アンド・エム宮本陽/宮本章光ブログヘッダーイメージ

宮本章光/宮本陽の視点「開闢」And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

Archives [All Entries:2877]

緊張を解放する・ノイズを見極める

IMG_7860_2023.webp

氣がつけば、肩が張り詰めている。
知らぬ間に、首が凝り固まっている。

体が緊張状態にあるのでしょう。
刺激やノイズが多すぎるのかもしれません。


センサーを磨いて!
と言う場合のセンサーは「心の中」にある感覚のことを語っており、周りのノイズに対する感度を上げてしまうと、辟易するばかりです。
あるいは、
「指向性」という言葉が、心にも適合するのかどうか不明ながら、感度の高い(最も合致する周波数が大きい・広い・強い)向きを選択する行動も必要でしょう。


自分の心は、自分だけしかコントロールできないことを再認識します。
周囲のノイズを盛大に取り込みますと、心の中もノイズで埋もれてしまいます。
感度を下げる必要もあるかもしれません。

疲労が表面化している感覚が伝わってきます。
リフレッシュしなければ!などと考えると、余計に緊張度合いが高まってしまうのではないでしょうか。


ゆっくりと、静かに。
広く、穏やかに。

遠くを眺めて心を洗ってください。
遠くに意識を飛ばして心を解放してください。

わたしたちは一人残らず、
みな恵まれています。
満ち足りています。
ありがとうございます。感謝申し上げます。
弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。

ひふみよい

IMG_8014_2023.webp

さまざまなご縁。貴重なご縁。
さまざまな繋がり。貴重なご厚意。
本当にありがとうございます。

「ひふみよい」
ここで、わたしがこと細かに説明をする力量を持ち合わせていないことに加え、その場でもないように思います。
よって、ここは「大地から伝わってくる大いなる力」を画像に落とし込み、その感触を載せてみたい。そのように感じます。

ひ:光
ふ:風
み:水
よ:命
い:現象・具現化
と解説されることが多いはずです。
もちろん、諸説あり、また学派・流派のようなものもあるでしょう。それぞれを検証する目的はありませんので、ここで一旦終止符を打ちます。


大昔、わたしたちの起源に遡ると、食べ物は口から摂り入れていなかったのかもしれません。
その元素たる構成要素から、万物が生みだされる。
ということは、
植物が行う「光合成」の仕組みのようなエネルギーフローを持ち、大地や空間からエネルギーを摂り入れていたのでしょうか。

少し論点が離れてしまいますが、小学生時代にとても不思議だと感じていたこと。
それは、
「赤や黄色の色鮮やかな花の色は、その色素がどこから生み出されるのか?」
「ニワトリの卵の殻は、そんな多くのカルシウムがどこからやってくるのか?」
まさに小学生ならでは、といった疑問点でした。
おそらく、何らかの作文の片隅に文字として残したような記憶がありますが、いまとなっては定かではありません。

こうした「どここらやってくるのか?」の疑問に対する回答が、まさに「ひふみよい」なのかもしれません。


この画像のような、何氣なく通り過ぎる山道。
スポットライト照明のごとく光が当たり、「ここに注目して!」とシグナルを送ってきます。
立ち止まり、その場にかがみ込み、大地に意識を合わせてゆきます。

姿勢を下げたからこそ、大地の匂いが伝わってきます。
意識を合わせたからこそ、木々の輪廻たる落ち葉の匂いを感じられます。

伝わってきますでしょう。
その「氣高い」とでも言うべき崇高な生命の営みの一つひとつの力が。
その「質感」とも例えられるような土の感触が。
その何か分からないながらも、ここに生命の起源があったはずだと感じる力が。
その昔、土で遊んだ記憶が鮮明に甦りませんか。


ここまで意識のフォーカスを集中させて行きますと、この大地が生み出す無限とも思える、膨大な力の片鱗を感じ・受け取ることができるようになります。
わたしは、
心のエネルギー不足や枯渇を感じた時には、こうした仲間からチャージさせていただいてきました。

もう但し書きは要らないでしょう。
そんなこと、アタマのおかしな人間の言うことだ。だとか。
こうした言葉はもう要りません。
同じ感覚を持つ人たちが、飛躍的に増えているでしょう。
同じ感性で受け取れる人たちが、一氣に増えていますでしょう。

素晴らしい自然と、素晴らしい仲間に、あらためて感謝申し上げます。
本当にありがとうございます。

わたしたちは一人残らず、
みな恵まれています。
満ち足りています。
弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。

仲間に会い仲間とともに歩む

市街地を臨む photo 宮本章光

エネルギーが不足したら、あるいは枯渇したら、仲間に会いに行きます。
そこにも、あそこにも。
多くの友に・仲間たちに。

忙しすぎてそんなヒマがない?かもしれません。
それなら、
それが実現するよう動けば良い。という答えが導かれます。
一週間や1ヶ月だとか、そんなスパンではなく、もっと長期計画を立てれば必ず実現するはずです。
そこに意識が及ばないときもあります。よく判ります。
初っ端から「撒菱(まきびし)」を放り投げる意図はありませんので、穏やかに進めます。


