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宮本章光/宮本陽の視点「開闢」And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

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かぐや姫はここで生まれたのかもしれない

かぐや姫はここで生まれたのかも photo 宮本章光

めっちゃ忙しいのに、何をバカなことを書いてんねん。
とお叱りを受けそうなので、先に頭を下げておきます。少しだけ息抜きしてください。張り詰めすぎるのは、望ましい結果を導くためには結構なハードルになるかもしれませんので。

心が現実を創る。
はい、聞き飽きましたでしょう。
耳タコも通り過ぎて、たこ焼きが焦げ焦げになっとるやないかい。
そんな声は、この場では聞こえない(はず)なのでそのまま進めます。


かぐや姫が存在したのかどうか。
そんな論点はもういいのです。いい…とは、不要だ。との意です。
一期一会のこの瞬間に、見事にスポットライトが降りて舞台が作られていました。わたしの足を止める力が働き、そこに構図を構えたからこそ、この一枚が残されています。

すべては必然だと言われます。
その必然を「引き起こす」トリガーの役目となるのが、自分自身の心。
そして、そこに生み出された力が、タイムラグを経て現実になる。

だから、何を思い描くのか。
だから、何を創り出したいのか。
これが大変重要なキーポイントになるのですよ、と学んできました。


そしていよいよ次のステップを迎えたようです。
いまから取り組むことは、
古いレイヤー上にある意識から飛び出すことが求められています。
この夏至の貴重な機会。
極めて重要なフェーズに入ったことが肌で分かります。


かぐや姫なんて想像上の話やろ。
と、思い描けば、そのエネルギーのレイヤー上に自分は住み続けます。
いずれ崩壊し・壊滅し、滅亡することが決定しているタイムラインの世界です。
いずれ感情まで捨て去った人間は、種の継続も叶わず絶滅。と言われます。

でも、かぐや姫って…。
それは、他星系の使者だった可能性があるよね。
エジプトの石板に刻まれた神も他星系の存在だよね。だから、人間には決して叶わない力を使いこなす存在を神と崇めたんだね。
天皇もそうかもしれないね。
法隆寺には、龍の形をした彫刻がその象徴として残されているとも言うね。


初めは、みなその超能力的な人間離れした能力を使う存在を、王や天皇や、あるいは神という存在として見たのだと思うのです。
しかし、
神とは、神道を学ぶまでもなく、この国の人ならば誰しも容易に理解ができるように、万物に宿るそのエネルギーの仕組みそのものではないのかなと。
心で・肌感覚で、その八百万の神に対する畏敬の念を感じられるはずなのです。



ここに、感謝の心・感謝氣持ちが湧き出してきます。
感謝とは、幸せを掴むための道具ではありませんし、すべてに感謝をする習慣を続けたら自動的に幸福がやってくる、そんな引き寄せのための魔法のツールではないのです。

心の在り方。
感情の高まり度合い。
それを計測機器で測ることはできませんが、自分自身がもっとも敏感に感じられる、その「感覚」そのものだと。

これから必要とされている力は、より高みに至る波長であることははっきりしているのですから、心の感覚を高めるために、その方向にある感覚に触れる時間を増やしてみませんか。
いつまでも旧いレイヤー上に居残りし、こびりついた鉄板上で「焦げ焦げの炭になっとるやないか!」と、真っ黒なたこ焼き、そこにフォーカスすることなく、アツアツのたこ焼きを味わえば良いのです。



そのためには、
責任追求せよ。とか、何ごとも力一杯取り組め。だとか。
こういった、無駄に肩を張り詰める方向で「頑張る」のではなく、いえ、頑張るなというのではないのですが、力めば力むほどに、望む結果は遠く遠く離れていってしまうこと。誰しも経験しているはずです。

ああ、ここに見事なスポットライトが当たってるよ。
もしかすると、ここで「かぐや姫」が生まれたことを教えてくれてるのかもね。
そんな
「ひらめき」と「そこに意識を飛ばせる感性」を磨いてみたいものです。

