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宮本章光/宮本陽の視点「開闢」And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

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そこに在るだけで・そこに居るだけで完成形

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そこに在るだけで。
そこに居るだけで。

こうした言葉とイメージが、日々随所に現れるようになってきました。
同じ周波数がうねりになって大きな振幅に拡大している感覚でしょうか。
共振現象が、至る所、あらゆる時間で起きているようです。

それは、もちろん植物だけではなく、さまざまな生き物すべてに対して。
そこに居るだけで。
そして、
そこに在るだけで。
生命ではないとされる「モノ」でも、物質形状を維持して存在している限り、内包されるエネルギーがあり固有の周波数を持っていること。
そこに存在感を感じる限り、エネルギーが発せられていると判ります。


そこに在るだけで。
そこに居るだけで。
すでに完全であり、すでに完成しています。

そこに存在するだけで。
そこに感じるだけで。
すべて満ち足りており、すべて恵まれています。

大きな振幅が大きな渦になり、それが時を形づくる。
その意味が、ようやく肌感覚に落とし込めるようになった氣がします。

ありがとうございます。
貴重な体をお借りして学ぶことができる素晴らしい体験に感謝申し上げます。

恵まれています。
満ち足りています。
弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。

もっともっと勘に委ねてみる

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もっともっと勘に委ねてみる。
何のこと?
といった感じですが、直感に響くものは、その内容もタイミングも意図せず降りてくるので、そこに任せてしまえば、答えが自動的に導かれます。
はい、わたしの人生、この連続です。

これに逆らえば、答えは出ないのでしょうか?
いや答えは出ます。必ず。
出るか・出ないか。ではなくて、望ましい結果になるか・ならないか。
この対(つい)だと思われます。

そして、これをもっともっと進めてみます。
進めるとは、さらに委ねるウエイトを高めるという感覚です。


「できる!と感じれば結果が出る。」
「できない!と感じたなら結果は望むものとは異なる。」
これだけです。

そうすれば、そのタイムラインが自分自身の意識によって創られてゆきます。
瞬間瞬間に描いている意識が、その結果を導いてゆきます。
一点の曇りもない、その心から願う意識が、その結果に書き換えて行きます。


もう多くの方々が経験しているはずです。
さっきまで腫れていた指先が、氣がつけば綺麗に治っている。
肩が上がらないほどひどい関節痛が、1日で消滅している。

これ、ご自身で体験・体感している人体実験ではないでしょうか。
その逆もあるでしょう。もう言葉には落とし込みませんが。


幼少の時期を思い出してみます。
その昔「痛いの痛いの飛んでいけ〜!」と、おばあちゃんに手を当ててもらった経験、ありませんか?きっとあるはずです。
手を当ててもらうとアラ不思議、その次の瞬間には「ホントに痛みが減少」したのではないでしょうか。
手を当てるから「手当てする」のですね。
この国の言葉と意識は綿密に結びついていること、あらためて素晴らしい国で生かせていただいていることに感謝するばかりです。

でも、痛みが飛んでいったはずなのに、その直後に「再び痛く」なりますよね。
「痛い痛い、怪我してる!」と、そこにフォーカスし続けるからでしょう。
ええ、実際にひどい怪我なら、その傷の度合いが、意識でレイヤーをひっくり返す力よりも激しいため、無理もありません。
もちろん、緊急を要する場合にはそんな悠長なことは言っていられませんので、それはそれで「物理次元の歩きかた」に基づいた処方は必要ですが。


委ねる。
結果が導かれる。
信用・信頼する。
さらに委ねる。
さらに任せる。

このループを無限に拡大し続けるなら、きっと本来備わっていた潜在能力を取り戻せるに違いありません。

弥生の月を迎え、花々は喜びに溢れる表情を創りはじめています。
わたしたち人間も、さらに望ましい近未来を創造してまいりましょう。

恵まれています。
満ち足りています。
ありがとうございます。感謝申し上げます。
弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。

この「学校」最後の課題が訪れているようです

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今日は氣温も急上昇、一氣に春めいてきました。
学年や年度変わりのシーズンを迎え、わたしたちの「心と精神性の卒業試験」も、人それぞれの胸の内にさまざまに訪れているようです。

人それぞれ、更なる浄化の波に激しく洗われる方もあれば、もはや安定域に到達し、感謝と慈愛の精神に溢れる時間と空間に浸っている方もあるでしょう。
個人的感覚に過ぎませんが、
卒業試験の大きなハードルは「お金」と「口にする食べ物」だと感じています。
今日ここでは、個々に触れることはしませんが、機会があれば掘り下げてみても良いのかな、とも感じています。


自分はどこに居るのか。どの段階に居るのか。
こうした感覚さえ、もうどうでもよいところまで到達しました。
人と比べる必要はなく、自分の感覚・直感に敏感であろうとするセンサー感度だけは上げておく。
これさえ忘れなければ、すべて満ち足りていることを感じられるはずです。

美しいこの地・地球の数多くの仲間と、心の中から会話を続け、より望ましく、より心地よい近未来を、自分自身で創り出す。
この境地に到達なさった方々と、ともに同じエネルギーを束ねて行きたいと願っています。

