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宮本章光/宮本陽の視点「開闢」And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

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意思を確かめる

2025年夏至 photo 宮本章光

どちらに向いて歩むのか。
どちらの周波数を選ぶのか。

強い意思を確認するように、大きな力が送られてきます。
2025年、夏至。

何度でも確認します。
繰り返し回答します。

この先に必要ない周波数を選ぶことなく、
この先に望む波長を受け入れ。


決意は固まったか

丹生の大楠に詣る photo 宮本章光

これまでの世では、覚悟という言葉によって負の方向に向かうエネルギーに対し心算をする・予め困難に備えるといった意味合いでの必要性が語られてきました。

もちろん、これから先に困難が無い・発生しないとは言えません。この地に生を受け存在している限りは。
しかしながら、
自らの生み出す周波数によって、その困難を変えることができる(できそうだ)と知り得たのが現在地だと思われます。
実際に体感し、現実創造の能力(=使いこなし方法)を取り戻しつつあります。


困難でさえ、自ら生み出していたことを知るならば、もうこの先に生み出さないようにすればよい。のだと。
これこそが、すべて満ち足りている。と伝えられる真実につながってゆきます。
元々が満ち足りてニュートラルなところへ、自分自身で困難を生み出しそれを体験し、乗り越えることによって成長するプロセスを目的としていたためだと伝えられている通りです。

よって、その学びとして決められていた「期間」を終了した時点で、
学習習熟・到達度合いにより、その先の「学校・クラス・レベル」が決定するのは至極当然の理屈でしょう。
すでに決定し、お借りした体をお返しした後に、その地へ向かうとされます。


これらを総括して俯瞰できるところにまで学びを得たのなら、
この先には不足と欠乏や不測の事態・リスクへ備える「覚悟」を決めるのではなく、望ましい波長を心から生み出す「決意」を固める段階へと入ったこと、容易に理解できるはずです。


望ましいエネルギー波動を生み出す。
それが役目。

御神木の大楠は、言葉ではなくなんとなくそのような印象のエネルギーとして、「決意は固まったか」と伝えてきます。
自信を持って、決意は固まりました。ともに歩む決意を持って臨みます。
と返します。




この国と人々に与えられた宝物とは

2025年の青梅 photo 宮本章光

標題負けしないよう...というのがこれまでの枕詞でした。
けれど、すでに標題を上回った記事内容になってきていることを感じます。

この国とこの国の人々に与えられた宝物。
それは、
梅をはじめとする旬の収穫物も、もちろんそうでしょうが、そのような「物質的」観点を遥かに超越しはじめました。


7月の5日や6日が近づくにつれ騒がしい人が増え、それをみてまた踊る人が増える。この負のスパイラル。
わたしもここに記した時点で、そのエネルギー波動に同調して増幅してしまうので、この触りだけで終えたいと思いますが、これが一つの悪しき事例です。

この国とこの国の人々には甚大な負の災いは降りかかりません。
何度も繰り返し綴ってきましたように、この国は安泰だ・そのように思う人が増えたからです。
そう願えばこそ「そのようになる」と、しっかりと学び実践する人が閾値を超えただろうこと思われるからです。
そして、
そもそも、そういった話題が眼中にないポヨンな人たちが大勢存在することで、それらの人々が維持するポヨンな波動で上書きされているからです。
(ポヨンな感覚がよいという意味ではありません。そもそも箸にも棒にもかからないレベルなのでお呼びではないながら、不用意に負の周波数を増大してしまう分子にもなり得ないのです。)


梅雨前線が消滅したらしい。前代未聞、極めてレアケースだと。
当たり前でしょう。
故意に電磁波で気象操作していたことが明るみに出はじめ、意図的に臣民を操作する目的で天気まで操作してたんだ!と氣がつく人たちが増えたからです。
もともと梅雨前線など無かった。創り出していたのは「わたしたち自身の心」だったのだと。

もう数年前から、甚大な被害を及ぼす台風の上陸がありませんよ、と、この場では繰り返し綴ってきました。
そして、それは「この国の人々の意識」によって具現化されているのですよ。と。
地震しかり。台風しかり。

