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宮本章光/宮本陽の視点「開闢」And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

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自分の意思表示とは・選択とは

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この4年間で何を学びましたか。
この人生で何を得ましたか。
この地でどこまで成長しましたか。
そして、
この転生で、どこまで精神性と霊性を高められましたでしょうか。

大宇宙の摂理は、
因果と精神性拡大・成長の仕組み。

結果とは、自分が作り出したものに過ぎず、生み出したものは必ず自分に返る。
現象とは、自分が生み出したエネルギーの物質化であり、創り出したものは必ず自分で受け取る。

見た目だけを取り繕ってみたところで、
「行った」結果は、決して消えることはなく。
ウソをついてみたところで、
「生み出した」結果は、宇宙のライブラリーに、一字一句・逐一アーカイブされていること。


永遠に拡大し続け、未来永劫不滅の魂の学び。
唯物主義という、洗脳と支配のための構造に住み続けることによって麻痺した心と、莫大な規模にまで積み上がった負の因果を解消し、洗いざらい綺麗に浄化し磨き上げるのが今世・今生の課題。


まだ学び足りない...。
その意思表示をするのも自由。
この肉体をお返ししたあとは、再教育される場所へ送られるだけのこと。
最短でも25,800年間ほど、長ければ50億年とも語られる時間を、同じように「苦しみ・痛み・もがき続ける」人生を味わうだけのこと。
いつまでも支配者の仕組んだ牢獄の中で、騙され続け踊らされ続けるのも自分次第。
但し、
そのレイヤーに居続け、生み出し続けた因果は、必ず自分で償う必要があることを忘れずに。


もう十分です...。
その選択をするのも自由。
この場合は、
この地をきれいさっぱり浄化した後に、望ましい世界を創り上げる役に就くのか。
あるいは、
生まれ故郷(星・星系)に戻るのか。
それも、自分の選択。自分の自由。と伝えられています。

知らなかった。
聞いてなかった。
それも自分が選択した結果である、ということ。
それによって自分が下した結果は、必ず自分で受け取り、負の因果はそれに見合うだけの期間と、バランスするだけの負の償いをいつまでも行い続ける必要があります。

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わたしが感じた心、
「その一枚の中に込めた心」を受け止めていただける方々と、肩を張らず、ともに心から響き合える感動を共有してゆきたいと思っています。
それが、望ましい未来を創り上げる方法だと思うからです。

数を追い、人と比べる必要性。
それらを捨てたときに、初めて見えてくる風景を。

わたしたちは一人残らず、
みな恵まれています。
満ち足りています。
ありがとうございます。感謝申し上げます。
弥栄ましませ。
弥栄ましませ弥栄ましませ。

インスピレーションはどちらから?

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対照的な被写体「二つ」。
あなたの直感は、どちらのエネルギーにシンクロしますか。

わたしたちは、永い永い年月の間、この一方のシンボルに代表される存在から膨大なエネルギーを奪われ・洗脳され、そして今に至ります。
わたしたちは、ようやく、もう一方の存在に波長を合わせることを「思い出しつつ」あります。


インスピレーションは、「激しく汚れたセンサー」には流れてきません。
汚れのみならず、すでに腐り切ったセンサーは「役に立たない」のですから、取り替えることです。
取り替えるとは、
口にするもの(言葉・食物の両方)を変え、借り物の大切な体を細胞レベルから入れ替えること。

過去にこれ以上収納スペースがないところまで積み上げた、どうにもならない莫大な負の因果。
これを今世・今生で解消する必要があり、そしてそのチャンス自体が、これで最後だと幾度も語られ伝えられてきました。
解消するどころか、あろうことか、さらに輪をかけて逆噴射し続ける人たち。
それがご自身の選択と意思表示ですから、誰も助けることができません。残念ですが。

この4年間で、
声を大にして伝えたところで「どれだけ分かってもらえた」でしょうか。
どれだけ親身に伝えたにもかかわらず、「一切わかってもらえなかった」ことが形に現れています。

はい、初めから「覚醒しない脚本」を描いて今生を生きている人は、それが目的だったのですから、もう他人のことには触れる必要がありません。
それこそが「自由意思の尊重」かと。
多く伝えられ語られているように、その期限も切れました。


すでに、目の前の風景は明らかに違ってきています。
枝分かれした道に、大きな花を咲かせ、美しい風景を創り上げる責任を果たす。
そのためには、
旧いレイヤーにフォーカスし「はずれくじ」しか残っていない「当てモン」を引き続けることは避けたい、と感じています。

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わたしが感じた心、
「その一枚の中に込めた心」を受け止めていただける方々と、肩を張らず、ともに心から響き合える感動を共有してゆきたいと思っています。
それが、望ましい未来を創り上げる方法だと思うからです。