貴重なご縁、貴重なコミュニケーション。
そして、心通じる素敵な時間。
素晴らしい場での接点をありがとうございます。

恵まれています。
満ち足りています。
ありがとうございます。感謝申し上げます。
弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。

長大な輪廻をここで打ち切るために

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わたしたちは、いったいどれほど多くの回数、輪廻転生を繰り返してきたのでしょうか。
それを覚えていなくても、どことなく感じる感覚によってその長大で深遠な時間を認識できるのかもしれません。


時間がない。忙しい。
じっくり考えごとをする暇なんてないんだよ。
自分に向き合うことなんてとてもできないんだよ。

はい、確かに自分自身も経験をしてきました。
もう昔の話ではあります。
連日、会社へ戻るのは23時を回ってから。それから事務処理・稟議書。
山のように積まれた書類の処理で、氣がつけば朝の5時。
それでもキャリーオーバー。
大晦日も深夜まで机に向かい正月も出勤。休日なんて言葉は存在していません。

メールは毎日、数百通超え。しかもフィーチャーフォン(ガラケー)なので、時間がかかり返信すらできません。
その間に、その問い合わせどうなってんねん!とお叱りの電話着信。
留守着信も、毎日毎日、数百通を超えて着信先の確認すらできない始末。
もう目を通すことさえもできません。履歴を確認している間に、また着信。
携帯を手にすれば、また着信。そしてバッテリー切れ。
電源が切れると嬉しくなった感覚を思い出します。

氣が狂いそう。ではなく、実際に氣が狂いました。
満足に食事も摂ることができません。口にする時間がないのです。
事故も多発。山道の道路から転落しそうになったこと数知れず。
そして体は壊れました。
いえ、苦労自慢をする意図はありません。

時間がない。
現在でも、このように実際に体験している方もあるでしょう。
でも、その環境を脱出すれば「時間は作れる」のです。
言い換えれば、その会社を辞めてしまえば。

制限を自分で作ってしまうから。
限界を自分で設定してしまうから。
だから、時間がないのでしょう。
失敗をしたから言えます。


同じことだと思うのです。
目に見えないもの・コト。それを認識しようと意図して取り組まない限り。
webの情報を追っかけていても何も進歩は得られません。
頭でっかちの、情報過多な思考が膨らむだけ。
自分が制限を、自分が限界をキープしたままだからでしょう。

自然に接してみませんか。
自然や植物と会話してみたいでしょう。
それを意図的に取り組んでみようとしない限り、絶対に会話なんてできっこないのです。言葉を話すことはないのですから。
でも、
そこにある生命としてのエネルギーを感じてみようと、心を合わせるのです。

すると、何かしら感じるものがあるはずです。
それが、目に見えない生命のエネルギーだと思うのです。
わたしたちはすべての仲間とともにこの地で生きながらえることができています。

このような体験こそが、物質社会という支配者に仕組まれた枠組みの中で、本来の自分を取り戻すプロセスではないでしょうか。
そしてそこから脱出する手段ではないでしょうか。


いつになったらUBIが配られるんだ。
いつになったら緊急放送が流れるんだ。
そうやって意識をそこに合わせている限り、永遠に現実にはならないはずです。
なぜなら、
いつまでも待ち続けなければならない「現実として具現化しないエネルギー」にフォーカスが合ったままだから。
そして、自分自身がそのエネルギーを増幅し続けるから。

仕組みが理解できさえすれば、何を・どうすれば良いのか、いとも簡単に答えが出てきます。
だからこそ、すべてに感謝し、すべてを感じようと心を合わせてみる。
そのプロセスが必須だと判るはずです。

なのに、いつまでも、
幸せを引き寄せましょう、だとか、ワクワクして待とうだとか。
果ては、奴隷化の道具であったお金に感謝し続ける。
いえ、
その仕組みに対して感謝すればよいのです。そんな支配者の悪巧みに洗脳される体験をさせてくれてありがとう。勉強させてくれてありがとう。と。
苦しい体験をさせてくれてありがとう。と。
携帯のバッテリーが切れてありがとうも、心地よさという観点からは、同じエネルギーだったかもしれません。

悪の仕組みの道具に過ぎなかったお金そのものに感謝し続ける限り、そのエネルギーの火に油を注ぎ続ける。
そんな役回りをするのが今世の役目だったのでしょう。
人それぞれ。
わたしは早く脱出します。そう心から願いそれを現実化させたいと思います。


どれほど多くの輪廻を繰り返してきたことでしょう。
いま、舞台最後のクライマックスシーンを迎えているとされています。
え?セリフを忘れた?でしょうか。
それなら、アドリブで主旨にそって立ち回ろうじゃないですか。
いつまでも、誰かが台本を持って来てくれるのを待ちますか。
いつまで、救世主や白馬の王子様が現れ、その幕引きをしてくれるのを待ち続けますか。

恵まれています。
満ち足りています。
ありがとうございます。感謝申し上げます。
弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。
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