流れにゆだねてみます

流れに委ねます。
逆らわずに。
逆風が押してくるのも、逆境がやってくるのも、
みんなすべて、自分が過去に創り出したもの。
タイムラグを伴って、そのリターンが届きました。
戻されるものは、良いこともよくないことも。
どれもみな、自分の放ったエネルギー。
どれもみな、自分の分身。
そう理解できればこそ、すべてに感謝を伝え、すべてに御礼を伝えます。
ありがとうございます。
素晴らしい仕組みと、それを教えてくれるこの地の学びへ。
恵まれています。
満ち足りています。
ありがとうございます。感謝しています。
弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。
ゆるく穏やかに

なんとなく。どことなく。
ゆるく穏やかに。
それで良いのではないでしょうか。
それで十分でしょう。
力んで、目一杯緊張感を保持している人々から、恐れにも似た張り詰めた空気が伝わってくることがあります。
---絶対に失敗は許されないんだ。
---必ず成功しなければならないんだ。
こういった印象の「念」のようなものが飛んでくることがあります。
三年前の自分であれば、背中の後からガツンと押さえ込まれただろうと思われる強い力。
もう、その周波数にチャネルを合わせなければ同期しないこと、そしてそのためには、どういった心を維持すれば良いのか。
ここまで理解ができたのではないだろうかと思っています。
緩やかに。
穏やかに。
それで良いのだと感じています。
これまで精一杯努力してきました。
もうあとは流れに任せるだけ。
「わたしは、まだまだです。」などといった謙遜も、もう不要でしょう。
その言葉の力によって「逆噴射」するだけですから。
いま一度。
緩く。静かに・穏やかに。
すべて与えられています。
すでに恵まれています。
満ち足りています。
ありがとうございます。
感謝しています。
「どちらかを選ぶ」から解放する

どちらか選ぶ。
選択の対象となるモノ・コトが存在する限り、いずれかを選ぶ必要が出てきます。
行くのか止まるのか。
右を向くのか左に向くのか。
無限にその「ペア」が発生する地。それがこの地・地球。
よって、
選択を「しない」という選択肢そのものが「存在しない」とされます。
選ぶことによる体験。
選んだことによる結果を経験する。
これがこの地の学び。
学び終えたのなら、自分自身をその選択の無限ループから解放してゆきます。
どちらも認め・尊重し・受け入れることにより、エネルギー的に平衡点(ニュートラル)に戻るのだとされます。
選択しないという選択肢は、「存在していなかったのではなく、その方法を知らなかっただけ。」だったのかもしれません。
どちらが導かれたとしても、それが自分の心が描き出した結果。
何を望み何を描くのかが重要だとされる理由でしょう。
いま。
このように選択そのものに「縛られる経験」と「そこから解放されるための必要なプロセス」を学んでいるのだと。
本当に何もかもが、すべてが学びでした。
選択そのものから解放されるところまで到達したなら、あとは「これから先に望む」ところへ焦点を合わせてゆきます。
入学試験問題、ある瞬間に「答えが導かれた」かのような、一氣に暗雲が消滅する感覚を味わいはじめています。
合格を確信する瞬間かもしれません。
貴重な体験をさせていただけたこと、ありがたく感謝申し上げます。
貴重な経験を積ませていただけたこと、とても嬉しく感謝しています。
ありがとうございます。
恵まれています。
満ち足りています。
ありがとうございます。感謝しています。
弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。
すべては学ぶために

すべては「学び」のために。
この花たち、今夜は、凍えた白いベールに覆われる体験をすることでしょう。
その冷たく白いドレスを纏うことで、元来、寒さに強い生命でありながらも「厳しい夜」を過ごすに違いありません。
植物でも、その体験を重ね「学ぶ」ために生きている。
そう氣づかせてくれる、今夜の純白のドレス。
すべては、体験を積み、味わい、学ぶためにこの地を経験していること。
貴重な体験に感謝の意を伝えます。
貴重な氣づきに感謝申し上げます。
ありがとうございます。
恵まれています。
満ち足りています。
ありがとうございます。感謝しています。
弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。