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宮本章光/宮本陽の視点「開闢」And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

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一期一会のハーモニカを吹くお婆ちゃんの姿

秋のハンター邸 photo 宮本章光

本日もお越しくださいましてありがとうございます。

今日は所用があり外出、用件を終え帰途を徒歩にしました。
鉄道二駅の距離なので、それなりに行程があり時間がかかります。画面に向かってばかりのサイクルが続いていることもあり、脚を鈍らせないことを目的にした時間を取りました。

途中、広めの公園の前を通りかかった時のことです。
どこからともなく「ハーモニカの音」が聴こえてきます。とびっきり上手な演奏、というわけではありませんが、その息づかいに大変親しみを感じ、瞬間的に引き込まれてしまいました。

音の聞こえる先を辿ってみますと...。
道路に面した樹の植え込みの下、小柄なお婆ちゃんの姿。シルバーカート(手押し車)というのでしょうか?そのまま椅子になる老齢者向けのカートにちょこんと座り、一心に演奏をなさっているのです。

わたしの姿を見るやその演奏を止めてしまわれましたが、丁寧にご挨拶をして続きを聴かせていただきました。もちろん面識はありません。
昭和一桁生まれ。お兄様から教わったハーモニカだと仰います。手持ちの楽器自体は息子さんからのプレゼントだとのことでした。

この街は、わたし自身も幼少時期から過ごしてきたので、かなり細かいところまで土地勘があり、お話しの中で出てきましたご出身の地域などもよくわかりました。
演奏できる曲は3曲あるのだと言われ、その3曲は「国歌」。それも、イギリス・ドイツ・フランスの国歌とのことでした。

戦時中に敵国となる国の国歌を口にしたりするのは良くないこととされた時代を過ごし、ましてその時期に楽器(ハーモニカ)を演奏するなど、不良の行為だ、と蔑まれたのだとお話しになっている姿は笑顔に溢れており、大切な宝物としてお持ちなのだということが強く伝わってきました。
純粋に口にできる親しみのあるメロディがこの3曲にはあるんだと、時折、歌を交えて説明いただきました。

演奏会を専門とした記録制作業者としての活動を主軸に据える自分自身としては、この瞬間を記録すべきだ!との感覚が一瞬よぎりました。ですが、それは「してはならない」ことだと。
ここは(この瞬間は)、そんなことをせずとも、その響きと笑顔と、そしてそこに座って演奏されている姿と。
これを目に焼き付けておくことが、わたし自身の宝物になる。と心の声が導いてくれたのです。


この公園の前を徒歩で通ることは、これからもまずないものと思われます。
二駅分の距離を歩く。という、たまたまにしか過ぎなかった判断が、これほどまでに暖かいエネルギーに巡り会うという導きを実現してくれました。

貴重な演奏とその響き、そして、類い稀な笑顔でお話しになるその姿。
一期一会のおばあちゃん。すでに亡くなったわたしの父と一つ違いのお歳。これからもお元気で。
ありがとうございました。


この場で、ともに同じ方向のエネルギーを束ねていただけるみなさま。あらためて貴重なご縁に感謝申し上げます。
併せて、常に強力な導きのエネルギーを送り続けていただく諸先輩方・高次存在への感謝の言葉を忘れぬように。
ありがとうございます。感謝しています。

弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。

どんどん分岐して行きます

夕暮れの空模様に見るそれぞれの道 photo 宮本章光

本日もお越しくださいましてありがとうございます。

「人は誰一人として同じではない。」
日を追うごとに、その言葉の意味をより強く感じはじめています。

人それぞれ、個々人が持つ周波数によるエネルギーを放ち、その周波数と同じ・もしくは近い波動は共鳴・共振します。逆に、異なる周波数は、決して共鳴することがありません。
さらには、
その周波数は、今日は同じでも明日には異なって当然であり、この瞬間には同期しても次の瞬間には外れることなど当たり前のように起きてゆきます。

