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宮本章光/宮本陽の視点「開闢」And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

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自然と共存する近未来:Half minute Imaging:14


都会と大自然と。
ちょっと足を伸ばすだけでこうした環境に身を置くことができます。
大都会の中心部であれば、稀有な眺め・環境かもしれません。

確かに街の雑踏は聞こえ、慌ただしく走る道路や鉄道の響きも耳に届きます。
しかし、
このすぐ横では、小鳥たちが会話しながら木々がそよ風に揺られています。
春には新芽が芽吹き、秋には紅葉と木の実の絨毯が広がります。

この恵まれた環境をさらに推し進めて、より自然環境に負荷をかけない世界を創り上げたいと願うのです。
いえ、間違ってはならないのは、グローバリズム(企業)が推し進める支配と管理の世界へ向かうアジェンダではありません。
極めて重要な部分ですので間違いのありませんよう。
そうした虹色の見せかけ看板に騙される方々は、もうこの場で繋がることはないはずですので、間違う・誤ることはないものと思っていますが。


この素晴らしい環境に接することができる幸せ。
この素晴らしい生き物たちに囲まれて深呼吸ができること。
恵まれた環境に感謝したいと思うのです。

貨幣経済基盤で裕福になるための引き寄せも必要でしょう。
物質社会もまだまだ続きますから、モノを手に入れたい・願いを叶える・祈りも必要でしょう。
でもよく考える必要はないでしょうか。
そうした物質社会・貨幣経済の大元の基盤となる、この大地、この地球。
そして身近に存在する多くの自然と仲間たち。
こうした存在を忘れ去って、わたしは幸せを掴むんだ、わたしは裕福になるんだ。
と願ってみても決して幸せになれないことを。


すでに昔話となり忘れ去ろうとしている、昭和の高度成長期の「公害」をご存知ない方々も多いかもしれません。
高速道路が目まぐるしく拡大し、片側4車線対面8車線の自動車専用道が小学校のすぐ横に開通しました。
来る日もくる日も、クルマの排ガスに悩まされ教室の窓を開けることさえ叶いませんでした。
夏には光化学スモッグ警報なる赤旗が掲出され、目の痛み・のどの不調を訴える友達が続出し保健室が溢れたあの頃を。

世の中は、イケイケどんどん、カネ儲けできる能力こそが偉いんだ。貨幣資産を築くことこそが成功なんだ。そんな世界が続きました。
学習効果のないこの国の人間(いえ支配者層に騙され続ける被害者でもありますが)は、平成のバブル期にも再現された同じ流れの中で、再度の過ちを繰り返しました。
この時代なら記憶や実体験なさった方々も多いでしょう。
いずれも、永遠の「右肩上がり」は実現せず、まさに泡と消え去りました。


過去に散々な「負の因」を放ったわたしたち人間は、いま再び「自分だけ幸せに」なれば良いのでしょうか。
「負の因」は、必ず「果」として刈り取らねばなりません。
それが「因果応報」。
過去の過ちを伏して詫び、いまこそ精算すべきでしょう。


地に足をつける、とは大地に感謝すること。
大地に・自然に・その仲間たちに感謝の意を伝えずして、カネも幸せも引き寄せもありません。
最終的に自分自身にめぐってくるからこそ、心の底から湧き上がるありがたい氣持ちを大切にしたいのです。


すべての仲間とともに平穏に過ごせることに感謝の意を伝えます。
今日もありがとう。
感謝しています。
足るを知り感謝を忘れず。
ともに新しい世界を創造して参りましょう。


【Harf minute Imaging】は、
約30秒間のFix Video。大自然とわたしの会話時間。この場の心の響きを感じていただけますと嬉しく思います。

何を意識し何にフォーカスしていますか

ラテアートイメージ photo 宮本章光

「意識」だとか「フォーカス」だとか。
かなり疲れが出てきている頃ではないでしょうか。

急激に心の世界を探究し始めたここ数年。無理をして急いだところで、目の前の風景は何ら変わらないはずです。
まさに七草粥で胃腸を癒すがごとく、心も緩く解放してあげる時期なのかもしれません。
慌てずに、はんなりとお過ごしになりますよう。


この半年ほどは、下書きも一切行わず、画面を開くと勝手に天から文字が降りてきます。いえ、そこまで言うと嘘になるかもしれませんが、先日のようにまるで自動書記かと思われるレベルで勝手に湧き出す場合もあるので、あながち嘘とも言えません。