数を追い、人と比べる必要性。
それらを捨てたときに、初めて見えてくる風景を。

わたしたちは一人残らず、
みな恵まれています。
満ち足りています。
ありがとうございます。感謝申し上げます。
弥栄ましませ。
弥栄ましませ弥栄ましませ。

「共通語」は感謝と感動と

2023越智のコスモスを見送る photo 宮本章光

明るい日差しに面(おもて)を合わせる秋桜たち。

向日葵のように、常に向きを変え続けるほどの動きはないかもしれません。
けれども、陽の光を目一杯受け取っている姿に感動が湧き起こります。

その一生にとってのクライマックス・花の最盛期を迎え、そして枯れてゆくサイクルは単なる一場面展開に過ぎず、再び新たな生命としてこの地にその姿を披露し続けます。


この地の多くの仲間との会話には、
この瞬間に合致した波長と、そこに生まれた感動のエネルギー、そしてその美しくひたすら生き続ける真摯な姿に対する感謝の心によって実現されることが判ります。

共通語は、感謝の心に示される暖かく大きな力と、感動という形で伝えられる美しく推し上げる力である、と理解に至る瞬間です。
この先には、望むものを選択してゆきます。
そして、望む未来を創造してまいります。

2023越智のコスモスを見送る photo 宮本章光

わたしが感じた心、
「その一枚の中に込めた心」を受け止めていただける方々と、肩を張らず、ともに心から響き合える感動を共有してゆきたいと思っています。
それが、望ましい未来を創り上げる方法だと思うからです。

数を追い、人と比べる必要性。
それらを捨てたときに、初めて見えてくる風景を。

わたしたちは一人残らず、
みな恵まれています。
満ち足りています。
ありがとうございます。感謝申し上げます。
弥栄ましませ。
弥栄ましませ弥栄ましませ。

まず心に響く感覚が創造のスタート

桂浜の空間に響きあう photo 宮本章光

初めに響きます。
まず心に共鳴する「何か」を感覚として感じる力がありき。

グッと押してくる場合があるでしょう。
ジワジワと上がってくる感覚かもしれません。
どことなく、でも何か判らない。そんな感触のようなものでしょうか。


これが「同じ周波数が合致する瞬間」の感覚。
わたしの場合には。

多くの場合、間違いなく判ります。必ず・100パーセントと断言できる感覚。
判らないのは、シンクロしていない=波長が異なる。という証明でしょう。
感じないのなら、同じ周波数ではないということ。

このような「目に見えないけれども必ず感じる力」があって、その力が伝わってきたあとに五感に落とし込まれて行きます。
それが音であったり、香りであったり、あるいは触覚なのだと理解できます。


でも、
ここまで感覚を取り戻したのなら、その順序さえ「逆であった」ことに氣がつきます。
初めにあるのは、
「自分が感じた」と思い込んでいる景色や風景や風の感覚ではなく、「自分が心の中で」生み出した力・エネルギーこそが初めにありきだったのだと。


心地よいと感じる風やその場の気温、香りや音があったから、心地よく感じた。という展開。
これが旧来の思考回路。

実は、こうして外部刺激・外部感覚によって「心が動く」ように錯覚させられてきたのでした。
まさしく、外部要因に左右され「自らの心を失う」ように仕組まれてきた世の中であったこと。
だからこそ、
負の感情に落ち込むように、陥るように、そしてそこから決して抜け出せないように、ネガな情報ばかりに触れさせるように入念に作り込まれた「映画館・ゲームセンター」だったことに氣がつきます。

心のセンサーがダメになるように、人と比較し落ち込むように仕組まれたSNSという名の洗脳しかり。
心の感覚が働かなくなるように、食べ物から蝕むよう周到に作り込まれた世の中。
自ら病むよう・負のスパイラルに巻き込まれるように、故意に作られた、病気と医薬と医療の闇。

いやはや、ここまでやるか。
との、その言葉でさえ語り尽くせない、深い・深すぎる牢獄が存在し、しかもそれを「味わいたい」と手を挙げてやってきたわたしたちでした。


「はい。終了ですよ。」
と聞こえましたでしょう。
それなら、ゲームは終わりです。

子供の頃に、公園で暗くなるまで走り回っていたわたしたち。
「ご飯できたよ〜!」と叫ぶ声が、聞こえたのと同じだと。
そう、ご近所からも炊き立てのご飯の香りが漂ってきた、あの感覚を思い出してみます。

「無から有は出現しない」
と語られているのですから、
自分の心という有限なエネルギーによって、その土台の上に初めに「無」となる感覚を創ればよいのだと理解が及びます。

まず、無を心に作ったあと、
炊き立てのご飯の香りを生み出します。
まず、無を心に実現したあと、
美しい自然と、心穏やかなな風景を生み出します。

牢屋の扉が開いているにもかかわらず、慣れ親しんだ環境だから。という理由でコンフォートゾーンに居続ける愚だけは選択したくないものです。

心に描くもの・心に抱くものが、自分自身の現実となってゆく。
このすばらしい仕組みに感謝を忘れず。

桂浜の空間に響きあう photo 宮本章光

わたしが感じた心、
「その一枚の中に込めた心」を受け止めていただける方々と、肩を張らず、ともに心から響き合える感動を共有してゆきたいと思っています。
それが、望ましい未来を創り上げる方法だと思うからです。

数を追い、人と比べる必要性。
それらを捨てたときに、初めて見えてくる風景を。

わたしたちは一人残らず、
みな恵まれています。
満ち足りています。
ありがとうございます。感謝申し上げます。
弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。
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