道はもうここにある

創り出そうと意識したのなら、
道は、すでにそこにあるでしょう。
生み出そうと描いたのなら、
道は、もうここに見えているでしょう。
あとは歩き進めるのみです。
もう留まり続ける必要はありません。
これまでに創り上げ築き上げた心から生み出した周波数は、立派に道として顕現化し目の前に生まれているはずです。
そして、
もう一人ではないことを強く感じるはずです。
一人ではない、とは、
一人ぼっちではないという意味と、すべてが仲間であるという意識と。
欠乏に苛まれ溜め込む周波数から去ったのなら、
恐怖に怯え未来を生み出せずに居た過去から脱出したのなら、
これからの道は、
巡り・循環させる世へと繋がってゆきます。
自分の道は、自分以外には決して生み出すことができません。
創り出したのは自分自身。
完全オーダーメイドな道を、一歩づつ踏みしめ歩むのみ。
道は、もうここにあります。
創り出したのは自分自身。
ようやく具現化した喜びのフェーズへ突入したことを感じます。
循環・巡り続ける

巡り廻る。
エネルギーは巡ることにより進化を続けます。
エネルギーは循環することで新たな側面を迎え入れます。
受け取ったものを循環させる。
受け取ったものを必要なところへ巡らせる。
それが進化の基本原則。
受け取るには、遠慮や謙遜など無縁です。
感謝とともにすべてを受け取ります。
だからこそ、
そのすべてを、次に必要なところへ巡らせる。
それが法則。
だからこそ、
そのすべての波動を受け取り糧とすることができます。
色づき、落葉し、土に還ります。
巡り、循環し、輪廻を繰り返すことにより、さまざまに進化と成長を促進します。
溜め込まない。
待ち続けない。
静かに、穏やかに、心やすく。
すべては巡り廻り続けます。
調和する世へ

競争がない世、
とは、
競争を「する必要がない」世のこと。
争いが不要な世、
とは、
争いが「発生する原因が存在しない」世であること。
待っていれば誰かがそれを生み出してくれるのでしょうか。
待っていれば救世主がそれを運んできてくれるのでしょうか。
生み出すのは、わたしたち自身の心からです。
生み出すのは、望ましい世を想い描く心からです。
調和するのは、調和して当然の周波数だけを選択するから。
それは、
待っていても「いずれ長大な年月が経過すれば」実現するに違いありません。
けれども、
その遥か先・氣の遠くなる未来までこの体は持ちません。それに、もうこの地球もこの宇宙も「旬」を終えてしまいます。
それは恐らく、最短でも25,800年程度は先になりましょうか。
仮に、ではその機会・その時が、すぐ一週間後だったとして。
準備のできていないエネルギーは合致することなく消滅するのみだ、と理解できているでしょうか。
旧い周波数のまま、言葉づらだけ分かった氣になっていても、頭の中だけで理解している氣になっていても、波長の異なるエネルギーは「決して響き合わない」ので、それを維持しているあなたは「ついてゆくことはできず」消滅します。
わたしたち自身が「その世に相応しい魂レベル」に成長していることが大前提であることを忘れてはなりません。
どれだけ資産を築いたか。
どれだけ有名になったか。
そんなもの、宇宙には関係がありません。
いまだに数を追い、人のエネルギーで消耗し時間を消費している限り、それに相応しい魂レベルではない、ということ。
ものごとにはタイミングがあります。
その言靈が示すように、旬の機会にその流れに乗ることです。
流れに乗る。とは、
webやSNSで話題になっている情報という名のノイズを追いかけることではありません。
この大転換機は、心のレベルが新たな世に相応しいかどうかを見極めるための準備期間として存在しているとも解釈できるはずです。
静かに、穏やかに。
心地よく・争わず。
それを調和と言うのではありませんか。
調和の言靈を失わず。
調和の本質を忘れることなく。
そして、
欠乏に苛まれ溜め込むことなく、エネルギーを巡らせ循環させてゆくことで成長と拡大が実現してゆきます。
それがこの宇宙の大法則だからです。
競争から共創・協奏へと

欠乏と恐怖のエネルギー、もうすぐ終焉を迎えそうです。
多くの人たちが肌感覚で認識しているはず。
最後の足掻きによる負の周波数が伝播するも、その波長に合致し増幅することに合意しなければよい。
今世・今生だけしか認識できないにも関わらず、それでも長過ぎました。
もうすぐです。
世の中を変える大転換のトリガーとなる閾値を超えるまで、あと少し。
そう感じます。60年以上わたしを生かし導き続けていただいた勘・直感が指し示しています。
新しい周波数を。
望む波長を。
その選択が、自らの近未来を創り上げ切り拓きます。
争い、奪い合い、欠乏と恐怖に満ちた波動は、
ともに讃え、ともに成長し、ともに拡大する世へと。
競争から共創・協奏へと。
そのまま、その存在のままで。
2025年秋・初冬。
そのままで美しい。