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宮本章光/宮本陽の視点「開闢」And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

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視点を下げて初めて見えてくるもの

低いところへ流れる この画像はwebp形式での表示テスト運用を行っています。閲覧できない場合はお知らせ願えますと助かります。

この地においては、
水は高いところから低いところへ。
エネルギーも高いところから低いところへ流れるとされます。

この地は、その低い次元・物質社会を体験をする学校ですから、周囲を伺ってばかりでは、その波に飲みこまれたまま固着して抜け出せません。
自分にその氣がなくとも、自動的に低いところに流され捉えられてしまいます。
氣がついた時には、何段階もの階段を転げ落ちているかもしれません。
そして目が覚めます。


転げ落ちた自分の位置を俯瞰して感じるもの。
視点を下げたからこそ見えてくるもの。
それは、
エネルギー視点での相対的な自分の立ち位置、あるいは魂の成熟度合いとされる心の成長レベルだと思うのです。


もう一度、初めから登ってみよう。
そういった意識を持てたのなら、やり直しの旅も用意されているようですから、楽しみながら登りましょう。
他方、
悲観して抗ってしまいますと、水の流れは思いのほか強く激しく、足掻けば足掻くほどに流されて行きます。それも自分の意識が作り出しているのですから。

すでに、低い位置に身を置き学ぶという経験は「体験し尽くしたはず」ですから、もう一度やり直す必要はないのですね。
これを延々と無限ループの中でやっているのが、いまのわたしたち。


そこから抜け出したい!と、思うかどうか。
そして本心から願い、抜け出したあとの世界を明確に描いているかどうか。
願っていない=無限ループ居残り授業希望。となることを忘れないようにしたいものです。

成長・上昇し、流される前に初めに居たはずの上流に戻るために必要なエネルギーは、自動的にベルトコンベアーで運ばれてくることはありませんし、救世主や白馬の王子様が現れて助けてくれることもないでしょう。

意識をどこに合わせますか。
意識を何に持って行きますか。
視点を下げたからこそ見えてくるもの。そこから学んだこと。
そしてこの先に望むもの。
明確に描き続けましょう。それが自身の現実となってゆきます。

わたしたちは一人残らず、
みな恵まれています。
満ち足りています。
ありがとうございます。感謝申し上げます。
弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。

空間・空白・余白があるから伝わり・生み出せる

川辺で語る鳥たち この画像はwebp形式での表示テスト運用を行っています。閲覧できない場合はお知らせ願えますと助かります。

昨日の記事
【何も心配しなくてよい】[Link]
にいただいたコメントのように、
まさに、空白や空間、余白といったような、独特の「間(ま)」が存在するからこそ伝わるもの・伝わることがあるように感じています。


無駄を削減し効率を追求し続ける、経済成長という名の、実はピラミッド社会の底辺で、永遠に走らねばならない「リスの回転・回し車」のような役目。
もう終わりにしよう。
そう感じ、そのように自らの心が指し示すようになった人たちが、飛躍的に増えているはずです。

文明の大転換期。
宇宙のカレンダーは一寸の狂いも無くスケジュールに沿って進みます。
その切り替えのタイミングにおいては、振り子が反対側に振れ戻る時のように「一瞬停止する瞬間」があるでしょう。
ここで、すべての流れは瞬間的に停止し、一氣に逆方向へ動きます。

いま、この停止の瞬間ではないかと思っています。
そう感じていらっしゃる方々も多いでしょう。
ここで逆転のためのエネルギーを十分に蓄える必要があるはずです。
振り子ならば、物理的に位置エネルギーと運動エネルギーの最大値を保持し、それを放出することで反対方向へ逆転します。

わたしたちにとっての、そのエネルギーの保持状態とは、
「間」を取り「間」を感じることによる、平衡状態の認識ではないでしょうか。
そして、
この国で、この国の言葉が理解できるならば、その「間」という深淵な世界を必ずや感じることができるはずだと思っています。
先人は、この国の独特の言葉によって、それを伝えてくれていたのでしょう。

「間」「空白」「空間」。
余白や余裕を意図的に確保することで、そこに織り込まれた意図を感じる・伝える、という方法によって心の中から新たなエネルギーが生み出されてくること。間違いありません。
いかがでしょうか。
この地では、ほどなく逆転・巻き返しのスタートを切る瞬間を迎えるとされます。

