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宮本章光/宮本陽の視点「開闢」And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

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「もういい」でしょう

飯舘村あいの沢で泳ぐ冬の鳥たち photo 宮本章光

もういいでしょう。

この言葉、過去から何度綴ってきたことでしょう。
もういい。もう十分です。
ネガな感覚に転ばないよう注意しながら文字に落とし込みます。
いえ、そちらに転んでも、どちらでもいいはずです。
ですが、無理にそのエネルギーを選択する必要はない、という意味で。

【マジメとワル両方やって卒業】2022/05/26(Thu) [Link]
の時点で、心の中ではすでに完成形となっており卒業済みでした。
その後、約8ヶ月間。
フォーカス先は、目の前に残る物質社会を、目の前に結晶化した過去のエネルギーを「生き延び・消化するためだけ」に仕事をしているような感覚でしょうか。

何度も何度も、それは違う。それは違う。
目に見えるものを作ったのは自分だ。と、振り返っては捨てる、見返しては手放す。
そんな繰り返し。

でも、もう目に映るものも極端に減りました。
何も新たに探し回る必要は消滅しました。
ノイズは、ほぼ消えたと感じるレベルに減りました。

穏やかに。
静かに。
これから望むものを創造して参ります。

そして、
恵まれていること。
満ち足りていること。
何ら不足はなく、何らあらたに引き寄せる必要もなく。
十分に与えられていること。

すべてに感謝の意を伝えます。
ありがとうございます。


この場で、ともに同じ方向のエネルギーを束ねていただけるみなさま。あらためて貴重なご縁に感謝申し上げます。
併せて、常に強力な導きのエネルギーを送り続けていただく諸先輩方・高次存在への感謝の言葉を忘れぬように。
ありがとうございます。感謝しています。

弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。

感じようとしてみればこそ、感じ取ることができる。

飯舘で出会う冬の一コマ photo 宮本章光

数多く語り続けられています。
「感じようとしてみる」ならば「感じることができる。」

言葉を裏返してみます。
「感じようとしてみなければ、感じることはできない。」


何ら説明すら必要ないでしょう。
ところが、
わたしたちは、ベルトコンベア式に「口を開けて待っていれば自動的に流し込まれる」スタイルに慣れ、そしてその感覚に麻痺してしまったのかもしれません。

そこにあるもの。
そこから感じるもの。
自分からフォーカスを合わせてみませんか。

そんな感覚を大切に。

この場で、ともに同じ方向のエネルギーを束ねていただけるみなさま。あらためて貴重なご縁に感謝申し上げます。
併せて、常に強力な導きのエネルギーを送り続けていただく諸先輩方・高次存在への感謝の言葉を忘れぬように。
ありがとうございます。感謝しています。


弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。

今年2023の味噌作りに思う

さといらず青大豆2023 photo 宮本章光

今年も味噌作り。
いえ、わたしは素人なので写真を2枚撮って終わり。

昨年2022年の味噌はすばらしい出来栄えで「現時点での一年もの」の熟成がさらに進んでいます。



この体は「借り物」。
もう語り尽くされてきました。

病は故意に作り出され、それに呼び名をつけて治療という名の「薬」に頼り続けざるを得なくする仕組み。
マッチポンプならぬネガティブ無限ループ。
薬という魔法の粉や液体に化けた石油利権・医療利権の仕組みに氣がついた人から、そのループを抜けて行きます。
はい、ループに浸り続け、さらに学び続けるのも自分の意志、ご自身の判断です。

このところ急激に増加してきた感があります。
(自分の意識がそこに向いているからシンクロしてきたのだと思っています。もうそうしたエネルギーからは離れるようにしたく思います。)

余命宣告、自分は苦しんだんだ。
はい、大変なご経験なさったのですね。それは大変でしたでしょう。わたし自身もあと少し遅ければ...と言われ、鮮血やドス黒い血塊に背筋が凍りつきました。
問診直後からストレッチャーに寝かされそのまま入院という体験は一生忘れません。
そして、
次に傷めたら「切って捨てる」とまで宣告されました。それ、両親に作っていただいた大切な体の一部。そして天と地からお借りしている大切な体なのに。そう安易と捨てるだとか言うなよ。ってことです。

でもね、それは自分の食をはじめとする生活によって齎されたものです。
借り物の体の「最高管理責任者の責務」を果たさなかったから。
できなかった。のは、言い訳。できないのなら、できるように環境を変えるのが責任者の責務。

