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宮本章光/宮本陽の視点「開闢」And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

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多くを語る必要がない一期一会の選択

秋の日のアイビー(ヘデラ) photo 宮本章光

本日もお越しくださいましてありがとうございます。


頭の中で考えすぎる。
頭の中で回しすぎる。
その結果、
必要以上の思考が湧き上がり寄り道・脇道へ逸れてしまう。そんなケース。
多い...どころか、目を開いて起きている限り離れられなかったはずです。

マルチタスクと称して、複数の思考を同時に進めることが偉い?
並行作業だとか称して、ランチの片手にスマホを持つのがカッコいい?
さらには、
手帳を真っ黒に埋めること、体を壊すこと、病院のベッドに伏すことを勲章にした時代を実体験し生きてきました。
痛く苦しく辛い時間を過ごすことが美徳とされた世界を実際に体験してきました。

もうそういった世界からは卒業されましたでしょうか。
そして、
こうしたワードを口にすると、途端にアタオカ呼ばわりする事例。
多い...どころか、つい最近まで身の回りを覆っていたはずです。

でも、もうそうした現実は起きなくなりました。
シンクロする周波数を「外す」術を手に入れたからです。


人間の五感(あるいは6感)どころか、20種もの感覚があるとされる植物たち。
彼らは、移動する手段と口から言葉を話す能力を手放した代わりに、そうした人間の5倍もの感覚を手に入れたのだといいます。

何を語らずとも、どこへ移動せずとも、仲間や同じ魂のグループでは必要なコミュニケーションが図れ、切り刻んでもその蔓(ツル)から、再び芽を出して伸びてゆきます。
必要なもの、必要なコトは、「見てくれ」を飾り立て、大声でアピールし虚栄を張る必要など皆無であることが判ります。
そして、
一期一会のその瞬間ごとに、無数の選択肢から自らが望む道を選び歩んでゆきます。
それがこの地での学び。
それがこの地に生を受けた目的。

自分の道は、自分で選択し、自分の心から創り出す。
そんな時代の幕開けです。
待ち続けることさえ必要がないのです。

この場で、ともに同じ方向のエネルギーを束ねていただけるみなさま。あらためて貴重なご縁に感謝申し上げます。
併せて、常に強力な導きのエネルギーを送り続けていただく諸先輩方・高次存在への感謝の言葉を忘れぬように。
ありがとうございます。感謝しています。

弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。

「...やろう」からの卒業

飯舘村山津見神社の参道 photo 宮本章光

〇〇やろう。
XXやろう。

わたしたちは、こうした言葉からの卒業に少々手間取っているように見えます。
具体的に文字を入れてみます。
「エエかっこしてやろう」
「知らない人に助言してやろう」

二つ目は、いかにも良いことのように聞こえます。
ですが、人のことに関しては、もう触らない。
それがこの地の学びからの卒業ではないかと。

世の中を変えるには知らないひとに知らせることだ。
世の中を変えるためには真実を知らしめることだ。
世の中を良くするには苦しまなければならない。
世の中を良くするには努力しなければならない。

いつまでもそうしたレイヤーにい続けたい方々もそれぞれの自由です。
しかし、
それらのレイヤーから周波数を「外した」方々との心の触れ合いを楽しめるようになりつつあります。
自分の心に描くものが目の前を創ることを知ったからです。
その結果、
自らの心に明るいエネルギーが灯りはじめ、望ましい周波数を見極められるようになります。
そして、そのエネルギーにシンクロしてゆきます。
すべてが好循環に変化し回り始めます。

こうして、自らが体感し自分自身が生み出したエネルギーが、現実という目の前の風景として具現化してゆきます。
ここまで実地に体験している方々が飛躍的に増加している事実。
これがメインストリームにならないはずがありません。

自ら心に描き、
自ら具現化させ、
自らその世界を堪能する。
その極めて明快で単純な仕組みに氣づいた方々が、これからの世界を創造してゆく。
繰り返します。
そんな嬉しく心地よいサイクルがメインストリームにならないわけがありません。

もう卒業したのです。
もう分岐する機会は、とっくに過ぎています。
振り返ることなく、望ましい世界を心の中から想像してまいりましょう。

この場で、ともに同じ方向のエネルギーを束ねていただけるみなさま。あらためて貴重なご縁に感謝申し上げます。
併せて、常に強力な導きのエネルギーを送り続けていただく諸先輩方・高次存在への感謝の言葉を忘れぬように。
ありがとうございます。感謝しています。

弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。

そこに込められたエネルギーは変化する

飯舘村 山津見神社の紅葉 photo 宮本章光

写真には、撮影者の意図が内包されています。
写真には、撮影時点のその空間のエネルギーが込められています。
そうしたエネルギーを、見る立場の方が感じ取ることによって、そこにコミュニケーションが生まれます。

