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宮本章光/宮本陽の視点「開闢」And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

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口にするもの(言葉・食べ物)に注意しなさい

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おばあちゃんの知恵袋シリーズ。
このところ意識から外れていたのですが、ふとした拍子に思い出したものがありますのでここに記します。

この場でも何度か触れてきましたが、大正生まれの祖母が50年以上も前に幼少のわたしに語った多くの言葉。
その中の一つから。


「口にすることに注意しなさい」
祖母が語ったのは、その瞬間には「言葉に対して」でした。

わたしの4歳年下の妹(一昨年2021年に、生まれ故郷の星に帰りました。)と、当時なんだかんだと言い合いをするのは日常茶飯事の風景でした。
小学生と就学前の子供の会話なので、取るに足りないことです。

この様子を横で見ていた祖母は、
「人のことを言わずに自分がどうしたいのかよく考えなさい」と。
そう、妹や兄が何をどう言おうと、自分は何を考え、何をしたいのか。
しっかりと自分の考えを持ちなさい、との意味だったとその時には理解したのでした。
ところが、その後すぐに続けて、
「口にする言葉には神様が宿る」(正確な言い回しはもう忘れてしまいましたが)
だから、汚い言葉や軽蔑するような内容の言葉を口にしないこと。と。

人のことを、とやかく言う以前に、言葉そのものに対して「言葉には言霊が宿るんだよ」だからもっともっと大切にしなさいよ。ということをわかりやすく教えてくれていたのでした。
よろしくない方向のエネルギーを言葉に込めると、それが作用するんだから氣をつけなさい。との指導だったのです。
この後にも、
そうやって言葉として放ったエネルギーは、形と時間を変えて自分に返ってくる。といったような、今でこそ十分に理解が可能な内容の発言もあったように記憶しています。
(機会があれば、これらもアーカイブしてゆきたいと思います。)

これが、「口にする言葉に氣をつける」という、とても大切な教えでした。
もう一つ。
「口にするものに氣をつける」は、食べ物に対しての内容についても、何度も何度も教えてくれていました。


口にするもの。
それは「発する言葉」だけではなく「自分の体に取り入れる食べ物」についても、しっかりと意識をしなさい。との教えでした。

上記記事のように、いわゆるTVCMで流れるような食品は避けるべきだよ。ということを伝えてくれました。
その理由は、こうした公の場では詳細には書き記すことが難しいので、上記記事内容から汲み取っていただけますと幸いです。

近年、このように「口にするもの」が、いったい何もので作られているのか。そしてそれを摂取することにより何が体内で起きているのか。
ここに関心をお持ちになる方が一氣に増えた感覚があります。
それだけ、個々人の意識が高まった証でしょう。

それなのに、
いまだに、ジャンクフード(それは、ファーストフードやコンビニ系も含まれるように思います)を、食べ続け、それをSNSで流している人たちを見ていますと、とても残念な感覚になるとともに、早く氣がつくといいね!早く変わるといいね!
と、心から波動を送るようにしています。

重ねて、
食べ物として命を捧げていただいている生き物に対しても感謝の氣持ちを忘れないように。
こうした、とても重要なことについても、しっかりと教えてくれたのでした。


わたしのおばあちゃんが50年以上も前に伝えてくれていたこと。
多くの人たちに届きますように。

あらゆるモノ・コト、そして仲間としての生命に。
感謝を伝える。それがこれからの生きる道だと確信しています。

何も望む必要などなく、何も求めることもなく。
ただ、恵まれていること・満ち足りていることに感謝を伝えます。
ようやく、その感覚を文字にすることが可能になったような氣がします。

(もし存命であれば100歳超えの)祖母にも、目に見えない世界へ心から御礼を伝えたく思います。
本当にありがとう。

自分で創り出します

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自分で創り出します。
自分の道を。

幸せをつかもう、などと思わなくていいはずです。
幸せを引き寄せよう、なんて必死にポジティブごっこしなくて良いはずです。
幸せとは、モノではなく、そう感じる心が創り出す「そのように感じる感覚」のことでしょう。
自分が望む近未来は、自分の意識で創り出したいものです。

そして、その前に、
いまここに生かせていただき、学ばせていただけることに感謝を。
大切な体をお借りして、体験を積ませていただけるのですから。

自分の道は、自分の心が描くエネルギーによって創り出します。
それが、永らく隠されスポイルされてきた、この地の本当の仕組みだったのですから。


あらゆるモノ・コト、そして仲間としての生命に。
感謝を伝える。それがこれからの生きる道だと確信しています。

何も望む必要などなく、何も求めることもなく。
ただ、恵まれていること・満ち足りていることに感謝を伝えます。
ようやく、その感覚を文字にすることが可能になったような氣がします。