毎日満足に食事もできず、朝の5時半まで仕事し帰宅してシャワー浴びれば再び出勤。まともに眠ることさえできないので居眠り運転・事故多発。
そして体が悲鳴を上げました。
あるいは、そうでなくても過去因果の解消のために苦しんだ方もいらっしゃることは理解しています。

だから、です。
もうそうした体験は要らないのです。そこにフォーカスするのはやめましょう、と。
学びのために必要な体験をしたのですから、学び終えたのなら、もう要らないのです。
やめるとは、体によくないことをしない。ということ。
そして、そこに周波数を合わせること自体から離れるということ。

体が作られているのは「口にする食べ物」。
だからこそ、そこを見れば「その人」のすべてが見えるのです。どういった食べ物について語っているか、その時点で推して知るべし。いわずもがな。

食べることは、その食べ物としての生き物の「いのち」をいただくこと。
おかげさまで、わたしは生きてゆけます。ありがとう。
だから、
「いただきます・ごちそうさま」。
だから、
口にする食べ物には十分に意識を巡らせ感謝を忘れてはならないと、おばあちゃんに教えてもらったのです。

今年もすばらしい大豆さんに巡り会えてありがとう。
今年もすばらしいいのちに触れることができ感謝申し上げます。

この場で、ともに同じ方向のエネルギーを束ねていただけるみなさま。あらためて貴重なご縁に感謝申し上げます。
併せて、常に強力な導きのエネルギーを送り続けていただく諸先輩方・高次存在への感謝の言葉を忘れぬように。
ありがとうございます。感謝しています。

弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。

枝葉をdrasticに切り離す木々たちから学ぶこと

紅葉と飛行機雲の軌跡 photo 宮本章光

植物から学ぶこと。
それは本当に多いように感じています。

秋が訪れますと、枯葉として「体の一部」を切り離して冬を乗り越えます。
そして春に向かって、新たな芽を育みます。

もちろん、人間が同じことをするわけには行きません。
指先を…、など(文字として表すのは激しすぎるので…にて)とてもあり得ないわけで、ここは人間と植物を同じ土俵で語るのは適切ではないでしょう。
髪や爪などは、そうした感覚と似ているのかもしれませんが。

必要に迫られてなのか、またそういった仕組みだから当たり前だと流してしまうのか。それは個々人の自由で、そんなことをいちいち考えるなよ。
というのも自由に違いありません。
ただ、
「いつまでも旧来の思考」から脱出できない人間の「アタマの中」。
これだけは、植物のようにドラスティックに切り離すことも必要なのかもしれません。


暮れ(2022年12月)に、講演会講師業務でのご縁がありました、ある世話役の方との会話の中で。
「成功体験」が少ない人は物ごとに熱中するための「熱量」も少ない傾向がある。
そして、対になる言葉として、
「失敗体験」が多い人ほど、その失敗を勲章としていつまでも握りしめる。とも。巨大企業の中堅幹部の方の弁でした。

なるほど、
失敗による苦しい思い、恥ずかしい思い。そんなものあえて掲げて「俺はこんなに苦しんだんだぞ。ドヤ!偉いやろ!言うことを聞けよ!」的な意識がそこに見え隠れします。
ここ数年の混乱期に出没するようになった〇〇〇警察のような感覚なのかもしれません。
妙に納得してしまう自分の意識がそこにありました。


もう、そうした古いレイヤー上に残るエネルギーは捨ててしまいな。
いつまでも失敗談を勲章にするのは終わりにしな。
と、新しい風が吹き込んでいる今、枯葉・枯れ枝のごとくドラスティックに捨ててしまうことで「そこに空いた空間に新しいエネルギーが入ってくる」。
逆に言えば、捨てない限り、新しいレイヤーに乗り換えることが難しい、と理解できます。

枝葉をdrasticに切り離す木々たちから学ぶこと。
それは、過去に溜め込んだ勲章を捨てることかもしれません。
もうこれからの世の中には勲章は要らないのですから。

この場で、ともに同じ方向のエネルギーを束ねていただけるみなさま。あらためて貴重なご縁に感謝申し上げます。
併せて、常に強力な導きのエネルギーを送り続けていただく諸先輩方・高次存在への感謝の言葉を忘れぬように。
ありがとうございます。感謝しています。

弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。
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