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宮本章光/宮本陽の視点「開闢」And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

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緩めるからこそ結果がやってくる

国魂の三角地蔵 photo 宮本章光

このままで。
いまのままで。


足して足して足して、足し続ける生き方。
流れに抗って生きる道。

頑張って頑張って、頑張り続ける生き方。
我慢して我慢して、自分の心を偽って生きる道。

追いかけ続け、頑張り続ける限り、求めるものは絶対に掴めないでしょう。
掴めず、実現せず、よい結果から離れ続ける周波数に完全合致しているから。
結果を得られない状態を維持し続ける周波数を自ら生み出しているから。


力を誇るのではなく、地位を手に入れるのでもなく。
自分を偽ることをやめる。いつまでも自己顕示欲を掲げない。
すると、
何が起きても怖くなくなるはずです。


緩めばゆるむだけ。
立ち止まって、立ち止まっている状態そのものを俯瞰してみます。
一度立ち止まったなら、そこからゆっくりと歩みを始める。
同じように動き始めたその状態を俯瞰してみる。

そうすればこそ、
その立ち位置から「望むゴールまでの距離を客観視」できるようになります。
頑張らない状態を作り出すからこそ、そこに結果がやってくることを知ります。


整える。
比べるのをやめる。

その本質は、これまでの常識とは正反対だったことに氣がつきます。




「大寒」頑張らない・ここに極まる

大寒に想う photo 宮本章光

大寒。
寒が極まる日。

言靈を知ればこそ。
無理をしない。頑張らない。

それは、怠惰ではなくて。
それは、ただ在り方を意識することとされます。


走りすぎる人たち。
詰めすぎる人たち。
自分も通ってきた道です。繰り返しこの場に綴ってきました。そして伏しました。

だから、あまりにも当たり前なこと。
心が乱されないほうを選ぶ。
そして、信頼する。
急がなくても必要なタイミングで必要なことが顕現化することを知ります。


極まる寒さの中、固いつぼみは「何もしていない」のではなく、来たる春の晴れ舞台のために醸成し準備をしています。

頑張らない。
とは、
何もしないことではなく。

不足と欠乏の周波数に溢れかえり走り回る。結果として、さらにその現実を生み続ける。
熟成・醸成の時間を持つことで、その先を見据えて準備ができると知る必要があるでしょう。


騒がしいから見えない。
騒がしいから聞こえない。
だから静かに過ごす。だから穏やかな波動を維持する。


整える。
比べない。
ここ数日で記し続けた言靈。

寒さとともに、いまここに極まります。




比べるのをやめる

芽吹く早春2026 photo 宮本章光

人と比べるのをやめる。
世間一般と言われる認識と比べるのをやめる。
平均と呼ばれる値と比べるのをやめる。

すると何が起きるでしょうか。


比べ差異を認識した時点で、正/負、両極のいずれ側にもブレてしまいます。
自分の意識や考え方・シチュエーション、進捗状況などなど。

上回っている、進んでいる、優れている...。
この場合には、安心感という名の優越感を感じるでしょう。

下回っている、遅れている、劣っている...。
その場合には、焦りと失望、劣等感という名の負の波動を瞬時に生み出しているでしょう。


でも、どちらであっても、それを「昇華させ前に向ける波動へと変換」すること。
これが「整える」という言靈が示す本質ではないかなと感じます。
その方法さえ心得ていれば、恐れるに足りないと知り得ます。

まずは受け止める。そして受け入れる。これは避けて通れません。
次に、
そのエネルギーの「絶対値」を認識することが必要でしょう。
あぁ、優越感を感じたよね。
あぁ、劣等感を生み出したな。といったように。

あぁプラス1万ポイント分、ありがとう。なのか。
あぁマイナス1万ポイント分、氣づかせてくれてありがとう。なのか。

ともに認識すればそれでいい。
この絶対値を認識すればそれで完了。
15分も経てば綺麗さっぱり消滅しています。
消えないのは、それを自分自身がいつまでも温め続けているから。維持し続けているから。


