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宮本章光/宮本陽の視点「開闢」And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

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いまこの瞬間を心地よく過ごすために

中庭の風景 photo 宮本章光

今この瞬間を心地よく過ごしたい。
そのために、もっともっと、心の状態と体の感覚を受信するセンサー感度をあげてゆきます。

喜びも苦しみも、どちらもセットで体験できる稀有な環境に、自ら希望してやってきたわたしたちです。
感情がどちらか片側にシフトしているのであれば、その状況を認識し、それを楽しみたいものです。

苦労は買ってでもせよ。と語られてきました。
さまざまな体験を積むからこそ、その対極にある感情・感覚が磨かれる。
これは間違いではないでしょう。
困難を避けて通る。問題やハードルに取り組まずに逃げてしまう。
こうした行動は、貴重な体験をせぬまま通り過ぎることにより、学びを得られない、という意味で伝えられてきたのだと思います。

ですが、繰り返し述べられているように、
すでに数多く学び終え、糧として得られたのであれば、それをしっかりと心に刻み込んだあと、大切な体験をさせてくれてありがとう。と感謝を伝え、そこから離れればよいのだと。


不快なら、不快であるその状態を俯瞰し認識できればよい。
疲れたのなら、疲れの原因から離れ体を休める行動をとればよい。
要は、
「現在地を正確に認識する」ことが求められているのでしょう。

大切な借り物のこの体。
クルマなら、ちょっと異音が聞こえただけで非常に氣がかりで、隅から隅まで点検するでしょう。
それなのに、自らの体に対しては「向かい酒療法だ!度胸で乗り切れ!」的な、もはや古すぎる精神論を語り続け、マイナスポイントたる負の因果を重ねるばかり。
はい、
そうした「自分の体の取説」は持っていないことに加え、学校でも誰からも習ったことがないため無理もありません。


疲れたよ。不快だぞ。腹立たしい。
それなら、その状態を俯瞰する。その感覚を認識する。
その時点で、
次の向きは「左斜め10時の方向…」と、自動的に解決の道が見えてきます。
この段階で、
無理にポジティブにならなければならない。だとか、無理にワクワクしなければならない。
といったように、その瞬間の感覚をねじ曲げる必要はどこにもないはず。

力技で「…ねばならない」と、肩を張り詰めて構えてしまうことこそ、心にも体にも無理が発生する原因になるのではないかなと。


俯瞰し、その瞬間の大枠を認識し、状況を眺める。
無理をしない、とは、感情をねじ曲げる行為を「しない」ことだったのではないでしょうか。
この瞬間を心穏やかに、心地よく過ごしたい。
そのためには、
「状況認識センサー」をさらに磨く必要があるように感じます。
そして、
借り物の体の使い方という教科書がどこにも存在していないのですから、自分から「自分の取説」をアーカイブしてゆきたいものです。

恵まれています。
満ち足りています。
弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。

自分の色を知り、自分の色を広げる。

パンジービオラバイオレット photo 宮本章光

人それぞれ。
無理に人に合わせる必要がなかったことに目が覚めます。
しかし、
それは無駄ではなく、体験として、そして学びとして必要なプロセスでした。


「よい子ちゃん」で居る年月が長ければ長いほど、自分の色を知らない。
そんな感じかもしれません。
「よい子ちゃん」を選択することで、わたし自身は何度も失敗をしてきました。
その選択をすることで親の評価は高まるうえ、学校成績も常時トップクラス。
いえ、トップクラスどころではなくダントツのトップをキープしました。
ご近所の叔母さま方からも、顔を見るたびに「偉いね!すごいね!」といった言葉を掛けられ続けるのです。
世間は「それを良し」としたのですから、まさに「それが正しく・それが進むべき道」だと解釈したのでした。

ですが、
そうではない「道・選択肢」が見えた瞬間に、その愚かさに氣がつきます。
そして、
何をしたいのか。どこへ向いて進みたいのか。
この問いに対する回答が「まったく存在していないこと」に唖然とします。
自分の色をまったく知らない。
その過ちの重大さに恐怖さえ感じたのでした。