どちらが正解で、どちらが誤りであるか。という判断さえ存在しない。
こうして心の中から意識を拡大して行くこと、それこそが正常進化であること。
ようやくここまで到達しつつあります。

自分らしさを取り戻し、自分の望む道を歩む。
迎合せず、否定もせず、例えるなら、いつまでも割れることがないと保証されたゴム風船を永遠に膨らませ続けるような感覚を感じています。
いつまでも望むだけ膨らませることができる。その嬉しさを、その楽しさを、存分に味わってゆけば良いのだと感じています。

さまざまなエネルギーが存在するから面白い。
さまざまな色に満ちているから楽しい。

どんどん道は分岐してゆきます。
自分の道は、自分の選択により自分が創り出します。
素晴らしい時代に入りました。

この場で、ともに同じ方向のエネルギーを束ねていただけるみなさま。あらためて貴重なご縁に感謝申し上げます。
併せて、常に強力な導きのエネルギーを送り続けていただく諸先輩方・高次存在への感謝の言葉を忘れぬように。
ありがとうございます。感謝しています。

弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。

自分の心が現実を創るという本当の意味

飯舘村で出会う大自然の一コマ photo 宮本章光

本日もお越しくださいましてありがとうございます。


「自分の心が現実を創る」
もう聞き飽きた、と仰るかもしれません。
あるいは、
すでに望ましい風景が目の前に展開されているでしょうか。

少しづつ、本当に僅かな歩みかもしれませんが、この言葉の本当の意味を理解するようになった人たちが増えているように感じます。

まず初めに「心に描く感覚」がありき。です。
極めて重要なため、もう一度書きます。
「初めに心に描く感覚」があること、それを生み出すこと。これがスタート地点だとされます。

この想いが目に見えない世界に瞬時にエネルギーとして生み出されます。
このエネルギーが「時間差:タイムラグ」を経て、この目の前の現実世界に現象化してゆきます。

では、この一連のプロセスを、反対側からトレースしてみます。
目の前に「希望する現実を現象として具現化」させたい、というゴール地点からのスタートです。
次は、目に見えない世界に「その望ましいエネルギー」を発生させれば良いことになります。
そのためには、何が必要でしょうか?
その回答は、
「望ましい現実を生み出すための望ましい意識」を心に描くこと。
と、その答えは小学生でも容易に理解できる図式です。


言い方・眺める向きを変えてみます。
目の前に苦しい現実が存在している理由は、その現実が現象化する想いを「初めに自分の心が生み出した」から、時間差を経てその結果が現れている。となります。
いつまでも苦しい、狂っている...という方向に意識をフォーカスし、いつまでも自分から同期させている方々。
それがそうした方々の「自分のご希望=意思表示」ですから、永遠にその現実が継続したままです。

一人でも多くの人に伝え、世の中を変えるんだ!と叫び続けることが、永遠に現状から脱却できず、それどころかその望ましくない現実をさらに増幅し続けているということなのです。
ご本人が考え方を転換するまでは、まさに永遠に続きます。
そして、この地は、今後その体験をし続ける場所ではなくなるため、今世の肉体の消滅とともに永遠のお別れですよ、と何度も伝えられてきたのです。
それもご自身の選択ですから他人はもう触れることはありません。

他方、
この場でご縁のあります皆さまには、もう混乱も苦しみも(ゼロとは言わずまでも)負の感情をもう感じなくなっているのではありませんか?
自分で生み出した結果が時間差をもって現象化するのですから、生み出す元になる原因を「選択」すれば良いことを知り、それを実践なさっいるからこそ、その結果が現実になっているはずです。

なんと明快なことでしょうか。
なんと素晴らしい仕組みでしょうか。

仕組みを知り、その仕組みを活用すれば、結果は自ずと望む現実になるのです。
口にする食べ物も、同じ仕組みですね。
体によくないものを口にすると、体を壊します。
健康を維持しさらに増進するためには、口にするものを選択すること。これがまず初めにありき。でしょう。