ともに、望ましい世界を築いて参りましょう。
心の中に描くという手段を使いこなし、望ましい力を束ねることによって。
準備はできましたでしょうか。

わたしたちは一人残らず、
みな恵まれています。
満ち足りています。
ありがとうございます。感謝申し上げます。
弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。

心が「自動運転」してくれます

光り輝く野原の仲間 この画像はwebp形式での表示テスト運用を行っています。閲覧できない場合はお知らせ願えますと助かります。

パワーで無理に捻じ曲げる。
本心を偽って「ポジティブごっこ遊び」でフタをしてしまう。

失敗するのは、だいたいこの部分でしょうか。

ワクワクして引き寄せましょう…。
ドキドキして待ちましょう…。
ってそれ、無理にねじ曲げていませんか。

自然にそのようになりますね。
自然にそのように感じるようになりますでしょう。
この地点に到達しますと、それまでの心の動きが偽物で無理をしていたことに氣がつきます。

負の感情を「見て見ぬふり」をして、無理矢理フタをしてしまいます。
ワクワクしなければならない。
前向きな姿勢でいなければならない。
この段階を乗り越えますと、一氣に真新しい風景が広がります。
「自然にそのように感じるように」なり、
「自然に湧き上がるエネルギー」で溢れてゆきます。


「感謝の心」も同じでしょう。
感謝しなければならない…。
感謝の心を忘れてはならない…。
それ、無理に力技(ちからわざ)で捏ねくり回していませんか。

自然に感謝の心が生まれてきますね。
無限に感謝の氣持ちが溢れてくるようになりますでしょう。
この地点に到達しますと、それまでの心の動きが偽物で無理をしていたことに氣がつきます。

ねばならない。
でなければならない。
この段階を卒業しますと、一氣に溢れ出る感情が抑えきれないほど大きくなります。
「感謝せざるを得ない」大きな力が、心の底から止めどなく湧き上がってきます。


それもこれも、その段階を越えないと見えてこない風景ではないでしょうか。
階段は「自分の足で上がって初めて」これまで登ってきた「階下」が見えるのです。下からは上の階が見えないこと。
体験して初めて理解でき、その域に到達します。

理屈や理論ではなく、自然に湧き上がる。
この感覚、実際に理解し体感した者だけに許された感覚だと思われます。
「心が自動運転してくれる」
この感覚に至るまでは、まだ研修中の身かもしれません。

研修を終えるには、
無理に「フタ」をして負の力を押さえ込まない。
無理に「ごっこ遊び」をして捻じ曲げない。
そのまま、受け止め・受け入れ、尊重し認めてゆくことを。

晴れて研修を終えたなら「心が自動運転」してくれる爽快感、いえそれはもう恍惚感と書き換えたほうが適切なほどの強力なエネルギーとなって湧き上がってきます。
ともに、そのパワーを束ねて望ましい世界を創り上げましょう。
望む現実は、わたしたちの「心から創造」してゆくものですから。
湧き上がる感謝の氣持ちを。

わたしたちは一人残らず、
みな恵まれています。
満ち足りています。
ありがとうございます。感謝申し上げます。
弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。

ありがとうを伝えてゆく

一面に咲き誇るツツジの園 この画像はwebp形式での表示テスト運用を行っています。閲覧できない場合はお知らせ願えますと助かります。

冬があるから春を体感できます。
雨の日があるから晴天の空間を楽しめます。
そして、
光が差すから影が生じ、そこに物語が生まれます。

対比を感じ、それを楽しむ。
貴重な「衣」をお借りできるからこそ体験可能な、この地の学び。
貴重な「時間」を感じるからこそ体験可能な、この地の栄枯盛衰やドラマ。

理屈ではないのですね。
そして理論でもないのです。
感じていますでしょう。この悦びを。

感じたならば、それを言葉に落とし込み、表現してゆきます。
感じたからこそ、それを形に残し、伝えてゆきます。
頭で考えなくとも感じますでしょう。この歓びを。

ありがとう。
素晴らしい時間と素晴らしい体験に。

わたしたちは一人残らず、
みな恵まれています。
満ち足りています。
ありがとうございます。感謝申し上げます。
弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。
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