アンド・エム宮本陽/宮本章光ブログヘッダーイメージ

宮本章光/宮本陽の視点「開闢」And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

Archives [All Entries:2879]

自分の感覚を大切に

晩秋のバッタさん photo 宮本章光

本日もお越しくださいましてありがとうございます。


何が正しいか、何が正しくないか。
もういいでしょう。
もう満腹でしょう。

このバッタさんは、ここで見納めでしょうか。
冬眠する種なのかどうか不明なので、来春に再会できるのかもしれませんが、恐らくこの体を持った個体とはお別れでしょう。
角のような触覚?も片側が損傷しているように見えます。

人は、この体という肉体をお借りしてさまざまな経験を積んできました。
それは、個々人が独自に選択した道を歩み、その結果を学ぶことが目的だったはずです。
よって、何が正しく何が正しくないか。
そもそもその判断自体が必要ありません。

自分が感じるものを選び、
自分が選んだ道を歩み、
自分が選んだ結果がもたらされる。
それを糧として成長する。

素晴らしい仕組みではないですか。
頭の中で捏ねくり回して、ああだこうだ、と思考するプロセスは、もうとっくに終わっているはずです。

自分が感じ、
自分が選択し、
自分が選んだ道を、これからも歩みます。

この場で、ともに同じ方向のエネルギーを束ねていただけるみなさま。あらためて貴重なご縁に感謝申し上げます。
併せて、常に強力な導きのエネルギーを送り続けていただく諸先輩方・高次存在への感謝の言葉を忘れぬように。
ありがとうございます。感謝しています。

弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。

多くを語らず

植物は渦を巻いてエネルギーを表現 photo 宮本章光

周囲が見事に静かになってきました。
webに流れる情報やその騒々しさに変化を感じています。

本日もお越しくださいましてありがとうございます。


ある程度のサイクルがあるのかもしれません。
静かになったり、あるいは騒々しくなったり。
それは、
自分自身の感覚の違いも大きいと思われますし、実際に流れる情報の量や内容によっても感じ方が異なるものと思います。
だから何だ。というものではありません。
ただ、ここしばらくは静かな感覚を感じていますよ。というその客観事象についての感覚です。


依然として、3年近く同じフォーカス位置に合わせたままのスタンスを取る方々もありますが、もはや別世界でしょう。
あるいは、
ここぞ!とばかりに、幅を利かせてくる論説が多かったものの、視界から外してみますと、この周りにある空気はなんと静かなことでしょうか。

多くを語らずとも周波数の近いエネルギーは同期し、それが双方で感覚的に感じられること。反対に、異なるエネルギーは自動的に反発・乖離し、意図的に結びつけようとしたところで「強制終了」すること。
ここに理解が到達しています。

自分の直感と勘で生きてきた、その自分に対する信頼感を失うことなく、現在地を俯瞰できるこの現実という名の状況に感謝いたします。
多くを語る必要はなく、信頼の二文字のみにフォーカスし続けます。


この場で、ともに同じ方向のエネルギーを束ねていただけるみなさま。あらためて貴重なご縁に感謝申し上げます。
併せて、常に強力な導きのエネルギーを送り続けていただく諸先輩方・高次存在への感謝の言葉を忘れぬように。
ありがとうございます。感謝しています。

弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。

「昔は飛ばしていました」と思い返す「この瞬間」の創造

昔は飛ばしていました

本日もお越しくださいましてありがとうございます。

飛ばしていました。その昔は。

その一言から連想するに、クルマの話?スピード狂?か、と思われたでしょうか。
いえ公道では至って普通でした。(当たり前ですね。おかしなことはしません。)
ですが、国内競技ライセンスA級のホルダー実績がありましたし、公式レースのコースカテゴリのBライでパドック入りなどという体験もしたことがあります。
個人的には、BNR32型などという(判る人には判る)クルマを所有していた時代がありました。
まさにその時代そのものがバブルでした。