ガスコンロの点火と似たような仕組みだったのでしょう。
臣民支配したい者たちは、火花を飛ばす程度の「きっかけ」を生み出します。けれど、そこにガスが供給されなければ燃えません。
ガスを噴出させ盛大に炎にするために、メディアを使って不安を煽り立て一般臣民の心から恐怖の波動を導き出し、それをガスとして得ていたのだと。

ええ、批判でも否定でも、なんとでも語ればよいです。アタオカでも陰謀論に染まった輩とでも。
もはや、そのように発言して蔑む者のほうが、すでにアウエイだと氣づいていない裸の王様となっている世界線に突入しています。
恥ずかしいのはどちら。です。
科学的・論理的思考の欠如だと見下すのは、科学と言う名の偽りの宗教に染まっただけのイタい人とされる時代になりました。


この国には「言靈」という巨大なエネルギーを備えた存在があります。
それが言葉です。
穏やかに心地よく過ごせるこの国の自然環境に感謝を捧げ、旬の食物を口にできることに礼を奉り、日々生かせていただけることをありがたく感じる心。
これを言葉として使いこなせるこの国の人々は、まさにこの終末期の救世主となるべき存在なのかもしれません。
わたしたち自身が、です。

それなのに、どこかの大統領が大金を開放してくれるだとか、天からナニが降ってくるだとか。話題にすれば起きない都市伝説だとか。
もういい加減に、幼稚な意識と恥ずかしい生き方を続けるのはやめにしたいものだと感じます。
そうやって踊り叫ぶのは、とっとと止めることです。


この国とこの国に生きこの国の言葉を使いこなせる「わたしたち」が果たす役割は、
「言靈」によって、この地この世・終末期の地球そのものを浄化し、新たに望ましく心地よい世を創造すべく、そのエネルギー波動を生み出してゆくことだと確信しています。

そのための感謝の言葉であり、礼であり、頭(こうべ)を下げてそれらの意思を伝える、わたしたちの生きざまがあります。
この国とこの国の人々に与えられた宝物とは、
この「言靈」そのものなのだと、心を新たにする時を迎えています。




人を怖がらせて支配する時代は終わった

きょうちくとうが芽吹く photo 宮本章光

恐れと痛みによって人を支配する時代は終了。
その意味が理解できない人は、「まだまだ味わいたい」との意志表示。

しかし、この先に望ましい世を希望するのであれば、恐怖に対しては蓋をせず感じ取り受け入れればよい。
ただしその「味」を感じ味わったのなら、そのあとは「自分に不要」である以上その波長から離れるのみ。
誰に対しても終始ニコニコしているだけなのは、結局のところ「自分が不在」である証明。
(人に穏やかな対応をするという意味とは異なります・勘違い注意)

ここをしっかりやらないから、臭い物に蓋をしただけでいずれ生ゴミ(恐れのエネルギー)が腐敗し部屋中(自分の心の中)に充満してしまう。
結果として、物理実体・お借りした体さえも失うことに。

さらには、真夏の直射日光を浴びる場所にそのゴミ箱を放置するから手の施しようがない悪臭を放つのだと。
ここをいい加減にするクセを改めないから、結果として負のエネルギーを増大させてしまう。

まさに自分で原因と結果を生み出している状態。因果の法則。因果応報。
単純明快・至ってシンプル。


何ごとも、言葉面(づら)だけ分かった氣になって、現実・物質実体をテキトー(いい加減の意味)にするから、おかしなことになります。
恐怖と苦痛によって支配されてきた歴史は、もう終止符が打たれたのです。
この先は、不要なエネルギーは消滅する仕組み。まさに崩壊と滅亡のタイムライン。


あとは、自分で描き出すだけ。
あとは、自分から生み出すだけ。
でも、人と同じことしかやってこなかった人は、ここで「絵が描けません」。アタマもココロも、その使い方を知らないから。
それは、
同じく、まだまだ「人に描いて欲しい」との意志表示をしているに他ならない。ここにさえ氣がつくことができないのです。

道を自分で築き上げる意志があるのなら、
人と同じことをしない。(やってはならないという意味ではなく=自分の望むものをしっかり描く)人と同じである限り、そこに表現されている周波数は「恐怖と痛みに訴える」波長だからです。
そういった仕様になっているのがこの地だからです。


怖がらせて人を支配してきた時代、それが良いかよくないかではなく、ひとつの舞台が区切りを迎えたのです。
もう幕は降りました。
このステージは終わったのです。




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