忘れてはならないのは、
受け取り側の「受け取り方」によって、そのエネルギーが変化することです。

わずか4年ほど前の紅葉の風景ですが、撮影したわたし自身が、現時点ではこの瞬間の感覚とは異なった受け取りをするようになっています。
4年前の2018年には、色彩感やその荘厳な存在感だけしか感じていませんでした。
いま2022年になってみますと、
この地で火災があった過去のその時点では、この木々がどのような感覚でその時間を過ごしたのだろうか。
だとか、
ここまで伸びるまでの年月で、どれほど多くの人々の参拝のエネルギーが流れてきたのだろうか。と。
現在では、そういった捉え方に変化してきていることです。

4年前の時点でも、過去に火災があった事実は聞いていましたし、歴史についても説明を受けていました。
しかし、そこに意識がフォーカスしていなかったため、鮮やかさを追いかけたそのパワーだけがここに折り畳まれています。

そしていま、あらためて異なる受け取り方をしてみますと、
そこにある木々の声(実際には声は聞こえませんが)として、違ったエネルギーが伝わってきます。
これは、
受け取る側の受け取り方によって、エネルギーが異なったものになったということでしょうか。

---そんなもの...感じ方なんてどのようにも変化するんだよ。
---そんなもの...見かたによっていくらでも考え方ができるんだよ。と。
はい、その通りだと思います。

ここで導き出されたことは、
そこに込められたエネルギーは、受け取り方によってどのようにも変化するんだということ。
まさに、
「そう思えばそのような現実になる」思考が現実を創り出すという、そのものズバリの実証実験のような結果が導き出されます。
よって、
何にフォーカスし、何を考え意識するのか。
ここが極めて重要ですよ。と伝えられている通りなのだと理解に及びます。

ようやく扉が開いた檻(オリ)。もう中に居続ける必要はないのです。
いつまでも囚われたままで居るのは終わりにしたいものです。
自らの意識で、自らの道を創り出してまいりましょう。

この場で、ともに同じ方向のエネルギーを束ねていただけるみなさま。あらためて貴重なご縁に感謝申し上げます。
併せて、常に強力な導きのエネルギーを送り続けていただく諸先輩方・高次存在への感謝の言葉を忘れぬように。
ありがとうございます。感謝しています。

弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。

どこにフォーカスするのかそれが選択

道端にひっそりと咲く花たち photo 宮本章光

本日もお越しくださいましてありがとうございます。

この日、知識のない初めての場所へ行く途中。
意識は「目的地へ行く」ことだけに集中しがちでした。ですが、斜め下に視線を配ると見えています。
都会の街中であっても、道の脇にはこうした草花がその存在をアピールしています。
そこにシンクロすれば、心が同期します。(実際は順序が逆だと思いますが=心がそこに合わせたからこそ同期)

どこに意識を持ってゆくのか。
どこに意識を合わせるのか。
こういうことだと思うのです。

そして、
この一枚はポケットから取り出したスマホカメラでのショット。撮影の業務でもない限り、大きな一眼レフを持ち歩くことは皆無です。
スマホだから最高の結果を得るのは難しいかもしれません。
しかしながら、だから撮るのはやめようか?とはなりません。

この段階でも、
どこに意識を合わせるか。
どこに重点を置くか。
さまざまな選択肢が存在し、その中からいずれか一つを自分は選んだということでしょう。

さらには、
ポートレートモード(背景ボカし機能)の出来はいまひとつだから、やめようか?
という選択肢も存在していますが、この場ではその道を選択しませんでした。
いいじゃないですか。多少、精度の甘いところがあっても。風に揺れている状態でそこそこの結果が得られるなら。
そのプロセスを楽しみましょう、ってことだと思うのです。
この段階でも、その一つの選択をしたと。


さまざまな経験を積むために自分から手をあげてやってきたこの地では、一秒間に億単位の回数の「選択」が繰り返されていると言われます。
毎瞬舞瞬、自分が無意識レベルで「無数の選択肢」の中から、どれか一つを選んでいるとされます。
そして、
その選択の結果が積み重なって、目の前に「現実」という名で具現化してゆきます。
さらには、その連続する選択の結果が連続して「時間」となる、と伝えられている通りでしょう。
膝を叩いて納得する、とはこのことだと感じています。

望ましい近未来は「自分の意識が創り出す」というその本意は、この選択の連続にあるのだと。

何を選択するのか。
それは、何を意識するのか。であり、何にフォーカスしているのかということ。

ここに究極の「こたえ」があるように見えます。
答えはいつもシンプル、至って単純だと氣がつきます。

この場で、ともに同じ方向のエネルギーを束ねていただけるみなさま。あらためて貴重なご縁に感謝申し上げます。
併せて、常に強力な導きのエネルギーを送り続けていただく諸先輩方・高次存在への感謝の言葉を忘れぬように。
ありがとうございます。感謝しています。

弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。
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