新しい時代。
ともに創り出しませんか。ともにご一緒しましょう。

わたしたちは一人残らず、
みな恵まれています。
満ち足りています。
ありがとうございます。感謝申し上げます。
弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。

「有限」を感じ楽しむこの地この生

梅2023年 photo 宮本章光

自分自身の残り時間がカウント可能な時期に入りつつあるからでしょうか。
「有限を楽しむ」
すべての事象・事項、あらゆるものに対する、その有限の感覚を大切にしたいと思っています。

残りが少ない。
と心に抱けば、残り少ない現実がクローズアップされるでしょう。
まだまだ残りは十分ある。
と意識を持てば、まだまだ如何様にも展開できる世界がライトアップされるはず。

どちらを選ぶのかは、その人自身、そしてその瞬間の感覚次第。

以前の記事【少しくらいキズがあってもいい】[Link]
で触れていましたように、
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負の力に蓋をするのではなく、見て見ぬふりをするのでもなく。
それをしっかり受け入れた上で、貴重な体験をさせてくれてありがとう。
と尊重し感謝へと昇華させます。
2023年6月3日記事
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このような、どちらの極みも味わい尽くせる。
そんな稀有な体験をさせていただけることに悦びの感覚が湧き上がります。


制限時間があるから、面白さや難易度が急上昇するゲームがあります。
まさしく、この地での「うまく行かない現実ゲーム」にも時間制限があるからこそ面白さが飛躍的に高められるのでしょう。
それは、このお借りしている体という物理実体を「使わせていただける期限」という意味において。

第3回目となる2023年の梅。
かなり色目も変化してきており、日々時間が流れていることを感じます。

いずれも、綺麗でなければならない。だとか、あるいはwebに出すのなら美しく撮影し、美味しそうに見えるように画像処理しなければならない。
そんな条件や制限を自分から設定せずに、「梅の神様」と会話してみたいと思うのです。
初めは、何も語らず・何も感じず、頑として固体のまま動じずコミュニケーションはできません。
ところが、
今回もウチに来ていただきありがとう。と感じながら眺めていますと、そこに熱量の変化とでも言うべき感覚でしょうか。暖かみが伝わってくることが判ります。
そして、ある瞬間を超えますと、突然、嗅覚に訴えてきます。
とてもいい香りとして、強い力が、ドンと送られてきます。
(それまでも周囲にはいい香りが満ちていましたが、さらにレベルを高めて突然強く押してくる感覚です。)

照明も満足には当たらず、薄暗い部屋の片隅に置かれています。
傷がある個体もそれなりに混ざっています。
でも、大変美しい「香り」のパワーを受け取りました。


【おばあちゃんの知恵袋(マガジン)】[Link] でも何度か触れてきていますように、すべてのモノ・生き物・対象には「神が宿る」という、日本古来の神道の心に通じるような教えの数々を、幼少時期に語ってくれた祖母。
いま、この世には存命していませんが、現在のわたしの横で、
「梅の神様に御礼を言いなさい。そうすればきっと美味しくいただけるようになるから。すべての食べ物には命があり神そのものなのだから。」
と、五十数年前と同じように語ってくれている氣がします。

そこには、
存命していないからこそ、その教えを心の中にリフレインできること。
有限であるからこそ、感謝の心を忘れずに過ごす生き方を大切にすること。
ここに意識が到達します。

有限を感じ、それを楽しむ。
素晴らしい体験をさせていただけるこの地の仕組みに感謝の氣持ちが溢れます。

わたしたちは一人残らず、
みな恵まれています。
満ち足りています。
ありがとうございます。感謝申し上げます。
弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。

