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宮本章光/宮本陽の視点「開闢」And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

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自分の道を選択し、友とともに歩みます。

今年も多くの紫陽花とともに この画像はwebp形式での表示テスト運用を行っています。閲覧できない場合はお知らせ願えますと助かります。

静かに・穏やかに。
心は平静を保つようになりました。
旧世界のノイズは、自ら招き入れない限りほぼ見えなくなりました。
負の感情は、他の念に纏わりつかれない限り、統制可能レベルに落ち着きました。
もちろん、必要な負の波動は逃げずに受け止めます。


多くの生命、あらゆる生命。
それは、この地を体験するために生を受け、物理次元を学ぶ数多くの仲間たち。
それぞれに相応の「衣」をお借りし、相応のシナリオを経験してゆきます。

学び足りない者は、自身の選択により希望通りさらに追加の授業を受講します。
学び終えた者は、すでに選択した通りに新たな授業カリキュラムへ移行します。

人と同じ授業を受ける必要はありませんし、そうした旧い発想に囚われなくなったからこそ、静かに・穏やかに過ごすことができる。
これほど恵まれた時間はありません。
これほど満ち足りた感覚はないでしょう。


いま、新学期の新しい教室で、少し緊張しながら「会ったことのなかった・名前も知らなかった友人たち」と机を並べています。
同じ波長で、意識と感性を一(いつ)にできる友人の皆さま。
この素晴らしい仕組みと環境に、心の底から湧き上がる感謝の氣持ちを共に束ね、新しい教室と授業そのものを創り上げてゆこうではありませんか。
そして、
大自然という大きな友人をそこに加え、力と向きを整え、上昇を続ける螺旋模様を描きあげようではありませんか。


わたしたちは一人残らず、
みな恵まれています。
満ち足りています。
ありがとうございます。感謝申し上げます。
弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。

美しさのピークを知っている

美しく花開く釣鐘草 この画像はwebp形式での表示テスト運用を行っています。閲覧できない場合はお知らせ願えますと助かります。

美しさのピーク。
最も美しく見え、最高にその魅力を披露する瞬間。

植物に限らず、すべての生き物は、自らそのタイミングを知っています。
最高の瞬間を表現し、昆虫を初めとする他の生命とのコラボレーションを楽しむのです。
快く・心地よく・この上ない平穏な波動が、この地に波及してゆきます。

存在するだけで意味がある。
そこに生かされているだけで価値がある。
そのように語られる理由は、ここにあるはずです。


最高の瞬間とは、心が描き出す最大の恍惚波動エネルギーに違いありません。
この力が、目に見えない世界に「初めて生成され」それがこの世・この地にも波及してゆくのです。

初めて生成するのは、それを心に抱いた瞬間から。
わたしたち人間も、彼ら多くの生命が生み出す波長に合わせ、望ましい力を創造することによって、この地へも拡大・拡散したく思います。


仕組まれた苦しみの世界。
特定権力者に富が集中するよう造られた経済社会。
この枠組みを知ろうと情報を追い続ける、あるいは、それをより多くの者へ伝える必要があるのだと叫ぶことに集中し続けますと、「自らがその波動に同調し、その負の力をいつまでも増幅し続ける役目」を担ってしまうことに氣がつきます。

だからこそ、
一見「お花畑っぽく見える」であろう、もしくは「フワついて芯がない」ようにも感じられるかもしれない、その意識状態こそ、これから先に求められる望ましい心の持ちようなのだと理解すべき時期にまで、すでに到達しているのです。

一昨日にも記しました。
犬や猫は、権力者の支配構造・貨幣経済という牢獄や、宗教洗脳・教育洗脳、医療洗脳、歴史捏造に「何ら関与せず、意識せず」とも、この地に望ましいエネルギーを放ち、貢献しているわけです。
もちろん、人間社会とは同列に論議できないと十分に理解していますので、重ねて文字に連ねませんが、極めて重要なこと。
それは、意識をどこにフォーカスするのか。

そして、その合焦した先から生み出されるエネルギーが、この世の現実を創り出すその仕組みを知るならば、過去がどうであったは関係なく、これから先は「自分の心によって如何様にも創り上げられる」わけであり、それを実行するまでです。


美しさのピークを感じ、それを体現する。
その美しい生命、仲間たちの営みに心を合わせてゆきます。
美しさに同期した、わたしたちの心が創り出すエネルギーによってのみ、望ましい未来が創られることを忘れたくないものです。


わたしたちは一人残らず、
みな恵まれています。
満ち足りています。
ありがとうございます。感謝申し上げます。
弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。

まず味見(あじみ)してみませんか

葉牡丹が花開く この画像はwebp形式での表示テスト運用を行っています。閲覧できない場合はお知らせ願えますと助かります。

まず味見してみませんか。
まずは口に入れてどんな感覚になるでしょうか。

これ、
乳幼児が辿ってきた道ではないかと思うのです。

もちろん、毒を口にしてはなりませんし、体に害になるものも同様です。
(笑えない現実を目の前に突きつけられている現在の世の中ですが、そこにフォーカスしなければ、もう一切シンクロしませんので、別世界のお話になりました:現在そして近未来にはもはや創造されない世界となったことを実感しています。)

乳児の場合には、親が責任を持ってリスクを回避していると思われますし、成人の場合は、その分別は人生経験の中で培われてきたことでしょう。
ここまでは比喩表現なので、実際に「口にするかどうか」という感覚のお話ではなく、まず体験してはどうだろうか。という論旨です。


