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宮本章光/宮本陽の視点「開闢」And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

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生きている証・生きているからこそ感じるもの

新緑のエネルギーを受け取る photo 宮本章光

同じ場所、同じ時間帯であっても、二つと同じ表情を見せることはありません。
それが、生きものの姿。
それが、生きている証。


天候の影響や社会的混乱の影響を受け、体調悪化を招いたり、心の安定を欠く方々が散見されます。
でも、それを排除せずに、その状態を味わいます。

とんでもない!と、お叱りを受けるかもしれません。
もちろんわたし自身、一日の中でも大きな波がありますし、激しい肩こりや頭痛、あるいは、食べ物を受け付けないほどの状態に苛まれている最中に「味わえ!」などといった言葉は浮かんできません。
一刻も早くその状態を脱したいと願うのは当然です。

しかし、
それを招いているのは、自分の心であることを思い出してみます。
昨日、一昨日の二記事にお付き合いいただいた方には、十分に通じるはずだと思っています。



1.まず初めに「心に描く」。
2.続いて「言葉」に落とし込む。
3.最後に「行動」あり。

です。

これを、延々、自分自身が人体実験をしてきたからこそ記しています。

初めに「自分が生み出した」もの。
その心の中にあるもの。
ここを解決してみたいと思うのです。
例えがよくありませんが、生ゴミに消臭スプレーを吹きまくっても根本の解決にならないのと同じでしょう。

そして、その心という根本が「よくない方向に振れてしまう」その大きな原因の一つとして考えられるもの。
これも何度も何度も綴ってきました。
「口にする食べ物」によって、多大な影響を受けていることを。

(今日はここで食べ物に触れませんが)一度、落ち着いてこのあたりをよく考えてみる時間を持ってみてはいかがでしょう。
忙しさに追われ続け、そして行き着く先は、冷たく固い板の上に一人寂しく伏すことになるのですから。


生きている証。
同じ作業をやっても、同じ道を歩いても、日々感じることはまったく異なりますでしょう。それが生きている、という証明なのですね。
この体をお借りし、感じるその感覚を味わってみたい!と自分から希望してやってきたのです。

明るく・穏やかに。
静かに・滑らかに。

雨のあとは晴天がやってきます。
痛みのあとは、軽快な心地よさがやってくるに違いありません。

わたしたちは一人残らず、
みな恵まれています。
満ち足りています。
ありがとうございます。感謝申し上げます。
弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。

「想い」と「言葉」と「行動」と

陽の光と木々と青空と photo 宮本章光

このところ、少々重い内容が続いていますが、それもまた必然なのでしょう。
お付き合いいただく皆さま、本当にありがとうございます。

ちなみに、今日もサラッと流すつもりではあります。


●1.
まず「想い」がありき。
心の中に抱く、描く、思う・願う。

この時点で、目に見えない世界に「自分がエネルギーを生み出し」ました。

--
疲れた。忙しすぎる。苦しい。
美しい。素晴らしい。ありがとう。
--
どちらを選択するのかは、人それぞれ。そしてそのシチュエーション次第。
決して変わらないのは、
ともに等しく、見えない世界に「自分自身が創り出している」ことです。


●2.
続いて「言葉」という媒体に、その思いを落とし込みます。
体をお借りした状態で、この物質次元に「言葉」として生み出しました。
物質化はしていませんが、言葉という波動がこの世界に生み出されたのです。

--
疲れた・苦しい=体調不良や疲労感として具体的な痛みや嫌悪感を生み出す。
美しい・ありがとう=感動と感謝の恍惚感に至る強力な力を生み出す。
--
どちらを選択するのかは、人それぞれ。そしてそのシチュエーション次第。
ところが、
これからの世にはどちらが必要であるかという、決定的な差異が存在します。
過去には(現在もなお継続中)両極ともにセットでなければ存在できない、この地・この物質次元でした。
ですが、これから先のロードマップには、これらセットでなければならないラボ(実験室)やスクール(学びの地)は閉鎖や廃校とする、とされ、旧態依然とした負の意識を顕在化させる場所ではなくなった、と決定し宣言されていることです。


●3.
最後に「行動」によって具現化・物質化してゆきます。
同じく、お借りして体験させていただく「体という名の衣」に、その言葉として生じたエネルギーを顕在化させ、体験してゆきます。
併せて、そのエネルギーを集合意識として、この地に波及させ拡散させてゆきます。それが正・負いずれであっても、因果の法則により、そのポイントがザクザク貯まってゆくことになります。