比べるのをやめる。
とは、
優越感や劣等感に蓋をして見て見ぬふりをするのではなく。
見て見ぬふりをするのがジャッジしないということなのではなく。

自分で「絶対値を認識」できた時点で、ともに感謝の周波数に整え、手放してしまえばよいことに氣がつきます。
これが「整える」の極意ではないでしょうか。
これこそが「感謝」の本質ではないでしょうか。

力でねじ伏せ、心を偽り、無理やりにポジティブ・わくわくなんてやることではないと目が覚めます。
ここに不足と欠乏の周波数・負の波長から離れる秘訣が隠されていたことを知ります。




焦らず慌てず整えて

丹生の大神大楠 photo 宮本章光

乱れた氣を元に戻す。
荒れた氣を本来の形に整える。


「祈り」とは、自らの決意を宣言し伝えること。
願望を依願することではないと知り得た人が増えているはずです。便利屋ではありませんから。

間違って教えられてきたその心理の根底には、
不足と欠乏の周波数があり、現状が不足であることを自ら認め、且つその不足を埋めて欲しいと依存する心。
こうして、何か目に見えないものに縋る(すがる)波動を永遠に維持するよう、間違って仕向けられてきたのでした。
あるいは、
それら見えないものを狂った思想だと否定し、物質至上・科学的思考という呼び名の「もう一方の側の宗教洗脳」によって他者より優位に立つことをよしとする世が続いてきたのでした。


この国に生まれこの国で育ち、この国の言葉を話す人たちは、過去の誤った意識からの脱却も早いはずです。
自らの決意と行動を、弥盛地(イヤシロチ)にて神聖なる存在の御前で奉ります。

そこには八百万(やおよろず)の神という例えで示されるような、万物存在への畏敬の念とともに、決して外部・他者に依存しない柱を自らの心に立たせ続ける。その意志表示をすること。


こうした昔から伝わる意識の持ち方。これを現代風の言葉に置き換えてみますと、

---外部に依存せす自分軸をしっかり確立すること。
---感謝の心を忘れないこと。
---自らを・自らの借り物の体を大切にすること。

まさしく、これら注目ワードそのものだったと氣がつきます。
この国で生き、この国の言葉を話していること自体が、すでに敬虔な生き方だと目が覚めます。
それなのに、
ああでもない、こうでもない...と捏ねくり回し、いつまでも「不足と欠乏の周波数」を生み続けるから、すべてにおいてゼロ回答しか生じないのではないでしょうか。

そして、すでに過去になった「引き寄せ」だとか耳障りの良いふわふわの世界に足を掬われてしまいます。
周波数が同じであれば、自動的に引き寄せられるもの。自動的にシンクロするもの。
それが仕組みであり、それが法則だからです。
無理やりに、心にも無い状態で感謝感謝とやっていることは、もはや逆効果しかないことまで理解が及びます。


---暖かい日差しを目一杯感じられること。
---この地の空氣を全身で感じられること。

当たり前が当たり前でないことに意識が及んだ瞬間に、その至高の周波数に手が届きます。そしてその瞬間に感謝の波動が生み出されます。

こういった仕組みを知ること。
この仕組みを使いこなすこと。

そのためには、
乱れた波動を、まず整える。
そのために、
土用という緩衝期間とでもいうべき調整時期が存在していたのです。


ここを「知ろうとせず」鳴り続けるケイタイ・止まらないメール着信に追われ続け、体を失う寸前にまで及んだのでした。
折しもその入院日は2005年1月17日か18日だったかと。21年が流れました。
いまだに、時短は美徳。最短で最大の利益確保だ。
と、スマホ片手にファーストフードを口に掻き込み息巻いている諸氏は、それはそれでご自身のシナリオなのですから大いに楽しみ味わっていただければ結構です。

ただ、一つだけはっきりしていること。
それは、
その延長線上に未来は存在していません。それはもう決定事項。


土用という期間が教える深い意味。
土用という期間がこの先に与える深い醸成。
そして、
八百万の神という意識に根ざした、この国の者だからこそ理解できる深い教え。


大明日(だいみょうにち)を迎え。
焦らず慌てず整えて。

頭(こうべ)を垂れ、心から奉ります。
畏み畏み(恐み恐み)物申す。




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