大人になり年齢を重ねるほど「頭でっかち」になり、まず考えるところから入る。
そして、理屈と理論に挟まれ身動きができなくなる事例、数多く見てきました。
その泥沼を回避する、あるいは抜け出すための教科書は、

-- 考えるよりまず動け
-- 悩むよりまず走れ
-- 意識するだけではなく行動せよ
このような感じでしょうか。

ただ、闇雲に動いてしまうと、それまで醸成したイメージのエネルギーが吹っ飛んでしまうのです。ですので、物理的な行動が伴う場合はそのイメージの延長線上において拡大できる行為に限る。という条件つきでしょうか。(個人的感覚・個人的体験)

わたし自身は、実際に肉体を使って行動してしまうと、まさに醸成・熟成しかかっていたパワーが瞬間に消滅するので、その前に「イメージの中でまず【味見】してみる」というプロセスをもう一段階経るように変えた途端に、受け取る感覚が激変しはじめました。
何も、実際に口に入れなくて良いですし、口に入れるものでなくて構わないのです。乳児期の口に入れて体験する感覚と同じだと感じています。
口に入れて味わってみたらどんな感じかな?(これ自体も食べ物ではなく比喩表現です)というところまでイメージを拡大するのです。
この味見そのものも「イメージの中」で、です。

この、もう一段階分、余分かもしれないとさえ感じる「心の中での味見」の工程を経ることによって、極めて現実的、且つ鮮明にそして鮮烈に感じることができるようになってきました。
要は、より明確にイメージをするプロセスを何段階も経ることにより、アウトプットの正確性向上を果たせるのではないかと思われるのです。


いま、心に描く・抱くものが目に見えないフィールドにエネルギーとして生じ、それがこの顕在界に影響を及ぼすということ。
続いて、時と形を変え、その力が戻ってくるという構造。
それこそが因果の仕組みに通ずるのだというところにまで理解が到達しますと、「まず心の中で味見をする」のは、そこに望ましいエネルギーを生み出す結果に繋がり、かなり重要性は高いはずだと感じるようになりました。

併せて、考えずに走れ…的な教科書は、決して間違いではなかったのでしょうが、物質次元特有の「物質社会地球の歩き方」だったのだな、とより理解が深まります。
そうして心の中に描くものが自分自身の現実となってゆきます。
より正確性を高めるためにも、まず、味見をする。

そう思えば、そのようになる。
当たり前の仕組み。
極めてシンプルな仕組み。
ここにさらに「味見して感じる」工程をプラスしてゆきます。

素晴らしい能力を与えていただきありがとうございます。
このうえないパワーを取り戻すことができたことに深く感謝いたします。

わたしたちは一人残らず、
みな恵まれています。
満ち足りています。
ありがとうございます。感謝申し上げます。
弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。

自然とともに生きる:Half minute Imaging:7


大自然の中に身を置き、その場の空気を呼吸を通して感じてみます。

植物は、わたしたちが生きるための礎となる「呼吸を助けてくれる」大切な仲間です。
この地の酸素が失われたなら、一瞬、一秒たりとも生きながらえることが叶いません。

こうした感覚を意識することなく毎日が過ごせること。
それこそが「幸せ」であることを忘れないで。
この当たり前を。
その無意識の日常を。


特定支配層によるピラミッド社会の底辺で生きてきた歴史。
そして、それが今も尚、継続していること。
その真実と現実を知ることは必要だったかもしれません。
でも、
「知らなくても」生きてきたのです。
それを知れ・知れ。知らなければならない!知るんだ!必ず知れよ!
ではなく、
「自らの心に描くエネルギーが現実を創り出す」そのことこそ、知らなければならないことだと感じます。

犬も猫も、ピラミッド社会も、権力者の仕組んだ社会構造も、どれも知らずとも生きているではないですか。
彼らは、
嫌なことも努力して・我慢して。
苦あれば楽あり。だから苦しむことも必要なんだ!
などと考えませんし、嫌なこと・嫌なところからはさっさとその場を離れますでしょう。
心地よさを追求しその氣持ち良さを感じる。
そこから望ましいエネルギーを生み出すことによってこの地球に、そして目に見えない世界へ貢献しているのです。

もちろん、人間社会で好き勝手をしたらいいんだ、という意味ではありません。
苦しいことを体験するからこそ、その対極にある悦びを実感するという学びを得られたのは貴重でした。
人は犬猫と同じではありませんし、社会規範も人との接点も大切にして生きてゆく必要はあります。
負のエネルギーを体験して学ぶ時代は終わったのですから、能書きを並べる時間があるならば、
その代わりに「心の中から望ましいエネルギーを生み出して」ゆきたいものです。
自分が心に描くエネルギーが現実になってゆくのですから。

そして、最も大切なこと。
それは、
感謝する心だと感じています。

酸素を胸一杯に吸い難なく呼吸できること、その環境・その無意識の日常に感謝する。
この大前提を忘れ去ってはならないでしょう。
これこそが幸せなのであり、そう感じる感覚こそが幸せの本質でしょう。
ここにこそ、最大級の感謝を捧げるべきだと感じます。

大自然・すべての仲間とともに平穏に過ごせることに感謝の意を伝えます。
今日もありがとう。
感謝しています。
足るを知り感謝を忘れず。
ともに新しい世界を創造して参りましょう。

わたしたちは一人残らず、
みな恵まれています。
満ち足りています。
ありがとうございます。感謝申し上げます。
弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。

【Harf minute Imaging】[Link]は、
約30秒間のFix Video。大自然とわたしの会話時間。この場の心の響きを感じていただけますと嬉しく思います。
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