朱に交われば赤くなる。
先人は、このひと言に多くの教訓を含めたのだと思います。
この地では、すべてがこの仕組みになっているとされます。
そして、その仕組みを体験する目的で、わたしたちはこの体をお借りして経験させていただいているのです。


「自分の心が現実を創る。」
それは現実逃避でもなければ自意識過剰な狂った考えでもなく、至極当然の仕組みに沿った意識だったこと。
嬉しいですね。
楽しいですね。
ありがたいですね。
これが仕組みを知った現在の感覚ではないでしょうか。

この心の躍動感を共に束ねて望ましい世界を創り出してまいりましょう。

この場で、ともに同じ方向のエネルギーを束ねていただけるみなさま。あらためて貴重なご縁に感謝申し上げます。
併せて、常に強力な導きのエネルギーを送り続けていただく諸先輩方・高次存在への感謝の言葉を忘れぬように。
ありがとうございます。感謝しています。

弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。

山の向こうにある真実

飯舘村の冬を感じる photo 宮本章光

本日もお越しくださいましてありがとうございます。


山の向こうに
真実は
ある

真実を得よう、真実に到達しよう、と谷を越え一歩づつ歩みを進めるのは一つの方法に過ぎません。
地に足をつけて、着実に進むのが正論であり唯一の方法である。
と、固着したままの発想が、過去の遺物となっている可能性に意識を巡らせてみます。


イメージを大きく膨らませ、心の中から山を飛び越えるのも一つの方法であるはずです。
いま、
わたしたちは、この大変重要な部分の感覚を取り戻しつつあります。

--体が現地に行かないのだから意味がない。
--体が現地へ動いていないのだから空想に過ぎない。
確かに。

肉体を保持してこの地に存在している以上、それは間違いではないでしょう。
けれども、
山の向こう側に存在する「何か」。
体を現地に持ってゆくことだけが唯一の方法でしょうか。
その「何か」を見る・知るためには、体を持ってゆくことしか方法は存在しないのでしょうか。

例えば、
webでその地の地図を探せば、該当場所のイメージ画像を見ることが叶うかもしれません。
少なくとも視覚という観点からは「現地へ行く」のに極めて近い結果を得られる可能性があります。

重要なポイントがここに存在しています。
現地の「視覚情報」を得るには、体を移動させること以外にも、webを通して「見る」方法があることに氣がつく必要があるのです。

画面で見るのと実地で見るのとは全く異なる!
という反論は、後出しジャンケンと同じでしょう。

山の向こうにあるものを確認するには「現地へゆく」しかない。
と、固執した発言に終始していた時点で、他にも方法はあるよね。と柔軟な発想に至らなかったこと。
その点を指摘され、そこを突かれたことによる立腹した心持ち。
それこそが、心を拡大する能力を阻害している!自分自身がロックしていたんだ!
と氣づくタイミングを迎えています。

もちろん、現時点では体を現地へ持ってゆくことが最大の結果を得る方法に違いありません。
しかし、
スポイルされていた潜在能力を取り戻し、洗脳され制限されてきた自分自身の心を活性化、解き放つ必要があるのです。

注目すべきは、
自らの心という最大のポテンシャルを秘めた、その極めて重要な感覚を取り戻す点にあります。
何より、わたしたち自身はエネルギー体の存在であり、こうした様々な体験をするためにこの体を借りていることを思い出すことです。

心そのものの周波数と向き、その大きさ強さにより、すべての事象が創造されている真実。
山の向こうにある真実とは、
こうした自分自身の心が備えるパワーについて思い出し、それを活用するフェーズに移行することです。

この場で、ともに同じ方向のエネルギーを束ねていただけるみなさま。あらためて貴重なご縁に感謝申し上げます。
併せて、常に強力な導きのエネルギーを送り続けていただく諸先輩方・高次存在への感謝の言葉を忘れぬように。
ありがとうございます。感謝しています。

弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。
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