恵まれています。
満ち足りています。
ありがとうございます。感謝申し上げます。
弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。

身の回りの音を消してみませんか

飯舘村村民の森あいの沢 photo 宮本章光

いま、この瞬間に、必要のない音が大量に溢れている。
いま、聞く必要がない音・音楽が大量に流れている。

音楽、そしてその記録制作に携わる人間として感じること。
それは、どれだけ有名な音楽であっても、どれだけ心に響く音楽であっても、それを必要としていない人に・必要がないタイミングで鳴らし続けるのは単なるノイズにしかならないだろうと感じることです。

確かに、音楽は鑑賞スタイル以外にBGMとして有用な事例は数多く、心が休まる音楽・音。そうした存在があるのは、とてもありがたいことに違いありません。
でも、
BGMありきになってしまっているように感じるのです。
音は、そして音楽は「ここで流れていて当たり前」。
鳴っていない状況という選択肢そのものが存在していない。
そんな世の中になってしまったのではないでしょうか。
そういった感覚自体「音や音楽に対する感覚が麻痺」した状態かもしれません。

音楽を・音を消してみる。
そして、部屋に鳴り響く時計が刻む秒針の音だけに耳を傾けてみる。
あるいは、
自然の中に響く、植物や多くの生き物の語りに意識を合わせてみます。

そんなもの聞こえるわけがない!と仰いますか?
実際に森の中に入り、そのように「意識をして能動的に行動」したでしょうか。
いや、何度も森に行ったことがあるし、その時に特に氣になる音などしなかった!
そんな声が聞こえてきます。
では、
次の自由になる時間にお出かけになってみてはいかがでしょう。

そこには、「こんなにも多くの音」が響き渡り、「こんなにも生命感を感じる音」に満ちていたんだ!と、驚くはずです。


氣のせい。という言葉が誤認識されてきたのと似ているかもしれません。
それは思い込みにすぎない、取るに足りないことだ。と刷り込まれてきました。
これこそが支配者による洗脳であったこと。
氣のせい、とは、氣というエネルギーが目に見えないレイヤーで影響を与え「そのエネルギーが作用していますよ」と、感じている状況を示していたはずです。

わたしたちは、
「当たり前」という言葉で語られるすべての事項に対して、「当たり前ではない」事象を考え・その状況を意識することさえもできなくなってしまったようです。

音や音楽が満ち溢れている生活。
それは、当たり前であって、併せてとても恵まれた環境には違いありません。
でも、それが「ノイズ」になってしまい、極めて重要な心のセンサーを台無しにしている可能性について、いま一度考えてみてたいと思うのです。

恵まれています。
満ち足りています。
ありがとうございます。感謝申し上げます。
弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。

それを共存と呼べるのか判らないけれど

名古屋駅前で出会う樹々 photo 宮本章光

大都会のど真ん中でも、植物の姿を目にすることができます。
それは、人工的に作られた植え込みであっても、その樹々は立派に生命を育んでいます。
ただ、
汚れた空気に触れ、よくない氣が満ちている環境で苦しんでいるかもしれません。

こうした仲間である樹々たちに意識を巡らせてみます。
最も辛いのは、根の周りをコンクリートやアスファルトで固めることでしょうか。そして、季節を問わず、イルミネーションの電飾で締め付けられ、その電流が起電する磁界により生命の波動を狂わされるリスクに晒されているのかもしれません。

都市部においても、植樹により自然環境を維持し拡大する。
とても大切なことだと思われます。ですが、本来そこに根付いていなかった樹々を、大都市圏の中心部に運び植え込むことが正しい道なのかどうか。もう一度、考えてみてもよいかもしれません。

彼ら、植物たちは、それでも、嫌な顔ひとつせず季節ごとに新芽を吹き花を咲かせ、わたしたちにその姿を披露してくれます。
都市計画に反対するわけではありませんので、そこで共存の意識を大切にするならば、せめてその美しい姿を維持している間に、感謝の氣持ちを心の中から伝えたいと思うのです。


この世、すべての生き物へ、感謝の心で接すること。
この世、すべてのモノにも固有の周波数による波動を保持するエネルギーがある限り、感謝の心を忘れたくないものだと。

あらゆるモノ・コト、そして仲間としての生命に。感謝を伝える。
それがこれからの生きる道だと確信しています。
何も望む必要などなく、何も求めることもなく。
ただ、恵まれていること・満ち足りていることに感謝を伝えます。
ようやく、その感覚を文字にすることが可能になったような氣がします。
ありがとうございます。

恵まれています。
満ち足りています。
ありがとうございます。感謝申し上げます。
弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。
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