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宮本章光/宮本陽の視点「開闢」And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

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光る・輝く・存在する

光る輝く草木たち photo 宮本章光

いまを生きる。

この地だけに存在するとされる「時間」。
それならば、
与えられたその時を、目一杯楽しみます。

数多くの仲間たち。
すべての生きとし生けるもの。
ともに時間を体験し、ともに学び成長してきました。
そして、
いずれ「その期限」は終了する時を迎えます。


その時まで、光り・輝き・存在の証を表現してゆきます。
その暁には、生きた証を「記憶」として両手に抱き、心に収めます。

「6度目だとか7度目の正直」と語られるモノの時代が終わったことを感じます。

光る輝く草木たち photo 宮本章光

わたしが感じた心、
「その一枚の中に込めた心」を受け止めていただける方々と、肩を張らず、ともに心から響き合える感動を共有してゆきたいと思っています。
それが、望ましい未来を創り上げる方法だと思うからです。

数を追い、人と比べる必要性。
それらを捨てたときに、初めて見えてくる風景を。

わたしたちは一人残らず、
みな恵まれています。
満ち足りています。
ありがとうございます。感謝申し上げます。
弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。

大きな力・小さな力・ともに尊い

川の流れから受け取る大きな力 photo 宮本章光

大きな力、小さな力。

大きなものほど良い。
大きなものほど優れている。
そんな世の中でした。これまでは。

その昔、昭和の時代には「大きいことはいいことだ。」
といったキャッチが流行り、CMでも繰り返し流されたこと。ご存じの方もいらっしゃることでしょう。


大きいことだけではなく、小さいもの(こと・ところ)にも、同じように氣を配ってゆく時代に移行しています。
大きさや強さではなく、より共感できるもの・より響くもの。
ここに価値感を見出すフェーズに入ったこと。もう実体験を重ねていらっしゃるはずです。


右上の鏡のような水面には、対岸の木々が映り込んでいます。そして太陽も。
右下のシャドウ段差の部分は、冷たい影がその存在をアピールします。
そして、
生まれては瞬時に消滅する、夥しい数の氣泡。
この泡も、大・小、無限の組み合わせが存在していることに氣がつきます。
大きさや面積だけ、派手さや見た目の押し出し感だけでは語れないものがあるはずです。


大きいことだけを選択したい。その意思表示をする方はその世界が現実になるでしょう。
但し、この地はそのための場所ではなくなるとされ、永遠のお別れ。

大きいことだけにポイントを置かず、共感の度合い、響き愛の具合。
ここにこそ重要性を見出したいとの意思表示をする方々は、それが目の前の風景になってゆくことでしょう。

何にフォーカスしますか。
何を創り上げてゆきますか。

川の流れから受け取る大きな力 photo 宮本章光

わたしが感じた心、
「その一枚の中に込めた心」を受け止めていただける方々と、肩を張らず、ともに心から響き合える感動を共有してゆきたいと思っています。
それが、望ましい未来を創り上げる方法だと思うからです。

数を追い、人と比べる必要性。
それらを捨てたときに、初めて見えてくる風景を。

わたしたちは一人残らず、
みな恵まれています。
満ち足りています。
ありがとうございます。感謝申し上げます。
弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。

「なんとなく」の積み重ねが答えとなる

茂る photo 宮本章光

なんとなく。

このような白黒はっきりしない感覚は「良くないもの」として教育されてきました。
だから、
答えは一つだけ。

そんな刷り込み。
そんな思い込み。


旧い教育洗脳から逃れ、また、しがらみを手放す人が加速度的に増え、ついにメインストリームから「外れた」ように見えます。
だから、
答えは「人それぞれ」。

そして、
なんとなく良いと感じるもの。
なんとなく心地よいと思うもの。
この選択を続けることによって、その選択の積み重ねが「結果」として目の前の風景を具現化してゆきます。


なんとなく。
それでいい。
なんとなく響くもの・感じるもの。
これからも選んでゆきます。

違和感の対極に位置するもの。
何を心に描きますか。
何を実現させますか。

茂る photo 宮本章光

わたしが感じた心、
「その一枚の中に込めた心」を受け止めていただける方々と、肩を張らず、ともに心から響き合える感動を共有してゆきたいと思っています。
それが、望ましい未来を創り上げる方法だと思うからです。

数を追い、人と比べる必要性。
それらを捨てたときに、初めて見えてくる風景を。

わたしたちは一人残らず、
みな恵まれています。
満ち足りています。
ありがとうございます。感謝申し上げます。
弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。

生きているという感覚

色鮮やかに咲き誇る photo 宮本章光

道すがら、出会う草花たち。
そこに意識を合わせない限り視界に入ることはなく、その存在さえも氣がつかないでしょう。

実際には、もっと鮮烈な印象があります。
その色彩感が放つエネルギーは、「色飽和」などという専門用語をここで持ち出すことなく、さらに強く強くアピールしてくるのです。

花によっては、ごくごく小さな虫たちが集まっている様子が観察できます。
風向きによっては、より優雅になびく姿を観察することができます。
しかし、
くるりと後を振り返ると、
そこには幹線道路を走る、多くの車、くるま、クルマ。

騒音も排ガスも振動も、彼らには何ら良い影響とはならないはずでありながら、精一杯そこに存在している姿。
まさに、いま存在していること、いま生きていることを体現しています。


歩き、場所を移動するという能力、そして言葉という媒体によって会話するという能力を捨てた代わりに、20種類もの感覚を持ち得たと言われる植物たち。
わたしたち人間は、たった5つの感覚(五感に加えて第六感)でさえも、十分に使いこなせていないこの現実。
ですが、
ようやく、スポイルされていた潜在能力を思い出しつつあるはずです。

少なくとも、彼ら植物たちがそこに存在し、「生きているという感覚」を受け取れるようになっただけでも、大きな飛躍だと感じています。
さらに、もっと、深く大きな能力を「思い出して」ゆきたく思います。

ともに創り上げてまいりましょう。
本来、わたしたちが持っていた力強い心のエネルギーを使いこなしながら。

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わたしが感じた心、
「その一枚の中に込めた心」を受け止めていただける方々と、肩を張らず、ともに心から響き合える感動を共有してゆきたいと思っています。
それが、望ましい未来を創り上げる方法だと思うからです。

数を追い、人と比べる必要性。
それらを捨てたときに、初めて見えてくる風景を。

わたしたちは一人残らず、
みな恵まれています。
満ち足りています。
ありがとうございます。感謝申し上げます。
弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。


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