判断する・選択するその本質

段差を流れ落ちる川の水 photo 宮本章光

○○は○○○ですか:□はい / □いいえ
XXはXXXですか:□はい / □いいえ


いきなりのチェックボックス登場で失礼いたしました。

わたしたちは常に、選択・選択…の連続を生きているとされます。
でも、そこにチェックボックスはありませんし、そこに筆記具を使って「レ印」を入れることもありません。

無意識や潜在意識下と呼ばれる状況で、表に出てくる感覚・意識とは別のところで「自動処理」が行われているかのようです。



ある投げかけ、何らかの質問があったとします。
例えば、
-- 食べ物AとBがありますが、どちらを食べますか。
-- ある論説について賛同できるか、そうでないか、どちらでしょうか。
といった投げかけがあったとします。

その瞬間に、頭の中にチェックボックスやマークシートのようなものが出現してきます。そして回答として能動的に「判断」し、自分から「選択をした」という記憶が残ります。
わたしたちは、これを「自分の選択・自分の判断」と認識するはずです。

ところが、
無意識に、食べ物を口にし欲を満たす機会があります。
無意識に、言葉を発し思考を伝える場合もあります。
この瞬間には、チェックボックスもマークシートも出現していないことが多いのでは、と思うのです。
それこそ、
二日前にいただいた食事のメニューを思い出すことさえ困難です。
録音していない限り、自分の発言を間違いなくトレースするのは難しいでしょう。


ここが、この数千年とも言われる「受身で隷属関係」に染まった、わたしたちの感覚がハマってしまう落とし穴ではないかな、と感じています。

選択の質問が出たときには、自分で判断し選択をしたと記憶が残る。
無意識下で、質問や選択肢を明確に提示されない状況では、自分で判断し選択したという意識が残らない(残りにくい)。

しかしながら、
目に見えないフィールド、そして宇宙に繋がるその世界には、間違いなく「自分で選択した・自分で生み出した」との結果が刻まれている、とされます。
何らかの選択や判断をし、何らかの力を発生させたのですから。
そして、
自分が選択した・自分が判断したにも関わらず、
「そんな判断はしていない」
「そんな選択などしていない」となってしまうのだと。
これが因果として「すべて帳面に記されている」ことに意識が及びません。


この仕組みに氣がついた人は、このトラップを自ら避ける方法を知り、そこに陥らず、あるいは、すべてを自らが創り出すことにまで意識が届きますので、トラップ自体が存在しない世界に住み始めているようです。

まさに「選択自体を創り出さない」もしくは、「必ず自分が望む選択と判断」を間違いなく行うことができる。
これこそが、
「自分の目の前は、自分が創り出す。」という本質であることに氣がつきます。
また、
この状態を俯瞰してみますと、川の水が流れるかのごとく非常に自然で無理がない状態であることにも氣がつきます。


こういうことだったのですね。
いま、この瞬間を生きる。
余計な判断そのものを生み出さず、無理なく流れに身を任せる。
だからこそ、
そこに「望んでいない負の力」を生じさせない。
併せて「望ましい力を心から」生み出す。
それこそが、
これからの世に必要とされているものだと。


わたしたちは一人残らず、
みな恵まれています。
満ち足りています。
ありがとうございます。感謝申し上げます。
弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。

Yes, Sir.

大空を臨む2023 photo 宮本章光

いま、自分にとって必要がない波長・力・念から離れます。

受け取る必要があるなら、必ず心に響きます。
受け入れる必要があるなら、天から知らせが届きます。
あるいは、
触らず離れるのが望ましい場合にも、相応のアラートが鳴り響きます。

その信号を機敏にキャッチするために、あるいは見落とさないように、
不要なノイズから離れます。


すべてが、巡りめぐって繋がっていること。
だから、
いまの自分に不要な念に触れない、見ない、合わせない。


目に見えない世界からは、その必要性・重要性に見合った「知らせ」や「導き」のチャイムが心に響きます。
「そこには触れるな」
あるいは、
「ここはしっかり受け取りなさい」
と。

この「共同作業」の感覚こそ、天地(あめつち)一体の真髄なのだと。
目に見えない世界から導いていただく存在に、心からの感謝を忘れず。
ありがとうございます。

Are you?
Yes, Sir!

大空を臨む2023 photo 宮本章光

わたしたちは一人残らず、
みな恵まれています。
満ち足りています。
弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。
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