この段階で、ひとつの学びを達成します。
自分の色を知る。自分のキャラクターを認識する。
そして、それを発揮し披露し、自分の存在意義・存在価値を見いだしてゆく。
その自己実現こそがホンモノのワクワクの連続なのでした。
(いま流行りの、本当は全然そんな氣持ちではないのに無理にワクワクしましょう・引き寄せましょうなんて感覚とは根本的に違うのです。実体験があるからこそその差が明確に理解できます。)

そんな成長過程を歩んだからこそ学んだ、大変に貴重な経験でした。
このセットサイクルを3度も繰り返し、さらには体を壊滅的に壊すという失敗のオマケまで付いた、驚くべき折り紙付きのバ○野郎を地でやってしまった。それがわたしでした。


ここで植物に目を向けてみます。
バイオレットの色を自らのカラーとして備えている花が、突然、偉いね!すごいね!と褒められたなら「黄色い花」にチェンジするでしょうか。
あり得ないはずです。

人間は、「他人の評価」という名の甘い蜜に吸い寄せられるのでしょう。
もはやどうでもよい、そうした呪縛を自ら開放し、自分の色で周囲のエネルギーを満たしてゆく。
これこそが、いまから望む選択だと思っています。

まず自分の色を知り、そして、その色を拡大し続けてゆく。
そこに、自らの望ましい未来が創り出されるはずです。
「自分の色を知り、自分の色を広げる。」それは、いつかそのうちではなく今でしょう。

恵まれています。
満ち足りています。
弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。

咲いた・咲いた

クロッカスが開花 photo 宮本章光

歌を歌ってしまうような季節を迎えています。
心踊る空気が満たされています。

微笑ましい自然環境、梅や鳥たちに心和み一日のスタートダッシュ。
そして居心地のよい空間で貴重なご縁と一期一会の仕事を進めてきました。




そして、
戻ってきますと、一斉に開花した素晴らしい「仲間たち」が出迎えてくれます。

咲いた・咲いた。
みんな美しい。みんな素晴らしい。
ありがとうございます。

「これほどまでに満ち足りている今に感謝」し、
「ここまで素晴らしいこの瞬間を生かせていただいていることに感謝」するばかりです。
すべては、自分の心の中から生み出されていること。
あらためて感じる瞬間です。

いま、この瞬間が楽しくないとしても、その振り子を反対側に振り戻せばよいのだと。
誰でも、どちらにも振り子は振れるもの。
この地では、多くの仲間たちとともに学び成長してゆきます。
大丈夫、みんなひとりじゃない。

「これほどまでに満ち足りている今に感謝」し、
「ここまで素晴らしいこの瞬間を生かせていただいていることに感謝」したいと思います。

恵まれています。
満ち足りています。
弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。

ひっそりと、でもしっかりと。

クロッカスが開花2023年 photo 宮本章光

背が低くとも。
目立たなくても。
自分自身の精一杯、その瞬間瞬間を生きてゆく。


植物は、
苦しみがあるからこそ人生だ。これからも苦労し続けなければならない。などと言いません。
植物は、
お金に感謝し、より多くを引き寄せ、もっと豊かな生活をしよう。などとも言わないでしょう。

いま、自分にできる最善の姿を披露し、そしてその体験を重ねてゆきます。
もちろん、苦しいことが「起きるかもしれません」。
それは、突然の豪雨かもしれませんし、激しい気温の変化や強風により折れてしまうことかもしれません。
しかし、
それを苦あれば楽あり。などど美談にせず、何も言わず、何も後悔せず、あるがまま受け入れます。

人間の立場は、植物とは当然異なるでしょう。
苦しみを体験するからこそ、喜びも認識できる。その図式を否定するものではありません。
でも、頭の中で捏ねくり回し、自我の支配に囚われていることに氣づかず一生を終える(そして無限ループの輪廻から脱出できない)よりは、彼らの生き方は、より清く美しく、より学びを得ているのかもしれません。


そして。

その後、
美しさを精一杯披露したあとは、散ってゆきます。
それが彼らにとっての学びなのだと。


ひっそりと、でもしっかりと。
自分にできる精一杯の言葉と、精一杯のイメージと。
心の中から描きそれを伝えて行きたいと思います。

「これほどまでに満ち足りている今に感謝」し、
「ここまで素晴らしいこの瞬間を生かせていただいていることに感謝」したいと思います。

恵まれています。
満ち足りています。
弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。
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