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宮本章光/宮本陽の視点「開闢」And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

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探し求めるのではなく合わせてゆく

ざくろが実る公園 photo 宮本章光

---探し求める。
探すほどに答えは見つからない。
---探し求める。
探すことなく探しものに心を合わせてゆく。

望むコト・モノは探せば探すほどに見つかりません。
それは「探さなければならない=見つからない状態」を自ら作り続けているから。

よって、見つかった状態をイメージして。
といった手法がいわゆる引き寄せ界隈のやり方。
間違いではないと思います。でも、肝心なところが抜け落ちていませんか。です。

技法・テクニックと、原理原則と。
この部分が「明確に区別されていない」ところに課題があるように見えます。


この地この世の物質次元では、
「状況認識」--「改善方法検討」--「実施・実践」--「結果を得る」
といった展開になることが大半かと思われます。

「探し物が見つからない」--「見つかるように手段を検討」--「実践」--「見つかる」
となるはずだと思いますでしょう?でも...、
「探し物が見つからない」--「見つかったと意識を騙している」--「実践」--「見つからない」
これをやっているのではないでしょうか。
結局は見つからないままで終わります。

正しくは、
「探し物が見つからない」--「見つかった状態の周波数を認識する」--「ターゲット周波数に合致させる」--「見つかる」となるはずです。

どこに違いがあるのか。
まさに、原理と技法の分離が認識できていないところかと。

見つかった状態を意識して。というポイントとなる最重要部分で齟齬が生じています。
見つかった状態を意識するのは大正解だと思います。
でも、見つかっていない波動を心に維持しているまま、いわば「心を騙して」見つかった時の状態を妄想しているだけかもしれません。
もちろん、
その意識がトリガーとなって、周波数に変化が起きる可能性は高いのでこれが間違いだとは言えません。
しかし、
肝腎かなめの、周波数を合致させるところにハードルがあります。
言い換えれば、上記のように「原理原則」を知っても「実践のための技法」が語られていないということでしょうか。


ターゲットに心を合わせ「見つかった状況=結果が得られた状態を意識する」とは、結果を得た時の周波数を認識しましょう、との原理原則が述べられているのであって、
そのために実践するテクニックでは「実現したときの状態を妄想する」という遠回りをせずに、「その周波数に合致させる」のがストレートに結果を得る方法ではないかと思われます。

しかし、その周波数がどのようなものなのかを知らないわけです。さらには、その周波数へ合わせるやり方も全く知りません。
学校で習いませんから無理もありません。

結果として、無理矢理にわくわくして...だとかやってしまう。繰り返しになりますが、それがトリガーとなって波動が変わることも多いので間違いではないでしょう。
でも、
原理と技法を明確に分離しない限り、いつまでも実現しない結果を繰り返します。
その数が増えれば心が疲弊し、何度やってもやっぱり実現しないんだ、とその波長をさらに顕現化し続けます。その泥沼・負のスパイラルから抜け出せません。


目的地に行きたい。
では、すでに到着したところをイメージして...と、やっています。でもこれだけでは目的地には行けません。
どのような手段を用いるのか。
列車なのか航空機なのか、あるいは徒歩なのか。

この列車なのか徒歩なのか。この部分を明確にすることが、すなわち周波数を明確に認識することかと思われます。
すべてが周波数。すべてが固有の振動数を持っているエネルギー存在であるからこそ、その周波数を認識しなければなりません。

可聴帯域にある周波数ならば、音として聞こえます。高い音・低い音、ズレてるな、ハモったな、と。
可視光線帯域にある周波数なら、色として見えます。赤い色だな緑色だな、と。
でも、
聞こえない・見えない周波数はどうやって認識しますか?

ここがこれから学ぶべき学習教材なのです!
心で感じる「感触」の違いとして認識する。これが答えかと思われます。


それはゴール地点を、心を騙して妄想することではありません。
それはいつまでも見つからないんだという波動を心に維持したまま妄想することでもありません。
望む周波数=心が感じる「感触」に完全に合致させることです。

まさに「幸せは探すのではなく、そう感じる心の状態が幸せの本質だ。」と語られている通りです。
そのためには、
そのように感じる心の「感触」を数多く体験し、赤い色や高い音だ、といった「感触の種類」を無限に蓄積してゆくことが求められます。

だからこそ、
くだらない情報という名のノイズなど完全シャットアウトし、崩壊するオールドメディアに触れ続ける愚を重ねず、人と自分を比較して心の波動を落とす仕組みであるSNSと距離を置くのです。
薄っぺらい、暑いね暑いね、だけしか喋らない魂のないAndroidたちの相手をする必要も一切なしです。