ここまでトレースしてみて、動け・走れ・行動せよ。それが答えだ!といった発言が、如何に短絡的であるかを思い知ります。
もちろん、
動くこと・行動することは物質社会に存在し生きている限りは避けて通れません。
動かぬことには、顕現化した物質に変化は生じないわけですから。
ただ、
それは、体を使って走り回ることだけではなく、多くの方が既に語られていますように、メモに記す、だとか、キーボード経由でデジタルデータに残すことも「行動」であることを忘れてはならないはずです。
そして最も重要なポイントは、
それは、最後の3番目に行うことであり、それ以前の2番目・1番目をスキップしていては、絶対に答えが出せない根本的な部分。ここが抜け落ちてしまっているかもしれませんよ、ということなのです。


以前にも試行したことがありますが、この3番から逆に発想してみます。
すると、
望ましい結果=物質化・顕在化した体験を得たいとするならば、1番である「思い」の段階を変えない限り、根本からは変えられない仕組みだということ。
いとも簡単に、そのフローがシミュレートできるのです。
それなのに…。
3番目だけを近視眼的にフォーカスしている限り、何も変えられません。
見た目だけは変化が生じるでしょうが、すぐ逆戻りしてしまうのです。


忙しい!・苦しい!
怒り・恐怖を抱き続ける…。
ああ、病気になるかも?
そして、医療というこれまた仕組まれた泥沼へ、底無し沼へ吸い込まれるのです。

その心、その氣持ちの先にあるもの。
わたしの場合は、そこには冷たいシーツと点滴、内臓を切って捨てると宣言される事象が具現化していました。
妹の場合には、病名・薬名、それに手術という数多くの名を連ねた「病気の総合商社」の地位を得て、54の歳に星に帰ったのでした。

またまた今晩も突っ走ってしまいそうなので、ここでピリオドを。


「想い」と「言葉」と「行動」と。
この地、この学びと体験のための物理次元・物質社会においては、この順序でなければ、望む結果が導き出せないこと。
あらためて、自らの心に問い、答えを生み出す瞬間を迎えています。

わたしたちは一人残らず、
みな恵まれています。
満ち足りています。
ありがとうございます。感謝申し上げます。
弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。

自分が「何を生み出して」いるのかを知る

朽ちた木の案内看板 photo 宮本章光

この標題を掲げてしまうと、無限に書き連ねてしまいそうなため、今回は触りの部分だけで抑えようと思います。
まず初めに自制の意味を兼ねて。


台風3号が明日にも発生するらしい。熱低から格上げだそうだ。
この一つのセンテンスで、何を感じますでしょうか。

「へぇそうかい。大したことないさ。」
「どうせ、また操作して作ってさ。もう目が覚めた人が多いから、その集合意識が発動して大したことにはならねえよ。」

こういった感覚でスルーできれば、ことなきを得る可能性が高いかもしれません。
他方、
-- 困ったな、週末には〇〇があるんだけど。
-- それはいかん、常備薬を切らしてたから。
-- 次は、何か巨大な感じで怖いかも。被害が心配…。

この意識。
どれにしても「大きな深刻さに至る」ほどまでの負の感情、ではないかもしれません。
ですが、
その大きさ如何に関わらず、負の感情・負の意識は、目に見えないフィールドに想念として「同じく負のエネルギー」を発生させていること。
ここにまで意識を巡らせる必要があると理解できた方が多いはずなのです。

あるいは、
すべての国民が、多くの仲間が、大きな被害もなく過ごせますように。と祈る。
これなら問題ないよね?
さて、どうでしょうか。

これは、もしかするとグレイゾーンかもしれません。
大きな被害…というイメージ、そしてその言葉の持つ負の力が、完全白紙状態だったフィールドに生まれてしまいました。

生み出したのは、あなた。
心に描く。心に抱く。それがプラス or マイナスの力として「何もなかったところへ発生させた」ことになりませんか。


世の中、故意に「負の力を生じる」ように仕向けられています。
だから、MSM(Main Stream Media)から離れたのでしたね。
だから、波長の合わないSNSからは距離をおいたのでしょう。

それは、明確に意識できる目の前の感覚、その物質的実体の有無ではなく、客観視することが可能な対象という意味で、感覚的に「掴むことができる」対象でしょう。
しかしながら、
みんなが安全に…。の発想の延長線上にある「容易に掴めないような」感覚。
それは、まさに「世界が平和であるように祈る」といったような対象も該当するだろうと思われますが、これこそが「隠れネガティブ」とでも言うべき、要注意ワードであり、取り扱い注意な意識だと思われるのです。


