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宮本章光/宮本陽の視点「開闢」And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

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心の通ったご縁を大切に

チェリーセージホットリップス この画像はwebp形式での表示テスト運用を行っています。閲覧できない場合はお知らせ願えますと助かります。

窓の外は雨。
憂鬱な雨、それとも恵みの雨、浄化の雨でしょうか。
捉え方はひとそれぞれ。

理屈で「遊ぶ」この地の学校。
理論で「楽しむ」この世の地球。
わたしの心の中では、もうそういった類の力から離れたいと強くアピールし始めています。

ホットリップスの花言葉は「燃ゆる思い」「尊重」「知恵」だそうです。
心の通ったご縁を大切にしたく思います。
そして一期一会、数多くの貴重な体験に感謝いたします。

わたしたちは一人残らず、
みな恵まれています。
満ち足りています。
ありがとうございます。感謝申し上げます。
弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。

鯉の滝登りと鯉のぼり

空に泳ぐ鯉のぼり この画像はwebp形式での表示テスト運用を行っています。閲覧できない場合はお知らせ願えますと助かります。

縁起の良い「ならわし」でしょう。
端午の節句にこいのぼりを高く掲げる。

鯉の滝登りをイメージしているものだと思います。
それは、幾多のハードルを越え、どこまでも登り続ける人生そのもの。

思えば、これまで本当に数えきれない難関を突破してきました。
もちろん入試もそうですが。
仕事でも、日々の生活でも。
病院のベッドや苦痛・激しい痛みさえも。


登り続けましょう。
階段は、一段上がればもう一段、と、次々に連続して目の前に現れてきます。
それは、階下からは「その上にどれだけ続いているか」を見ることも認識することもできないために、そのように感じるのでしょう。
しかし、
階上からは、自分の足で登ってきた階下を認識することができます。

これまでの貴重な体験を糧として、これからも登り続けます。
そこに階段が出現する限り。
そして、
体験そのものを味わうことができる、この借り物の体を借用させていただける、この地の仕組みに感謝を忘れず。

わたしたちは一人残らず、
みな恵まれています。
満ち足りています。
ありがとうございます。感謝申し上げます。
弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。

神聖なる森に入る

山の中に佇む神聖なる池 この画像はwebp形式での表示テスト運用を行っています。閲覧できない場合はお知らせ願えますと助かります。

この数日間は、ほぼ全国的に晴天の様子です。
そう思えばそのようになるという仕組みですね。

多くの人たちが心に描く結果が、目の前の風景になります。
まさにその実証実験といった感覚で具現化が進んでいることを感じます。
この数年間の台風しかり。わたしたちが心に描くものが現実になる。
そのように証明されてきたのではないでしょうか。

もう理屈は沢山でしょう。
重ねての理論解説も満腹です。
何を心に描くのか。
何を心に抱くのか。
こうして、自分たち自身で望む現実を創り出してゆきます。


何度も何度も、繰り返して夢の中に出てくる風景があります。
(この写真とは異なりますが)
誰一人として足を踏み入れたことがない大自然、大きな山の中に入ってゆく夢。
新緑の色彩感が、あり得ないほどに鮮明で強烈な樹々がそこにあります。
とりわけ「緑色」が激しく鮮やかなのです。

(少しだけ専門用語を使うのをご容赦願って理解の一助としていただきたく)
「sRGB」に入り切らない「AdobeRGB」の色域にあるGreen ChanelのBrightnessだけを極端にPhotoshopで持ち上げたかのような印象です。

わずかに数歩だけ、その道のようになった谷間に歩みを進めますが、拒否されてしまいます。
「ここは神聖なる森」
「人は誰一人として入ったことはない」と。
そうした声が響くので、即座に後戻りをしてすぐにシーンが変わる。
そんなイメージです。今朝は鮮明に記憶していました。

そう言えば、
結構古い過去生では、ヨーロッパ・ベルギーあたりの森の中にある家に住んでいたと教えられた夢もありました。女性だった様子です。

現実の世界では、大自然に敬意を払って山に入ります。
小さい頃から慣れ親しみ、わたしを育てていただいた「この池」にも畏敬の念を捧げるのを忘れず。
素晴らしい環境を体験させていただきありがとうございます。
心から感謝申し上げます。

わたしたちは一人残らず、
みな恵まれています。
満ち足りています。
ありがとうございます。感謝申し上げます。
弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。

モノを持つのではなく感じることに

道端で出会う この画像はwebp形式での表示テスト運用を行っています。閲覧できない場合はお知らせ願えますと助かります。

幸せ探しの旅。
そんな名句が幅を利かせた時期もあったように思います。
でも、探しても見つからない。
幸せとは、モノを得ることではなく「そのように感じる心」そのものだから。

ようやく、ここまで到達したのではないでしょうか。


理論分析。理論武装。未来予測…。
その手法の延長線上にあるもの。それは、ほどなく崩壊することが決定しているとされます。
人智を超えた巨大な流れ、変えることのできない壮大な仕組みが働いています。
大地が変わり大空が変容してゆきます。認識できる規模・想像を遥かに超えて。
それは、物理的なモノの世界よりも、目に見えない世界にこそ激しく。

すでに「何となく」ではありますが、人の意識を感じられるようになっています。
「それとなく」ながら、良きも悪しきも含め、人が発する念さえも感じ取れるようになっています。
他の方が考えている思考、それは誰々の思考だと特定しなくても、そうして伝わってくるもの、心の力を感じることができるようになってきました。
ここでご縁のあります皆さまも、きっと同じ感覚でしょう。

旧い意識の枠組みに自分を閉じ込め、自分で杭を打って心の陣地を守り続ける。
もはや、人の心と認識力がここまで大きく変容していることに氣がつきません。
成長機会を自らスポイルし、そのレイヤーに居続ける選択も自由です。
ただ、
目に見えないから…。
webは匿名だから…。
そして、影で批判を重ねる。自分こそが正しいんだと。
このような旧来の意識の中で過ごしていますと、その波動そのものが他者へも伝わっていますし、もはや、そうした古いスタイルの意識を持ち続けられなくなっています。

その昔、小さいこどもの頃に、
隠れて、ちょっとした悪さをした経験、誰しもありますでしょう。
絶対バレない!と確信して、影に隠れて。
でも、大人にはしっかりバレていますね。これと同じ感覚だと感じています。

現在のこの大転換期、「モノ」から卒業する機会を与えていただいています。
「心」が担う部分の波動と波長に合致した力は、言葉も視覚も超越してシンクロする。という物理法則が昔から存在していたのです。
今に始まったことではなく、同じ周波数はシンクロする至極当然の物理法則。

これから先に必要とされるのは「心」で感じる「目に見えない力」であると、しっかり認識する時期に入りました。
影に隠れて悪さをしないことです。ものの見事に伝わってしまいます。
そして、
モノを持つことから、そして枠組みに縛り付ける意識から離れ、いかに心を豊かに育てられるかに比重を移してゆきます。
これこそが、自分の意識が自分の現実を創るという本質ですから。

わたしたちは一人残らず、
みな恵まれています。
満ち足りています。
ありがとうございます。感謝申し上げます。
弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。
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