ここで心の世界と写真のフィールドでの対比なんぞを書いてみます。
(はい、今日もほぼ自動書記に近い感覚で降りてきて記事になっています!
いきなり書き始めて、いま一氣にタイピングしています。
それに、この作業部屋の天井裏や壁面、あらゆるところで派手にラップ音が響き渡っています。今朝も派手に鳴っていました。今日は何か特別です。)

【何を意識するのか】
望ましい未来を。
写真ならば、ラテアートの美しいデザインとその香りと。そしてその雰囲気を醸し出すおしゃれなカフェの佇まいと。

【どこにフォーカスするのか】
望ましい未来を実現する・すでに実現している風景を。
写真ならば、ラテアートの美しいデザインの「その一点」に。

【何が実現するのか】
自分が望む世界が現実という名で目の前に具現化します。
写真ならば、この一枚が画像データとして残ります。



写真において「自分の望むものが現実になる」
とは、
この香り高いラテとその印象的な描画のコラボを楽しむ、おしゃれなカフェ。
その場その時間を楽しんでいる。
その時間と体験を求めてそのお店に入り、その希望を実現させている。
という展開です。

心の世界において「自分の望むものが現実になる」
とは、
自分が意識し、そこにフォーカスしているもの。そのもの・コトが現実になってゆきます。
だからこそ、
何を意識し、何を感じ、何を生み出すのか。
こういう仕組みだと激しく納得するわけですね。


「発言に氣をつける・責任を持つ。」
そうした時代から、
「意識すること・心に描くこと」に意識を巡らせ責任を持つ。へ。

いま、何を意識し、何にフォーカスしていますか。
それが現実になってゆきます。
自分が意識するもの・そのエネルギーが現実を創り出すのです。

もう、消滅が確定しているタイムラインにある、旧来のエネルギーを後生大事に抱え続ける必要はないでしょう。

今日も上から一氣に降りてきました。
何か不思議な力。
ありがとうございます。

この場で、ともに同じ方向のエネルギーを束ねていただけるみなさま。あらためて貴重なご縁に感謝申し上げます。
併せて、常に強力な導きのエネルギーを送り続けていただく諸先輩方・高次存在への感謝の言葉を忘れぬように。
ありがとうございます。感謝しています。

弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。

右手?左手?みかんを口に運ぶ手はどちら

早稲みかん photo 宮本章光

本日もお越しくださいましてありがとうございます。


いきなりタイトルで釣ってしまう意図はありませんが、このところ体感していること、それが「みかんを食べる手」によって味が変わるように感じることです。

「氣のせい」(=思い過ごしの意)でしょ?
そんなこと、あるわけないやろ!

はい、いきなりそんな声が聞こえてきそうです。
ですが、何回も・何日も、同じ感覚があることです。
個人的な感覚に過ぎません。そして、取るに足りない戯言記事で申し訳ありません。とお断りしてこの先に続けます。


みかんの皮を剥いて口に運ぶのは、自分の指先でしょう。ほぼすべての方がそのように食べていることと思われます。
この時に、口に運ぶ指がどちらの手であるか。です。

右手(右指)で食べますと、
非常に「懐かしいような甘い感覚」、その昔に学校給食で出されたシロップ漬け缶詰みかんの「その奥にある果実の感覚」に似たようなイメージが強調されます。
左手(左指)で食べますと、
少々時間が経って、カビてくる直前のひね物感?とでもいうようなイメージがストレートに伝わってくるのです。
同じ一つの果実の中で、です。

もちろん、
植物であり農産物である以上、個体差があります。そして同じ一つの果実の中であっても、それぞれの袋ごとに味が違うのは当たり前かもしれません。
けれども、毎日、似たような感覚を感じることが増えたので、ここで記事に落とし込んでみました。

思うに、この体を構成するエネルギーループは、
左手を通して循環するエネルギーの特性と、右手を通して循環するエネルギーの特性。それぞれ反対の極性を持っているはずなので、その影響ではないだろうかと。
この場では、こうしたエネルギー論のオーソリティの方々が多数いらっしゃるので、素人が語るレベルにはありません。
が、
感覚的な部分、その、なんと言いますか、微妙な「違い」を感じることだけは確かなのです。
自分がこれまで直感や勘を重視して生きてきた、その勘の部分にピピっと訴える。とでも言いましょうか。そんな感覚の違いだと。


面白い時代になってきました。
そして、面白い感覚が「蘇って」きたような感じがしています。

果物は素晴らしいエネルギーを持っています。
伝わってきますでしょう。感じますでしょう。この質感から。
その美味しさとともに、いただける大きな力を。
果物は「食べてもらって出世する」ので、食べられることを喜ぶのだといいます。
ありがとうございます。


