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宮本章光/宮本陽の視点「開闢」And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

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穏やかな心が伝わってくるように

谷を臨む photo 宮本章光

静かに、穏やかな氣持ちでお過ごしの方々が増えてきた印象があります。
そして、
ノイズに翻弄されることなく、自分らしく生きてゆく。
そのスタイルを確立し、体現なさっている様子がありありと伝わってきます。

素晴らしい。
その言葉、そのままの力を感じます。
眩しいほどに輝き、暖かく心地よい「心から湧き上がる」感触を感じます。

多くの方々が、自分から「自分の世界を創り出す」能力を取り戻しつつあるのだと思われます。
数多く伝えられてきた通りの風景が、現実となりはじめました。


自らの直感を信じようとせず、横目で見てスルーしてきた方々。
そうした方々も、その素晴らしさに氣がついたなら、いつでもこの波長にチューニングいただければよいのだと。
いつでも、どこでも、同じ周波数は共振・共鳴する物理法則。
ご一緒できるのなら喜んで。


さまざまな仲間によって奏でるハーモニーが、大自然の中に渦巻いています。
人も同じく、個々人が持つ「らしさ」を表現できる時代の幕開けでしょう。

素晴らしい仕組みを。
そして「エネルギーの共振と共鳴」によって創り出された、美しい心の響きあいを大切にしたいと思うのです。

自然とともに。
仲間とともに。
もちろん、同じく美しい波長を束ねられる人たちとも。

わたしたちは一人残らず、
みな恵まれています。
満ち足りています。
ありがとうございます。感謝申し上げます。
弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。

躊躇することなく

刻まれた経験 photo 宮本章光

前を向いて。
自分の感じるものを。
何ら、躊躇することなく。

しかし、
問題が起きるかもしれない。
トラブルに巻き込まれるかもしれない。

そう思えば、そうなるという仕組み。
仮に、
そうなったのならば、「それが必要な経験」だったと。
もし、
そうなったのならは、「それが自分が呼び込んだ」波長だったと。

越えられないハードルは設定されない。
そのように伝えられて久しい状況です。

すべては必然。
すべては自ら創り出した作品。
そして、
すべては、いま体験すべき課題。

人が何を言おうと、自分の心に「響き・強く推してくるもの」が確かめられたのなら。
ためらうことなく。
そのために、
この瞬間のために、
磨いてきたはずです。

何も躊躇することなく
何もとどまることなく。

わたしたちは一人残らず、
みな恵まれています。
満ち足りています。
ありがとうございます。感謝申し上げます。
弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。

どうってことないやろ

落差のある川の滝 photo 宮本章光

どうってことないやろ。
過去、企業在籍時代に直属の上司がよく口にしていました。

-- 問題になるレベルではない。
-- 大したことはない。
-- 氣にするようなネガティブ事項は存在しない。
そんな意味で使われていたように思います。


社内でも知れ渡ったアウトドア派(もう昭和の言葉かもしれません…)で、休みになればどこかへ出かける。
長期休暇があれば、キャンプやスキー。と、まさしく初期(昭和〜平成)のバブル期のスタイルを絵に描いたような方でした。

わたしは、
いまでこそ、大自然の底知れぬ大きなパワーを感じることによって癒しを得る、といったエネルギーチャージの方法を知り得ましたが、当時まだ30代前半。
人生の大失敗を積み重ねている真っ只中。
もちろん、失敗を重ねているなど夢にも思わず、体重も底無しに増加し続け、現在との比較では凡そ23kgもの差があった時期です。
部署内で連日連夜、欠かさず酒の席。向かいのビルの地下、辻向の地下へと。
あるいは、お得意先からは重ねてのお誘い。
立場としては若かったので接待は上司が。こちらはそのリターンで美味しい思いをさせていただく。そんな日々が続きました。


少し逸れてしまったので、話題を元に戻します。
あれから30年ほど。
いま、宇宙規模の大転換機を過ごしていることに異論はないと思われます。

外側に繰り広げられる混乱は、もうほぼ見えなくなっています。
自分から「見にゆかない限り」は。
ただ、生身の体をお借りして体験をする地に生存している以上、心も感情も、大きく振れ幅のある現実という生活は続きます。

無理に蓋をしてしまって、負の部分だけを見て見ぬふりをする。
こうした「ポジティブごっこ遊び」も、もう卒業できた頃でしょう。
いずれも、包み隠さずそのまま受け入れる。そのまま尊重する。
曲がりなりにも、状況を俯瞰することだけは可能になったと感じています。

そして、ふと、その30年前の言葉が蘇ってきたのです。
「どうってことない」
「どうってことないやろ」

何も氣にするな。
大したことはない。

確かに。
いまだからこそ、その言葉の意味を噛みしめることが可能になりました。


でも、流れに身を任せているだけで、本当に大丈夫なのでしょうか?
その先は、落差・段差のある滝になっていますけれど…。

それなら、その落差の距離だけ落下するだけのこと。引力があるからな。
落下したから何が起きるというのか。

どうってことないやろ。
どうってことないんや。

当時の、その上司がお元氣がどうか、もう知ることはできませんが。
きっと、これからのシーズン、またキャンプに出かけてらっしゃることでしょう。

歳?
そんなもん、どうってことないやろ。
と。

わたしたちは一人残らず、
みな恵まれています。
満ち足りています。
ありがとうございます。感謝申し上げます。
弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。

すべては巡りすべてが還る・感謝の心

IMG_8117_2023.webp

雨の後は、必ず晴れ間が訪れます。
夜のあとには、必ず朝がやってきます。

自分の放った言葉は自分に返り、
自分の放った負の念は自分に降りかかり、
自分が描いた風景は時間を経て自分の目の前に現れます。


永遠に降り続く雨はありませんし、
未来永劫、朝がやってこない日は存在しないはずです。

すべては巡るとされ、すべては繰り返しの中から新たな力を生み出します。


この御神木からは、いつも大きな力をいただきます。
そこには、常に、巡りの中から生み出された力が渦巻いています。

受け取ったものは、違う場所・異なる時間に、別の形でお返しします。
自然の中にこそ、本当に通じ合う心が存在し、
自然の中にこそ、自分の心が合致する波長があることを知ります。
日本の「こころ」そのものでしょう。


すべては巡り、常に繰り返す渦の中に共鳴する波長を見出すことにより、エネルギーが増大し拡大する感覚を得ます。
無限に広がり大きく強く開放される感触を感じながら、いまここに生かされている実体、お借りしている実体としての体に感謝の意を伝えます。

感謝とは、
無意識の中で積み上げられ、拡大・上昇し、恣意的な世界とは無縁の、永遠に昇華し続ける、強く大きな力を伝える感覚。
併せて、暖かく心地よく心の底から響き合う、その感触。
ある意味においては、
自分が能動的にコントロールできない世界で拡大し続けるエネルギーの感覚。


心がその状態にないのならば、感謝そのものを生じることがなく、できません。
心の状態がそのレベル・その世界に到達していないにもかかわらず、形の上だけ感謝を重ねることがよいことだ、と努力する必要もないのです。
(形から入るメリットは存在し、それを否定するものではありません。)


すべては巡り、そしてそれが還帰る。
無限に膨らみ続け、永遠に上昇し続ける、大きな恍惚感に至る感覚。
ここに至って初めて、感謝に値する感覚そのものの感触を得ることになります。

わたしたちは一人残らず、
みな恵まれています。
満ち足りています。
ありがとうございます。感謝申し上げます。
弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。

2023年6月21日
夏至のエネルギーとともに記す
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