけるようにしてから、目の前の風景が変化してゆきます。
その通り、そのままの実験が進行しています。


いい香りやね。
いい色やね。
それだけで終わらせることなく。

意識を合わせた「周波数」に合致するものが顕現化してゆきます。
その大法則は、こうした部分にも表出することを感じます。


それは挨拶を蔑ろにする、という意味ではなく。
挨拶なんだから、いい天氣やね・いい香りやね。と言うのが当たり前やろ。昔から決まってるんや!
そいうことではなくて。

言靈の持つエネルギーを「口先だけ発する」「心に響くことさえなく口にする」のではなく、本当に本心から、彼ら金木犀の存在に波長を合わせてみますと、こんな感覚も見えてくるのです。


これまでの世では、いかに形骸化し表面上だけの生き方をしてきたか。
これまでの世では、いかにうわべだけの仮面で偽った生き方をしてきたのか。

ここに氣づくことにより、次の世に必要なエネルギー波動という「感覚・感触」に触れてゆきます。
たかだか、葉の模様ひとつからも、これほどまでに大きな学びを得ることができます。

それもこれも、その周波数に合致すればこそ。
何に合わせるのか。
何を思い描くのか。

時代は激しく変化しています。
新たな道を自ら生み出しそのルートに乗っかってゆくのか、滅亡の泥舟とともに沈みゆくのか。
それが「選択」。
それが「意志表示」。




丸・まる・円・統合する形

柿実る photo 宮本章光

丸いもの。
丸い形。

かわいく優しく見える印象。
果実のみならず葉までも。

その本質は、
すべてを統合し「循環する」形が丸型になったもの、とも語られます。

確かに、
丸という図形を手書きで描いてみても、始点に戻って閉じることは、当たり前の感覚で容易に理解できます。


その昔、
テレビのデザインにおいて、台座(脚の部分)に丸型を採用したモデルは散々な評価を受け、結果としてその後に続くデザインは、脚にはすべて直線基調が採用され続けている様子です。
これは理解できなくもないかな、と感じます。
なるほど、
直角や直線のみで形成されている画面の下部に「丸型」の台座は不釣り合いと感じる人が一定数存在するのはわかります。
すべてを直線基調でまとめ上げるのがデザインだろ。という感覚。確かに。
でも、それもデザインとしての一つの提案ですよね、と理解する許容性が「無かった」時代だったのでしょう。


いま、丸・円という図形は、単にお絵かきレベルの図形ではなく、エネルギーフィールドの観点からも「統合と循環」を司る形であることが伝えられています。

ここ数年、神聖幾何学模様の意味を理解する人たちが増えるに従い、それらをイメージとして描くことでエネルギーレベルでの均衡が実現することは、体感として得られるようになっています。
一方、
そうした感覚や理論そのものを、理解しようとする姿勢そのものが皆無な層もあり、彼らはこの物理次元を味わい足りない・もっともっと苦しみ怒り恐怖の体験を続けたい、との意志表示をしているまでだ。と、こちらも理解が進みました。

なるほど、地球は丸くないぞ平面だ!と叫ぶエネルギーも、テレビの脚は丸など邪道、四角くなくてはならない!
と、頭ごなしに拒否する波動と似ているようにも感じます。(個人的感覚とお断りしておきます)

それは分離・分断ではなく、単に選択の違い。
ここを誤らないようにしたいものです。
悪平等という感覚そのものが隷属化ツールでしたから。


明暗、表裏の両極のエネルギーを統合する。
モノとココロを統合する。
そのために、受け止め受け入れ、そして必要なものだけを選択する。

もう後戻りはできませんし、この選択が自分の近未来を形造ります。
然るに、
何を想い何を選択するのか。

丸・円は、柔らかく優しい印象があるのですから、それを感じそのエネルギーにシンクロしてゆけば、そのままの世が顕現化してゆきます。
それは、狂った精神論ではなく、決して間違いをすることのない物理法則・量子論の世界そのもの。



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