ちなみに、
朝食から小麦粉と乳製品(パンと牛乳)を断って、みかんだけに切り替えてから、もう何年も経ちました。
その直後から腸の調子は激変し、現在も何ら問題はありません。

激しい痛みでそのまま車椅子、ストレッチャー・入院。
あるいは、あと少し時間が遅ければ…。などと宣告された体験も、もう過去のもの。
ベッドに伏し天からの啓示を受けるために、その痛みと苦しさを体験したのだと思っています。
ゆえに、もうそうした苦しみを味わう必要はないのです。
いつまでも旧いタイムラインに存在する「苦あれば楽あり」論を語り続ける必要などありません。
学びのための体験を済ませたのですから、自分から脱出しましょう。
そのエネルギーから離れることです。

みなさま、借り物のこの体を大切に。
無用な負の因果を重ねませんように。

この場で、同じ方向へ同じ周波数を束ねられる皆さま。
日々、オリジナリティ溢れるメッセージをいただいています。
みんな美しく、どれも素晴らしい。
今日も心地よいエネルギーをお送りいただきありがとうございます。
感謝しています。

「どこかにある」のではなく創り出す・感じる

印象的な大空の風景 photo 宮本章光

今日、四日。そろそろ平常サイクルに戻った方々も多いのではないでしょうか。
しばらくwebから離れていましたので、久々にサラッと流してみて感じたこと。
それは、
なんだか浮ついてるな〜。という感じのエネルギーと、
しっかり地に足がついてきたよね〜。といった感じの存在と、
明確にその差を感じられるようになってきたことです。

今年は、多極化の年。と言われてきた意味がよく分かります。
なるほど、人それぞれ、御霊(身霊相応)相応の道を歩む。と語られてきた通りに展開している感覚です。


望ましいエネルギーを引き寄せよう。
ポジティブな現実を創ろう。
勇ましい言葉や美しい響きに、一見すると、確かに心軽やかでワクワクするに違いありません。
ですがこれは、旧タイムラインのレイヤー上にあるように見えます。
「何か・どこかにあるもの」を引っ張ってくる印象だからです。

あるいは、同じベクトル上なのでしょう。
苦労は買ってでもせよ。苦しいことがあるからこそ幸せを掴めるんだ。
だから苦は美徳なんだ。そんなエネルギーを掴み続ける。

自らの心が現実という名の目の前を創るのですから、それをやっている限り永遠に自分自身が「製造元」であり続け、無限ループからの脱出が叶いません。
これは、こちらでご縁のあります方々は、もう卒業済みでしょうか。


他方、
膝を叩いて納得し、激しく頷く、そんな事例も多く目にするようになりました。
ポジティブごっこ遊びから、ようやく卒業できたのかもしれません。
はい、自分自身を含めて、ですね。

もう耳タコレベルかもしれません。あらためて膝を叩いて激しく納得するのは、
「何か・どこかにあるもの」を引っ張ってくるのではなく、自分が創り出すんだということ。
いえ、これは少々難しい言い方かもしれません。
「何か・どこかにあるもの」を引っ張ってくるのではなく、自分が「心の中で感じる」んだということ。

ある方の言葉を借りるのなら、
「幸せは、どこかにある」のではなく「幸せだと感じる心」こそが幸せなのだと。
モノを探す・どこかにあるものを手に入れるのではないのですね。


モノ社会・物質経済の延長線上にある思想。
それは、
豊かになるためにおカネを潤沢に手に入れて。という旧いレイヤー上の発想。
だから、引き寄せましょうね。といった論法。
これは、非常にフワっている・浮ついている感じがします。

新しいタイムライン上で新たに創り上げられる感覚は、
とめどなく溢れ出す感謝の氣持ち。
それは激しく心揺さぶられる大きな力。
湧き上がる感謝のエネルギーこそ、至高の力ではないかな、と感じるのです。
わたしたちの存在は、この体ではなくエネルギーとしての魂だからでしょう。

そして、
大地とともに大空に描き出されるアートから感じる、その強力なパワーに心が同期した瞬間に、感謝の氣持ちに変換される感覚が理解できるようになってきました。
だからこそ、
自然とともに生き、自然とともに歩むのだと。

地球の細胞としてのわたしたち「地球人の役目」とは、
このようにして「これから必要とされる望ましいエネルギー」を保持し増幅することなのだと、指し示してくれます。
ともにこのエネルギーを束ねてまいりましょう。

この場で、同じ方向へ同じ周波数を束ねられる皆さま。
日々、オリジナリティ溢れるメッセージをいただいています。
みんな美しく、どれも素晴らしい。
今日も心地よいエネルギーをお送りいただきありがとうございます。
感謝しています。
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