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宮本章光/宮本陽の視点「開闢」And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

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小さな選択の積み重ね

小さな選択の積み重ね photo 宮本章光

新しいもの・コトを拒否する。
それは、新しいものは恐怖を与えるからでしょう。

新しいもの・コトを受け入れる。
それは、勇気が必要かもしれません。


小さな判断・小さな選択の積み重ね。
それが大きな結果を生み出すこと。物質次元に生きればこそ、その結果を容易に理解できるはず。

ここで、誤解をしてしまいます。
努力しなければ結果は出ない。
結局は努力という積み重ねをするのだからこれまでと同じではないか。と。


もうお氣づきでしょう。
努力なしには「結果が出せない」という、旧来の「欠乏の波動」を生み維持し続けています。
そして、それを乗り越えるために、エセわくわくの道に迷い込んでしまいます。

ポイントは選択。
結果を出す。その言葉・言靈そのものを見誤っているのかもしれません。


数多く語られていますように、すべての選択肢は、すでにいまここにある。という論理。
結果は「もうここにある」と述べられている通りです。
量子力学が証明する、観測した(意識を合わせた)時点でその結果は顕現化する。という核心部分です。

選択とは、
すでにあるもの・望むものを選ぶということ。
それを継続し続ける。
それを「積み重ね」というのだと。

実現していない=結果が出ていないから「努力を積み重ねる」のではないわけです。
実現している=結果が出ている周波数を、選択する。その選択を「ずっと積み重ねる」のです。
但し、
権限化・物質化には時差がありますから、モノは目の前にはありません。
そこで、心の中からの印象化・心から顕現化させる能力を使いこなしましょう、ということかと。


千里の道も一歩から。
この名句は、一歩一歩を積み重ねることでしか目的地には辿り着けない。
と、「欠乏のスタート地点から積み重ねる」方向での教えばかりを強調します。
けれども、
「目的地に到着した喜びという、ゴール地点から逆再生する」方向での周波数を描くわけです。

苦難もあったでしょう。大きな障害もあったのかもしれません。
だから、結果:ゴールに到達することは大きな喜びになるのだと。そのこと自体は正しく間違っていません。

こうした負の波動を味わうためにこの地に降り立ったのですから、それは目的そのもので大正解ではあります。
しかしながら、その負の周波数を選択し続けているから、負の欠乏波動をいつまでも維持したままであるという、エネルギーと周波数の仕組みを「つかいこなす」タイミングを迎えていることを知ることが必要ではないでしょうか。


ゴールに到達し、結果を手に入れた瞬間に生み出される高揚感や達成感が持つ「周波数」を選択する。
それを、スタート地点から維持し続ける。それが「積み重ね」だと。

そろそろ、この地を卒業します。と宣言した限りは、もう次の学校のレベルに手を伸ばしてゆきたいもの。
特に、冬至から暦の切り替わりまでの、この極めて重要な期間、その先に生み出されるべき周波数を確実に意識しておきたく感じています。



準備を整える

輝き photo 宮本章光

偶然はなく、すべてが必然。
この世、あの世、すべてにおいて。


それは、自らが生み出した波長に応じて権限化します。
それが法則だから。

準備を整えれば、その通りに結果を生み出します。
それは、自らが行った行動とともに、心に抱き生み出した波長に応じ具現化します。
それが仕組みだから。

準備とは、
救世主を待つことではなく、自らが望む周波数を生み出し維持し続けること。
負の感情にフタをして見ないふりをすることではなく、俯瞰した視点でそのエネルギーを認識し100パーセント受け入れること。
そして、
辛酸、喜怒哀楽さまざまな感情を体験できたことへの感謝とともに、この先に不要な周波数を手放す。

それが準備をするということ。
それがいまを生きるということにつながってゆきます。



色の波動に触れ共鳴する

鮮烈な色の波動 photo 宮本章光

色そのものが特定周波数。

色の波動に触れ、その振幅を感じ取ります。
その固有のエネルギーを。

柔らかく穏やかに流れる川の水、その響きとともに。



心を合わせる周波数

心をあわせる周波数 photo 宮本章光

負の周波数を見てはならない、という感覚自体が誤りでした。

それは見て見ぬふりをして浄化ができていない証。
こうして溜め込まれたエネルギーは、いつか大爆発を起こします。


どちらのエネルギー、どちらの周波数も等しく認め等しく受け入れます。
そして、どちらを望むのか。
ここに恐怖が残っているのでしょう。

両方ともに等しく認識すれば、その瞬間に「ニュートラル」に落ち着くことが多いはずです。
それなのに、片方だけに蓋をするからシーソーは激しく片側に傾きます。急激に落下し衝撃を受けます。
それが怖いから、無理やりにわくわく、とやってしまう。
これが過ちの元のように見えます。


心を合わせる周波数は、
その瞬間に自分がキープしている音・音階。
それが、古典的な楽典に則っているか、近現代の手法で表現されているのか。
それは関係がないこと。

どちらも生み出されたからには、生み出した自分自身が責任を持ってニュートラルに戻す。
それだけ。


心を合わせる周波数は、
実は、自分が生み出した思考が顕現化する法則、そのものを具現化実験していたに過ぎなかったのだと。

これまでの世とは、完全に逆方向。
意識が顕現化してゆきます。
だから思考に責任を持つ。

次の時代の生き方であり、必要なスキルだと感じます。



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