よく引き寄せの界隈で語られていますでしょう。
「もっと裕福になりたい」と強く願う。
でも、これは「現状が裕福ではない状態であると潜在意識に刻み続けている」から、いつまでたっても実現しない。というアレです。

小学校の教科書の中にもありました。
「仲間はずれ」を取り扱ったような内容のもの。
みんな仲良くしましょう。と教える。
それは必要であり素晴らしい教えには違いありません。学ぶ必要はありました。
けれども、
その裏側に「いじめ」に代表されるような負の感情が満載なのです。
そこに「意図的にシンクロするように」作られています。
そして、負の力を、目に見えないフィールドに盛大に発生させてきました。
教育という仕組み自体が、洗脳と隷属化のための一つのエレメントなのですから当然かもしれませんが。


このまま突っ走ると夜が明けてしまいそうなので、スローダウンします。
このようにして、
過去、数千年間ともいわれる期間に、わたしたち人間が蓄積し続けてきたもの。
「負の因果」。
まさしく、ネガティブポイントがザクザク溜まって、どうしましょう。
というレベルになってしまったとされています。

いま、これを個人の心の中から浄化していますでしょう。
これ以上に蓄積すると、もうパンクしてしまうしかなかったのでしょう。
もはや破裂寸前だったはずです。


だから、
もはやこれ以上に、過去に縛られた負の力を生み出さない。
これこそが、これまでの世の「発言に氣をつけ責任を持つ」から、今後必要なものは「心の中で意識することに責任を持つ」といわれる、その真髄ではないでしょうか。

自分が「何を生み出して」いるのかを知る。
そして、これから先に求められる望ましい「力」を、心の中から生み出してゆきたいと思うのです。

わたしたちは一人残らず、
みな恵まれています。
満ち足りています。
ありがとうございます。感謝申し上げます。
弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。

氣は元にあり

白い紫陽花 ptoho 宮本章光

心の中に望ましい力を生み出す。
そこに加速度がつき、意識が拡大してゆきます。
そういった方々が飛躍的に増えている感覚があります。


その昔、卒業後に就職・在籍した企業にて。
「すべての社員とその家族を数十年間生活できるようにするだけの資産がこの会社にはある。だから、くだらないことに氣をつかうな。看板を汚すような行動はとるな。」
企業のブランドとはそういうものだ。
といった意識を養うために投げられた役員の言葉でした。


そして時は流れ、まさに「あれから40年」近く経ちました。
突然に、その言葉が蘇ったその訳は。
「心が現実を生み出す」
といった意識が高まり、実践する方々が増えた状況がトリガーだと感じています。

くだらないこと・取るに足りないことに意識を占有されると、その負の力が持つ波動が現実を創ってゆきます。
反対に、
望ましいこと・実現したい事象に心を合わせていますと、その力が現実になってゆきます。

そして、そこに加えて、
無理に・無理して、無理やりにわくわく…ではなくて、そのプロセスを本心から楽しむ。
ここに好循環が生まれてくることを体感してゆきます。
無理に心を偽って「ごっこ遊び」をやっていても結果は導き出せないはずです。

また、一度、好循環のサイクルが形作られますと、それは慣性の法則のように、多少の乱れや切断があろうとも継続し続けます。
エネルギー理論では、バッファの存在だと説明されるところでしょうか。
PCが普及した現代では、データキャッシュの考え方でも良いのかもしれません。


この、バッファーやデータキャッシュ。
心の中ではどこにあるのでしょう?
もちろん、物理的なハードウエアのことではなく。

わたしが感じるのは、感情そのもののエネルギーだと。
感情が、正・負どちらに振れているかによって、データキャッシュが増えたり減ったりしているのではないかと。

だから、無理やりにポジティブごっこ遊びをしても、結果は現実にはならず、その負のスパイラルがいつまでも続くのでしょう。
他方、望ましい方向に振れ続けると、心を乱す波長が消滅するとともに、よりいっそう穏やかになってゆきます。
その静寂の中に高揚感が生じ、感謝の心に繋がってゆきます。
毎回毎回、書き連ねています展開です。


美しいものを見て美しいと感じる心。
素晴らしい体験を得て感動する心。
ここに、具現化のためのエネルギーが湧き出し、それが増幅され拡大してゆくことを実体験する。そんな方々が増えたからこそ、それが伝わってくるのでしょう。

氣は元にあり。

一度生み出されたその望ましい力は、心のキャッシュに蓄え、それを維持しさらに増幅し続けたいと思うのです。

わたしたちは一人残らず、
みな恵まれています。
満ち足りています。
ありがとうございます。感謝申し上げます。
弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。
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