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宮本章光/宮本陽の視点「開闢」And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

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心の「自動運転」を実現するには

どちらかに振れてしまいます。

---わくわくして嫌なことなど見ず考えないようにしよう。
---努力して、そして苦を味わい苦しむから春が来るんだ。

その間はないのでしょうか。
悩み試行錯誤し、そして答えが導き出されます。


努力が不要なのではなくて。
努力しなくても良いタイムラインを自分で創る。
それは、
自動的に目の前が開けてゆく道。

そんなものあるわけない。でしょうか。
あるいは、
もうすでに実現しているかもしれません。
それは、無理して作るものではないことを知ったなら。

究極の答えは。
「選択」と「因果の仕組み」だったように見えます。

願い・抱き・描き出せば、それが原因として結果を導く。
そんなもの...。と思えば、それが原因として結果を導く。
そして、
さまざまな意識の、どれを選ぶのかによって、それが原因として結果を導いてゆきます。

心の自動運転は、究極の選択と因果の仕組みによって行われることがわかります。

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わたしたちは一人残らず、
みな恵まれています。
満ち足りています。
ありがとうございます。感謝申し上げます。
弥栄ましませ。
弥栄ましませ弥栄ましませ。


蕎麦屋の出前をいつまで待つのか

蕎麦屋の出前。
この言葉を知らない人はいないでしょう。
(実際の蕎麦屋さんに失礼を申し上げる意図は皆無です)

待っても待ってもやってこない。
そりゃそうです。いつまで待っていても作っていないのですから...。
といった状況を語る例えと同じ現在の目の前の風景です。

作り出すのは、
創り上げるのは、
自分の心から生み出す力。

この、
「本当の意味」を知り、
「本当に体現し」、
「本当に具現化・顕現化できる」人たちの数が閾値(しきいち)を超えるまでは。

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凍てついた池の氷が溶けるのは、いつになるでしょう。
春になれば自然とそうなるはずですが、待つ時間はとても長いと感じるもの。

だから自分で描き出します。
だからこそ、自分から生み出し創り上げます。
ご一緒していただけませんか。


淀んだ空気を入れ替える

かなり空気が汚れてきた感覚があります。
淀んだ空気を入れ替えます。

空気を入れ替える photo 宮本章光

本日2投稿め。
新鮮な空気を取り入れます。


切られても切られても

切られても切られても伸び続ける桜 photo 宮本章光

次から次へと、枝が切り落とされます。
けれども、
それに怯むことなく新たな枝を伸ばし続け、春には満開の花を咲かせます。

長い冬があるから春がありがたい。
暗い夜があるから明るい夜明けがありがたい。
そのコントラストが存在するからこそ、体験に深みが生まれ学びへとつながります。


こうしたコントラストの体験をし尽くして、学び尽くして、そのあとになって初めて、すべては一つ...論に到達するのであって、初めから体験もせずに「負の方向の力」にフタをしてしまっては学びに至ることが叶いません。
分断はダメ、分離はダメ。すべては一つ。だと語る論説が溢れています。
いえ、それが間違いだとは誰も言いませんし、分離せよだとか分断が大正解だとか言うのでもないのです。
この先この地においては、その波長が存在し得なくなることを客観的に語っているのであって、それを見て見ぬふりをせよ、とは決して言われていないことを。

体験が必要だったこの地。その学びを目的にしていたはずです。
だからこそ、「もう、わたしは十分に学び尽くしました。もう存分に味わい尽くしました。」と、その境地に至って初めて「自動的に感謝の念とともにそれを尊重し受け入れる」感覚が訪れます。自動的に。です。

その感覚に至ることなくして、何ら学びも得ていない段階で蓋をしてしまうのが「見て見ぬふり」だと教えてくれます。
すべての教科書・カリキュラムを学び尽くしてから、初めてそのあとに、わたしは「この先にはもうその負の力を選びませんよ」「すべてに感謝と尊敬の念を捧げます=すべては一つ」ということではないかなと。
但し、すでにその授業がこの教室では終了してしまっているので、今後はすべて一つという波長しか残れませんよと伝えられているわけです。
この極めて大切な部分を誤らないようにしたいものだと感じます。


人間の都合で枝を切るのがいいんだ、ではなくて。
こうして負荷がかかるから、より大きく広く伸びてゆくことにもなるでしょう、そして彼ら(桜)にとっても一つの体験と学びになるはずなのです。
人間の都合で枝を切るのがいいんだ、ではなくて。です。

自分が「学びつくしたかどうか」は、自分の心が一番よく知っています。

切られても切られても伸び続ける桜 photo 宮本章光

わたしたちは一人残らず、
みな恵まれています。
満ち足りています。
ありがとうございます。感謝申し上げます。
弥栄ましませ。
弥栄ましませ弥栄ましませ。


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