そして、
美しいもの、心地よいもの、望む周波数の「感触」をさらに多く多く、もっと多く体験してゆくことです。


結果として、どの周波数がどのような感触であるかを認識できるようになります。
この段階に至って初めて、どの感触に合わせると答えが出るのかが判るようになります。
こうやって、
望む「周波数を知っているから=周波数の色や音を知っているから」、ストレートにその色やその音に合致させれば答えが導かれ、探し物が見つかります。


探すのではなく「合わせてゆく」。
勉強すべき課題はwebには一切存在していません。もちろん教材も、そしてそれを指導してくれる先生も。

答えは、自然と触れ語るときに得られる、自らの「心の感触」のみです。




ここぞ!と決めたからには

抜け殻に想う photo 宮本章光

この爪で土を掘り、
この足で幹を登り、
この腕でしっかりと抱き抱える。

この島から旅立つ、と決めたら決して離さない。
でも、
それは必要以上に力むことではありません。


氣をつけて。
と言い続けるから「氣をつけなければならないリスク」が生まれます。
もちろん、それは安全を願う言葉であることは否定しませんし、その意味においては有用かと感じます。
同じく、暑い暑いと言い続けるから、あなたの現実は永遠に暑いままです。
で、冬になれば寒い寒いと言い続ける。
まさに、定型文プログラムをコピペしただけの思考しかできない姿が如何に薄っぺらいかということです。
あなたは魂そのものが無いAndroidの証。まもなく淘汰されるでしょう。この先に必要とされない存在よさようなら。
不要な周波数にはフォーカスを合わせない。


思考・意識が具現化・現実化する仕組みを知ったのなら、
思考そのものがリスクを生み出すようなエネルギーに同調しないことです。まして自分から生み出す必要は皆無です。
当たり前ではないかと。
量子力学から学び得るのは、この視点でもあるはずです。

ここぞ!と決めたなら、決してブレないその決意を天に委ねます。
それ以上に力を入れて握りしめる必要などどこにもありません。
自動的に決意の通りに顕現化してゆきます。それが仕組みだから。当然タイムラグ:時差も承知の上です。

もちろん、途中で落下してしまう個体もあるでしょう。
でも、それはその個体が選択した結果。因果。
落下する選択をしなければよい。それが法則。

なのに、もし落ちたら?もし掴み続けられなかったら?
と、負の波長を選択するから「その選択が現実となる」のです。
その体験をするためにやってきたことは否定できませんが、学び終えたのなら、もうその波長のエネルギーを生み出さないことです。
エネルギーレベル・波動レベルで生み出すから顕現化してしまう。


思考は現実となります。
なぜなら、
思考とはエネルギー波動そのものであり、その固有の周波数に合致したものが現実になるからです。
これは仕組みだからです。

ここぞ!と決めたからには決意を天に委ねる。
そうすればこそ自動運転が開始されます。
これは仕組みだから。

そして、仕組みそのもの・仕組みが作用する力そのものが神だと知るに至ります。
神と量子力学がここに融合してゆきます。
この国の先人が遺した財産を噛みしめて。




時は来たり

セミの穴 photo 宮本章光

物ごとには最適なタイミングがあります。
この2025年は、梅雨明けの発表後も、なかなかセミの合唱に出会うことがありませんでした。

梅雨明けなど人間の都合で勝手に決めているだけで、大自然に生きる生命はその土地・場所の時計に応じた最も適した機会を知っているはずです。

--しばらくは晴れの日が続く。
--もう雨は降らないだろう。
そのように判断できるタイミングを見計らって、この固い地面に穴を開け地上へと出てきます。
判断を誤ったなら、豪雨で溺れるかもしれませんしそのまま命を落とすこともあるでしょう。
判断とは、まさに生死に関わる一大選択だと判ります。

それだけに、そのセンサーを正確性のみならず高精度・高感度に維持することは最重要事項かと。
他方、
人間は、自らの感覚・直感というセンサーを自分から台無しにし、自分からそうした目に見えない世界から離れてきました。
自らよろしくない言葉(言靈)を口にし、自らよろしくない食べ物を口にし続ける。
それが仕組まれた罠だったとしても、その罠にハマるのは自分の選択であり未熟な精神性が選んだ道だったわけですから。


そしていま。
ようやく、それら過去からの隷属化の仕組みを知ったのなら、一刻も早くそのネガスパイラルを断ち切ることです。
いつまでも、悪事を知れよ、眠るひとに伝えることで世の中を変えるんだ!
などとやっている時点で、その負の波動を自分が維持し続けているのです。