わたし自身、2002年から2004年頃は、生きているのが不思議なほどの日々を送っていました。
ですが、現在2023年。あれから40年…ならぬ20年。
いつでも「仲間」に会おうと思えば会える環境が実現しています。

そう願い、
そのように明確に実現するよう心に描く。
そして、
もちろん、実際に行動は必要です。
しかし、それは汗水垂らす労働を重ねる、という意味ではなく。


あるいは、心という名のリュックの中に、不要な昔の荷物を溜め込んでいると、そこに入るべき荷物が入りません。
過去、営業車を与えられていた企業での在籍時代には、いつか役に立つだろう、と、多くのサンプルや見本をトランクに入れていました。
ですが、
長期間の振動で破損したり傷がついたり。その「いつか役に立つ」はずの、必要な期に及んで、肝心の役目を果たせない形状になっていました。

本当に必要ならば、「明日お持ちします」と言えばそれで済む。
そのために信頼関係を築いてきたはず。
結局は、それが不要な荷物であったことに氣がつきます。当時はそんなことさえ理解できず、そこに氣がつくことさえできませんでした。


その空間を確保すれば、そこに新たな要素が流れ込みます。
自動的に。
すべて「人体実験」してきました。

そして、いま。
ようやく到達したところにある答え。それは、何度も繰り返し綴っています、
「自分の未来は自分の心から創り上げる。」ことでした。
併せて、
自分ひとりだけの力では足りないことも。
その仲間は、もちろん家族もあり、また関係ある方々とのご縁もあるでしょう。
さらに意識すべきは、その仲間は「自然界に存在する生命」であること。

頼れば、頼めば、必ず答えが導かれます。大自然には、それだけの力が存在しています。
なぜなら、彼らも共にこの地で学ぶ仲間だから。
同じ周波数と同じ螺旋・ベクトルに合致したならば、必ずそこに大きな力を生じます。それが法則だから。

そんな時代に突入しています。
素晴らしい時代を迎え、さらに貴重な体験を積むことができる。
ありがとうございます。

わたしたちは一人残らず、
みな恵まれています。
満ち足りています。
ありがとうございます。感謝申し上げます。
弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。

見えないところにも多くの魅力が

Iitate2020_img_0605P.webp

少し難しい標題になったかもしれません。
見えるものと見えないもの。
もう、この外枠を語る必要はないと思いますので、ここでは触れません。

例えば、人に対する印象。
「〇〇さんは、こんな人。こんな〇〇なイメージ。」
「□□さんは、こんな感じ。こういう人。」

自分のモノサシで測って「その人の人格やサイズ」を勝手に決めてしまいます。
ある人を「100のものを持っているとしたら、そのうち85くらいまでは知ってるよ。親しいからね。それに長い付き合いだし。」という判断をします。
でも、
実際には、その人は100どころか、10,000も1,000,000もの奥深さをお持ちではないかな、と。
以前にも少し触れたように思います。


同じことが、人に対する認識以外にも、さまざまな部分で存在しているはずです。
考え方や思想など当然のごとく。そして、その対象がモノであっても。
だから、もっともっと尊重する心を忘れたくないもの。そう感じます。

この範囲で見えるもの以外にも、
--- 頬を柔らかくかすめる春風の香り。
--- 穏やかに響く小鳥たちのさえずり。
こうしたところにも意識を巡らせてみたいと思うのです。
もちろん、それらは見えません。記録もされていません。

そのためには、
見えない部分=その場・その瞬間の現地に居るかのように想像力を高めてみます。
これこそが、単なるイメージトレーニングにとどまらず、これからの世に必要とされる感覚・感性ではないかと思っています。


それぞれを尊重し、認め、そしてお互いに心の中でコミュニケーションする。
もちろん、自分と同じ感覚である必要はありませんし、それこそが尊重という本質だと思われます。
こうした感覚を持ち続けていると、いつのまにか「大自然と会話」できるようになっていることに氣がつきます。
いえ、言葉を介してではありません。心に伝わってくる感覚によってですね。

そして、目に見えない部分にも、多くの、そして大きな魅力が存在していることに理解が追いつきます。
素晴らしいではないですか。
その環境に、そして、その感覚を取り戻しつつある現在のわたしたち自身に、感謝の感情が満ちてきます。

自分の望む現実は、自分の心が創り出す。
その素晴らしい仕組みに。

わたしたちは一人残らず、
みな恵まれています。
満ち足りています。
ありがとうございます。感謝申し上げます。
弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。
105812727
rss_logo

New Entries

Archives / Serch

Categories