競技運転者ライセンス講習会の前座で、モータースポーツとは何ぞや?という大枠のお話しをさせていただくアルバイト?のような活動をしていたこともあります。
いま思えば、その時代から人前でお話しをすることに何ら抵抗や緊張がなかったことを思い返しています。
ですが、クルマの話しは、もう過去のものかな。と思っています。
長くなり過ぎるような氣がします。それに、これからの世界には必要がない話題とも感じますので。


前置きが長くなりました。
昔は飛ばしていたのです。その時代の流行りでもあったかもしれません。
クルマのことではありません。
このお花をご覧いただければ一目瞭然でしょう。

トップライトなので、花びらは完全に階調を失って飛んでしまっています。
そんな時代がありました。この画像、2009年と記録があります。
自宅クラス…と称して、わたしのこの作業部屋やリビングで個別授業を実施していました。その時代のデータです。
背景を考えるだけで印象は大きく変わりますね。という授業の一つでした。


今日は、この画像データを保管しているHDDを起動する機会があり、なぜかこの一枚に辿り着いたために引っ張ってきました。

クルマの話題に写真の明るさに、と、まったく一貫性がない今日の記事ですが、本題はここにあります。
「昔は飛ばしていたんだね」と、その時代その瞬間の記憶が蘇りました。
ですが、
いまこの瞬間に思い出すことによって「いま」意識の中に出現しています。
なるほど、過去も書き換えることができる、といった論説の意味はここにあるのだなと理解が及びます。
しかるに、すべては未来から引っ張ってくる、のその本意も極めて明快に見えてきます。
過去の視点(2009年)から見ると、現在2020年という未来からその時点の意識によって創造されているわけですから。

いまこの瞬間に何を考えるのか。
いまこの瞬間に意識を巡らせたものがエネルギーとしてこの宇宙に創造される。だからこそ、自らの想いの中に描く対象に責任を持ちましょう。と。

何を心に描くのか。
発言に責任を、という言葉は、次の時代には「何を思い描くのかに責任を」と変わってくるだろうと感じます。


この場で、ともに同じ方向のエネルギーを束ねていただけるみなさま。あらためて貴重なご縁に感謝申し上げます。
併せて、常に強力な導きのエネルギーを送り続けていただく諸先輩方・高次存在への感謝の言葉を忘れぬように。
ありがとうございます。感謝しています。

弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。

すべてがうまく行く

飯舘村はやま湖へ流れる photo 宮本章光

本日もお越しくださいましてありがとうございます。


すべて上手く行く。
何が?
どこで?
そういった前提や条件は関係なく。

自分が制限を設けたからそこにハードルが出現したこと。
自分が限界を設けたからそこに努力が必要になったこと。
ここまで意識が拡大してゆきますと、初めからすべて「うまくゆく」ことに理解が至ります。
そして、いつでも、どこでも、必ずうまく行くことに氣がつきます。

しかし、うまく行く、うまく行く、うまく行く…。これを心の中で繰り返していますと、「うまく行かない」可能性にフォーカスするのだといいます。


すべて上手く行く。
自分を信用するとは、こういうことなのだと改めて目が覚めます。
自分の直感を100パーセント信用している限り上手く行きます。
そのように実績を積み重ねてきました。
そのように現実を創造してきたのです。すべて自分自身によって。

何も考える必要が無くなる領域に突入しています。
何も意識する必要が無くなる空間を感じています。
多くの方々が、すでにこの世界に入ったことが判るようになっています。
そして、大自然と意識を共有するところまで。

ひふみよい。
太陽に風に水、そして土に。この素晴らしい自然に感謝申し上げます。

この場で、ともに同じ方向のエネルギーを束ねていただけるみなさま。あらためて貴重なご縁に感謝申し上げます。
併せて、常に強力な導きのエネルギーを送り続けていただく諸先輩方・高次存在への感謝の言葉を忘れぬように。
ありがとうございます。感謝しています。

弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。
105832317
rss_logo

New Entries

Archives / Serch

Categories