「思考は現実」となります。
それは思い過ごしや浮ついた戯言でも何でもなく、確固たる理論に基づいた法則であることが証明されはじめました。
これまでの常識という名の知識は、これを知られるとアジェンダを実行できなくなる支配者層が仕組んだ、誤った洗脳でしかなかったのですから、間違った意識そのものを早急に捨て去ること。
そして、その次には、
望ましくこの先の世に必要とされる意識を拡大すること。
目を覚まし氣づいた人たちさえ、この極めて重要な次の要素が抜け落ちていることが多いように見えます。

締めくくりは、
善悪ともに存在しなければならないこの世・この物質次元において、「悪」という存在があったからこそ「善を知り得る」ことが可能だったという事実。
悪を滅ぼしてはなりません、というその本質はここにあります。
悪に感謝を捧げて、という言葉の本当の意味はここにあります。

なぜなら、善・悪はセットでバランスするのがこの世の仕組みであるからです。
そして片側を知り体験するからこそ、その対極にある感覚と仕組みを理解し成長することができるから。
よって、悪という仕組みに感謝を捧げ、そのあとには綺麗さっぱりと手放ししてしまうことが求められているわけです。


晴天が続くことを知った彼らは、そのタイミングを間違いなく知り判断し、地上へと姿を現します。
ここに躊躇する行動など一切存在しないはずです。
ここぞ!というタイミングを判断・選択したからには、一氣に行動します。

地球は、いままさに「このタイミング」を迎えています。
古き悪しきエネルギーをすべて捨て去り、この先に望む周波数を選択するのみ。

いつまで「穴の出口で」ゴソゴソと懐古趣味に浸っているのですか?
一氣呵成に地表へ飛び出し、この次の世界を心からの周波数で創り上げる。それがいまこの瞬間。
このチャンスを活かせない限り、再び大雨に打たれ穴の出口で溺死する道を選ぶことになります。

時は来たり。
いつまでも判断できず行動できない地球人へ。
いつまでも間違った行動を取り誤ったエネルギーを焚き続ける地球人へ。




周波数を維持するとは

輝かしいエネルギーを photo 宮本章光

すべての存在は固有の周波数を持ち維持しています。
語り尽くされた事柄でしょう。

思考が現実となる仕組みは、永年隠匿され無きものとされてきました。
しかし、それを実体験している人たちが急増している限り、もう隠し通し嘘をつき通すことは難しくなっています。
すでにその法則が確固たる事実として表に出てきていることを知りましょう。


エネルギーだとか波動だとかのワードに拒絶反応を示す人は、
それがよくないものだ、と教育により刷り込まれた洗脳から卒業できていない証でもあります。
まさに、自分は「よくないもの」に触れるような輩ではなく「よい子ちゃん:優れた人間」なんだ。という優生思想にさえ通ずる感覚。

この感覚そのものが、思考が現実となる仕組みを「体現」し「証明」していることが判ります。
---自分はよくないものには触れないんだ。
---自分はよい子だから誤った思想は持たないんだ。

そういった意識を維持し続けている以上、自分自身が「その現実=思考が現実になるわけがない!」を顕現化させ続けます。
その意識を持ち続ける限り、決して思考が現実となることはあり得ません(=現実にならないと思い込んだ現実を作る)。
それが仕組みだからです。
こうして分断・分離は決定的となり、もはや絶対に交わることのない地点にまで到達した状況です。

よって、その遥か彼方に分岐した行き先の異なるレールに乗り移る必要性は皆無だと断言できる時間を迎えたことを知りましょう、ということです。
それなのに、
いつまでも隠されてきた悪事を知れ!悪よ滅べ!を繰り返すのは、その周波数を焚き続けそのエネルギーをいつまでも増幅し続けていること。
ここに氣がつなかければ、ご自身の現実は、いつまでも悪事が蔓延し悪は永遠に滅び(=消滅し)ません。
自分自身が氣づかない以前に、この地・この世を変えたい=良くしたい、との意志は「ありません」と宣言し続けていることになり、自分が悪に成り下がっているのです。
これを「善の仮面を被った悪」と呼ぶのでははないでしょうか。

まだ多くの人たちが、この善の仮面を被った悪になっている姿が見えます。
ええ、わたし自身もそれを見ようとするから見えるわけですが。

然るに、そうしたこの先に不要なエネルギー・不要な周波数には触れずに離れる。これ一択しかないのだと。
周波数とは、同じ波長に合致すれば必ず共振し共鳴、同じエネルギーを拡大します。
ですので、
触れない・見ない・聞かない・離れる。
これを実践するのみです。


加えて、美しい存在、美しい風景、美しいエネルギー。
穏やかな意識、心地よい意識。
そういった波長のエネルギーを維持するよう心がけます。
そうすればこそ、そのエネルギーが目の前の現実として顕現化してゆきます。

高い理念を維持し続ければ、それが因果となり結果を齎す、そのものズバリです。
周波数を維持するとは、自分自身の選択であり意志表示そのものです。




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